第109話 穴の実証
十日の、七日目。
警報は、記録網から鳴った。
「薬品市場に、異常な買い付けです」
カイルが、集計を机に広げる。
「解熱剤と、外傷薬。三日間で、平時の四倍」
「買い手は」
「小口に分かれています。ですが――」
「決済を辿ると、束になります」
束の先は、国外の両替商。
見覚えのある、経路だった。
買い占め。
そして、報告はもう一つ。
「南方港で、薬品を積んだ船が三隻、入港を遅らせています」
「理由は」
「船主の指示、としか」
買い占めと、流通の遅延。
三年前、三つの都市を沈めた手口。
その、再演だった。
だが。
「……早い」
私は、集計の日付を見た。
「三年前は、市場が痛み始めてから気づいた」
「今回は、三日で網が鳴った」
三年前と、何が違うのか。
制度が、違う。
再起支援法の中央監査権。
各都市の在庫報告網。
人命優先の緊急対応規則と、その発動基準。
あの危機の後で、一つずつ積んだ紙の仕組みが。
今、目を覚まして鳴いている。
「緊急対応規則、第一段階を発動します」
私は指示を出した。
「薬品の備蓄放出。まず王都と、南方の三都市」
「市場への公表は」
「即時に。全て開きます」
「買い占めの動きがあること。備蓄で応じること。数量も、全部」
隠せば、噂が値を吊り上げる。
開けば、数字が値を抑える。
それも、三年前に学んだことだ。
備蓄の放出は、その日のうちに始まった。
薬種屋の店先に、公示が貼られる。
『備蓄放出中。売り惜しみ・買い急ぎ不要』
値札は、三日で落ち着いた。
あの老婆が、薬を二包買えるままの値段で。
だが、それで終わりではなかった。
「買い付けが、止まりません」
カイルの報告。
「備蓄で受けても、向こうの資金が尽きません。国外資本です」
「船の遅延も、続いています。船籍は全て国外――こちらの法が、届きません」
そこが、狙いだ。
検知は、できた。
受けも、できている。
だが、元栓が締められない。
蛇口はこの国の外にあり、この国の法はそこに届かない。
夜。
執務室で、私は集計を見つめていた。
「見事なものだ」
殿下が、隣に立つ。
「三年前なら、都市が三つ沈んでいた。今は、値札一つ守れている」
「ですが」
「ああ」
彼は、頷いた。
「守っているだけだ。これでは」
「はい」
備蓄には、底がある。
補填には、限りがある。
受け続ければ、いつか尽きる。
これは――実証だ。
あの男は、証明しようとしている。
国内の制度をどれだけ積んでも、栓が外にあれば守り切れない、と。
制度の穴は、国境の形をしている、と。
「検知は、できました」
私は、地図を見た。
王国。東方。そして、ルーデン。
「ですが、止める手は――」
盤の、外にある。
ならば。
盤の外に、手を伸ばすだけだ。
「カイル」
「はい」
「ルーデンの商会名鑑を。それから、この三年の両国の交易記録を全て」
「……ルーデンの、内側を調べるのですか」
「いいえ」
私は、答えた。
「口説きに行きます」
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次話、商人の国の商人たちへ。盤の外への一手です。
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