第106話 切り捨てない
セリーナは、王都に移されていた。
拘束では、ない。
保護と聴取。
その線を守るために、私は書類を三枚書いた。
だが、宮廷の空気は違った。
「内通の末端でしょう」
「元は第一王子派の女だ。役者は揃っている」
「見せしめが要る。厳罰を」
分かりやすい筋書きだった。
落ちぶれた令嬢が、古巣に義理立てして国を売った。
誰もが飲み込みやすい、物語。
だが、控えの帳面は違うことを語っていた。
聴取の場。
セリーナは、背筋を伸ばして座っていた。
あの店で見た時より、顔色は良い。
覚悟を決めた人の顔だった。
「仲介の方のことを、お話しします」
彼女は、一つずつ語った。
最初の依頼の日付。
金額。
受け渡しの場所と、方法。
男の背格好。話し方。
「証明できますか」
立ち会いの官が問う。
彼女は、頷いた。
「控えが、あります」
「全件、書いてあります。日付と、枚数と、受け取った額と」
「……罪の記録にも、なりますよ」
「はい」
セリーナは、まっすぐに答えた。
「それでも、書いたものは本当のことです」
「私にはもう、それしかないので」
几帳面な字の帳面が、卓に置かれた。
彼女の三年間そのものが、そこにあった。
照合は、三日で終わった。
仲介人の足取りは、控えの日付どおりに割れた。
南の港。両替商。船の便。
金の出所は、国外の口座。
口座の名義を辿り、辿り、辿った先に――
「エルドランの、代理人名義です」
カイルが、報告を締めた。
「漏洩も、一枚刷りも。設計者は、同一です」
確定した。
あの男は、卓の上で交渉しながら。
卓の下で、この国の紙と噂を動かしていた。
全て、国外から。
全て、合法の形で。
残るのは、セリーナの処遇だった。
評定の場で、厳罰論は消えていなかった。
「情状はあれど、加担は加担」
「その通りです」
私は、認めた。
「罪は、あります。知らなかったでは、済まされない時期からは」
「では――」
「ですが」
私は、帳面を掲げた。
「この帳面がなければ、私たちは設計者に届きませんでした」
「罪を記録していた几帳面さが、国を守ったのです」
会場を、見渡す。
「切り捨てるのは、簡単です」
「ですが私たちは、三つの都市で学んだはずです」
「切り捨てた者の恨みは、いつか誰かの駒になる」
「現に――彼女は、そうして駒にされました」
沈黙。
「処遇の案を、申し上げます」
「監督付きの労役。場所は、王都文書院」
「写字の腕を、記録の側で使っていただきます」
罪は問う。
だが、捨てない。
それがこの国のやり方だと、決めたのだから。
評定は、僅差で私の案を採った。
退出の際、セリーナが一度だけ振り返った。
「……あの夜のこと」
声が、震えていた。
「ずっと、謝りたかった」
「知っています」
私は、それだけ答えた。
赦しの言葉は、言わなかった。
言えば嘘になる。
だが、憎しみも、もうなかった。
それで十分だと、互いに分かった。
その夜。
執務室に、一通の書状が届いた。
差出人の名は、ない。
だが、開く前から分かっていた。
几帳面で、冷たい字。
『帳面一冊で、よく届いた』
『褒めておこう』
『では、次の問いだ』
『――国家とは何か、もう一度問おう』
『今度は、卓の上で』
窓の外は、静かな夜だった。
嵐の前の静けさというものを。
私はもう、知っている。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
第3章「二度目の問い」、次話から経済戦の第二幕が始まります。
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