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婚約破棄された公爵令嬢は、無能扱いの第二王子の政務を支えることになりました ~捨てた第一王子が後悔しても、もう遅いです~  作者: 藤宮レイ


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第114話 父の書斎

 ルヴェール公爵邸。


 生まれ育った家の門を、私は三年ぶりにくぐった。


 婚儀の支度、という名目だった。


 名目は、嘘ではない。


 嘘ではない名目を選ぶのは――親子でも、同じらしい。


 母は、玄関で待っていた。


「おかえりなさい」


 それだけ言って、あとは支度の話に逃げた。


 ドレスの丈。髪の飾り。当日の段取り。


 言葉にしない代わりに、手が動く人だ。


 私の髪に触れる指が、少しだけ震えていた。


 気づかないふりを、した。


「お父様は」


「書斎よ」


 母は、目を伏せた。


「朝から、ずっと」


 書斎の扉は、重かった。


 子供の頃と、同じ重さで。


「入れ」


 同じ声。


 同じ、短さ。


 父は、机の向こうにいた。


 三年で、白髪が増えていた。


「……座りなさい」


 座った。


 沈黙が、長かった。


 この人と私は、似ている。


 言葉より先に、書類を信じる。


 感情より先に、体裁が立つ。


 だから、あの時も。


「あの時は」


 父が、先に口を開いた。


「すまなかった」


 三年前と、同じ言葉。


 だが、続きがあった。


「王家から破棄を告げられて、儂は……家を守ることを先に考えた」


「醜聞を避ける。娘を辺境へ。それが公爵家の正解だった」


「正解を選んで」


 父は、目を上げた。


「お前を、見なかった」


「あの夜会で一人立っていたお前を、儂は迎えに行かなかった」


「それだけのことを、三年、言えずにいた」


 書斎の時計が、時を刻む。


 私は、何と答えるべきか考えて。


 考えるのを、やめた。


 この部屋でだけは、正解を探すのをやめよう。


「……怒っていました」


 正直に、言った。


「ずっと、怒っていました。あの日のお父様に」


「ああ」


「でも」


 私は、父を見た。


「辺境行きの前に、殿下の元へ行くと言った私を、お父様は止めませんでした」


「『妨げない』と、仰いました」


「公爵家の正解は、あの時も止めることだったはずです」


 父は、黙っていた。


「一度目は、家を選んだ。二度目は、私を選んでくださった」


「私はそれで、十分です」


「選び直せるのが、人ですから」


 父の目元が、動いた。


 泣いたのかどうかは、分からない。


 この人は、そういうことを分からせない人だ。


 代わりに、父は机の引き出しを開けた。


 古い、小さな箱。


「お前の祖母のものだ」


 箱の中には、銀の髪飾りがあった。


 古い意匠。丁寧な手入れ。


「代々、ルヴェールの花嫁が式で着けた」


「儂はお前に、家のために生きろと教えてきた」


「だが、これは違う」


 父は、箱を私の前に置いた。


「家がお前に、持たせたいだけだ」


 箱を受け取る手が、少しだけ震えた。


 気づかないふりは、してもらえたと思う。


 帰り際、玄関で母が言った。


「当日は、前から三列目にいますからね」


「泣いても、いいでしょうか」


「駄目よ」


 母は、笑った。


「私が先に泣くの。母親の権利です」


 馬車が、王宮への道を戻っていく。


 膝の上の小さな箱が、温かかった。


 王宮に着くと、祝いの書状が山になっていた。


 各国。各都市。各商会。


 その山の中に、一通。


 飾りのない封書があった。


 差出人の住所は――王宮外の、小さな仮邸。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!

次話、戴冠式。あの人が王になる日と、一通の書状。

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