第40話 届いた便り
簡単な昼食を済ませると、一行は天幕の前に集めてあった鍬や鎌、籠を、それぞれ手に取り始めた。
この数日、フェリシアたちはマロネイア村外れの草地に天幕を張り、近くの水場も使わせてもらっていた。彼らを受け入れたのは、村の領主である騎士ルキウス・オ・ベラータの妻、エウドキアだった。
ルキウスは、フェリシアが知る限り、アルトレウス家の危機を知って実際に兵を率い、救援へ駆けつけてくれた唯一の人物でもある。あの出征以来まだ村へ戻っておらず、いまはエウドキアが夫に代わって村を預かっていた。
その厚意に甘えて、ただ水と場所を借り、食べるだけというわけにもいかない。
そう考えて始めた村仕事の手伝いは、いつの間にか朝の鍛錬と並んで、一行の日課になりつつあった。
もっとも、最初から誰もが同じように役に立ったわけではない。
ヴィクトルと彼の従士二人は、鍬を持たせても鎌を持たせても、村人から細かく指図されるまでもなく手を動かした。土を起こす深さも、根を抜く順番も、刈った草を束ねる手際も迷いがない。腰の入れ方まで板についていて、黙って畑へ放り込めば、どこから見ても農夫にしか見えないほどだった。
それに引き換え、グレゴリウスとその配下の従士たちは、力こそ余るほどにあったものの、農具を使い慣れていないことは一目で分かった。
鍬を深く打ち込みすぎて畝まで畝まで崩したり、根を力任せに引き抜こうとしては途中で千切ってしまう。鎌を持たせれば、刈るというより薙ぎ払うといった感じだ。
初日など、その様子を見た村人から「頼むからやめてくれ」と真顔で言われる有様だった。
「まあ、こいつのマケドニア家はその名の通り、もとは由緒正しいお家柄で、その御曹司であらせられますからねえ。こういう土臭い仕事は、なさったことが無いんですよ」
その日の仕事を終えたあと、ヴィクトルは悪びれる様子もなく、そう言ってグレゴリウスをからかったのだが……。
「なるほど。それほど農事に通じているのなら、今後は貴殿を師と仰ぐことにしよう」
グレゴリウスは、顔色一つ変えずにそう返した。
そしてなんと翌日から、彼は本当に「ヴィクトル師匠」と事あるごとにヴィクトルを呼び止めては、鍬の入れ方から草の束ね方まで、あれこれと助言を求めるようになった。
「昨日よりは浅く入れているつもりだが、これでよいか」
「深けぇよ、深すぎる! お前さ、敵兵の頭割るんじゃねえんだから」
「そうか。なるほど」
そのたびに自分の作業を中断させられるヴィクトルだったが、真面目に聞いてくるグレゴリウスに意外にもまんざらではないようで、しまいにはグレゴリウスのすぐ隣へ立ち、鍬の持ち方から一つひとつ教えるほど熱心に指導していた。
館にいた頃から、二人は性格も物の考え方もまるで違っていた。それなのに、不思議と馬が合う。フェリシアには、昔からそう見えていた。
考えてみれば、その違いは家の暮らし方にも、そのまま表れていたのかもしれない。
マケドニア家は、いまではアルトレウス家に仕える騎士――帝国から見れば陪臣の立場ではあるものの、帝国の版図が今より西へ広がっていた頃には、その地方でも名を知られた家だった。
領地を失って久しいとはいえ、帝都で商いを営む分家もあり、家そのものには相応の蓄えが残っている。その伝手があったからこそ、グレゴリウスの家族は戦火が迫るより早く帝都へ避難できた。
彼に従う従士たちも同じだった。父が主家に仕え、その子もまた同じ家へ仕える。さらにその子も――そうして何代にもわたって続いてきた者たちである。今回グレゴリウスの傍らに残った者たちの家族も、主家の者たちと一緒に帝都へ逃れていた。
少なくとも、故郷に残した家族を守るため、今すぐ戻らなければならない者はいない。
一方、ヴィクトルの家では、騎士も従士も平時には畑へ出るのが当たり前だった。
戦となれば負う軍役は、グレゴリウスたちとそう変わらない。それにもかかわらず、平時の実入りは少なく、配下の従士たちへ満足な俸給を払う余裕さえなかった。なので主人も家族も郎党も、普段は総出で土を耕し、自分たちが食べるものの多くを、自分たちの手で作っていた。
そうした家だからなのか、ヴィクトルの家では、従士の地位も必ずしも親から子へ受け継がれるものではなかった。従士の子だからと当然のように父の地位を継がせるのではなく、できる限り自分で身を立てさせる。その一方で、身寄りをなくした者や、家を継ぐことのできない三男、四男など、放っておけばその日の食い扶持にも困るような若者を家中へ迎え入れ、飯を食わせ、働きぶりを見ながら従士へ取り立ててきたのだという。
そうして迎え入れられた者たちは、ただ主従の契りだけで結ばれていたわけではない。同じ屋根の下で飯を食い、同じ畑を耕し、戦となれば同じ場所で剣を振るう。そんな暮らしを何年も重ねるうちに、いつしか家中の者というより、家族に近い間柄になっていった。
ヴィクトルたちにとって、鍬や鎌を手にすることは、剣を手にすることと同じくらい、日々慣れ親しんだ日常だった。
ヴィクトルに従ってここまで来た二人の従士も、彼と同じく、あの時、家族を失っていた。
片や家族を帝都へ逃がすことができ、片や帰るべき家族そのものを失った。事情はまるで違う。それでも今、どちらの家の従士たちも主の傍らに残っている。
そういう事もあり、マケドニア家の従士たちとはまるで違う成り立ちだったが、偶然というべきか、どちらの従士も主の傍らに残っている。
フェリシアが空いていた籠を一つ取り上げ、アスターナとともに村へ向かおうとした、そのときだった。
「フェリシア様」
声に振り返ると、こちらへ急いで歩いてくる若者がいた。ここ数日の村仕事でも何度か顔を合わせている。畑からそのまま来たのか、裾にも脛にも乾いた土がついていた。
「どうかしましたか?」
「奥方様がお呼びです。お時間がございましたら、館までお越しいただきたいと」
「エウドキア夫人が?」
フェリシアは少し首を傾げた。
これまでエウドキアが何か用を伝えるときは、たいてい自分で天幕まで来ていた。村仕事の相談にしても、食事や水場のことにしてもそうだった。それが今日は、人を遣わして館へ呼んでいる。
――少し、改まった話なのかもしれない。
一人で行くよりは、誰かに付いてきてもらった方がよいだろう。何か判断を求められたとき、自分では気づけないこともある。
「わたしもお供いたします」
誰を連れていこうか考えるより先に、傍らのアスターナが言った。
「ええ。お願いするわ」
それからフェリシアは、少し離れたところで農具を手にしていたグレゴリウスへ目を向けた。
「グレゴリウスも、一緒に来て」
呼ばれたグレゴリウスが顔を上げた。
返事をするより先に、隣にいたヴィクトルと視線を交わした。ヴィクトルが何も言わず、わずかに顎を動かす。グレゴリウスも小さく頷いた。
「承知しました」
「ではわたくしも!」
そこへ、今にも手にした鍬を放り出しそうな勢いでパトリシウスが食いついてきた。
だが、一歩踏み出したところで、後ろから伸びてきた大きな手が、その首根っこをつかんだ。
「お前さんは俺と一緒に、こっちな」
「ヴィ、ヴィクトル殿! なぜですか!」
「なぜも何もねえよ。まだ今日の分、半分も終わってないよな」
笑顔のまま、ヴィクトルはパトリシウスの襟をつかんで引きずり始めた。
そして引きずられる足を素早くラケスが持ち上げながら「お騒がせして申し訳ありません」とヴィクトルと共にパトリシウスを野良仕事に連行しはじめた。パトリシウスはまだフェリシアの名前を呼んで「何故ですかーッ」などと大声で叫んでいたが……。
「じゃあ、ヴィクトル。こっちはお願いね」
二人がかりで運ばれていくパトリシウスを見送りながら、フェリシアはヴィクトルへ声を掛けた。
「へい、お嬢。任せといてください」
ヴィクトルは振り返りもせず、片手だけ上げて答えた。
こうした仕事なら、彼が残っていた方がずっと頼りになる。
それに、エウドキアと何か改まった話をするのなら、いかにも騎士らしいグレゴリウスの方が都合がよかった。エウドキア自身も、ヴィクトルを嫌っているわけではないが、グレゴリウスを相手にするときの方が、言葉を選ばずに済んでいるようにフェリシアには見えていた。
ヴィクトルも、そのくらいは分かっているのだろう。
その横で、アスターナの冷たい視線が、案の定、運ばれていくパトリシウスへ向いていた。
――彼がアスターナの信頼を得るには、まだまだ時間がかかりそうね。
使いに来た若者に案内され、フェリシアはアスターナとグレゴリウスを伴って村へ向かった。
マロネイアは、四十戸ほどの家々が低い丘の裾へ寄り集まった小さな村だった。暮らす者をすべて合わせても二百人ほどしかいない。
帝都へ続く街道からも少し外れており、村へ来るには途中で細い脇道へ入り、畑の間をしばらく歩かなければならなかった。商人や旅人がわざわざ立ち寄るような場所ではない。
家々の外には畑と牧草地が広がり、その向こうを緩やかな丘陵が囲んでいた。
南へ進めば海もそう遠くはないらしいが、村からそれを見ることはできない。丘をいくつか越えた向こうにあるのだという。
フェリシアの目に入るのは、夏の日差しに色を失い始めた草と、踏み固められた土の道、それに畑の境へ点々と残された雑木ばかりだった。
村の中央には共同井戸があり、その周囲だけ家々が少し密集している。
エウドキアの住むベラータ家の屋敷も、そこから遠くなかった。領主の館と呼ぶには、いささか小さい。
周囲の農家よりは明らかに大きく、壁も屋根もきちんと手入れされている。だがアルトレウスの館を知るフェリシアには、騎士の住まいというより、裕福な農家を二回りほど大きくしたものに見えた。
もっとも、ヴィクトルの話を聞いたあとでは、騎士の家とは本来こういうものなのかもしれない、とも思う。
若者が戸口で声を掛けると、ほどなくして、年嵩の女が奥から姿を見せた。女中なのか乳母なのかは分からない。背には布で乳飲み子を負っていた。
ルキウスとエウドキアの子であることは、フェリシアもこの数日のうちに知っていた。まだ自分で歩くこともできないほど幼く、女の背で眠ったまま、ときおり口元を動かしている。
女は三人の姿を確かめると、赤子を起こさぬよう声を潜めて挨拶し、そのまま奥の部屋へ案内した。
そこではエウドキアが待っていた。
そしてその横にはもう一人、日に焼けた顔へ深い皺を刻んだ老人が腰を下ろしていた。
フェリシアも村仕事の折に何度か姿を見かけている。
若者たちが畑の境のことや家畜のこと、時には家同士の揉め事らしいものまで彼のところへ持っていくのを見ていたから、ただ長く生きているだけの老人ではないのだろうとは思っていた。
「お呼び立てして申し訳ありません、フェリシア様」
エウドキアが席を立った。
「いえ。それより、何事でございましょう?」
口をついて出た言葉は、普段エウドキアと話す時よりも、ずっと改まったものになっていた。
幼い頃から身につけてきた言葉遣いが、こういう時には勝手に口をついて出る。フェリシア自身、そのことを自分自身で意識してはいなかった。
「ええ。その前にご紹介いたします。こちらはレオンと申します。主人が留守の間、村の年長の者たちをまとめ、わたくしを助けてくれております」
名を呼ばれた老人もゆっくりと立ち上がり、フェリシアへ頭を下げた。その所作は普通の農家の老人よりも、幾分威厳のようなものを滲ませているようにも感じた。これが年の功というものなのだろうか。
「レオンと申します。このところは畑仕事から家の修繕まで、随分と村を助けていただいているそうで。若い連中も、ずいぶん世話になっております」
「いえ、こちらこそ。村に滞在させていただいております故」
フェリシアも頭を下げた。
その横でアスターナが静かに一礼し、グレゴリウスも騎士らしく簡潔に挨拶を返す。
促されて席につきながら、フェリシアはレオンをもう一度見た。
やはり妙だった。いつもなら、エウドキア自身が天幕まで来る。なのに今日は人を寄越して館へ呼んだ。そのうえ、村の年寄衆をまとめている男まで同席している。
――ただの世間話ではない。
そう思ったところで、エウドキアが卓上に置いてあった一通の書状へ手を伸ばした。
「先ほど、主人から手紙が届きました」
「ルキウス殿から?」
「はい。ただ、どうやら数日前に書かれたもののようです」
エウドキアは折り畳まれた書状を開き、文面を追いながら続けた。
「フェリシア様方がこちらにいらっしゃることは、まだ知らずに書いたものかと。先日こちらから遣わした者とは、途中で行き違いになったのでしょう」
「そうですか……」
ルキウスとは、アルトレウスの館で顔を合わせて以来だった。
あの時は館そのものが戦場になろうとしていた最中で、兵を率いて救援へ駆けつけてくれたことについて、まともに礼を言うことさえできなかった。
それだけではない。東大陸へ渡る方法についても、彼が戻れば一度相談してみようと思っていた。
帝都以外にも海を渡れる港があることくらいは、フェリシアも知っている。
だが、ボスポラスの港が封鎖された今、どこからなら船へ乗れるのか、どこなら巡検隊の目を避けられるのかまでは分からない。
アルトレウス領が帝都から見て西の国境近くにあったのに対し、マロネイアはそこから南へ下った、海にも比較的近い土地にある。さらに南西へ進めば、パトリシウスの実家であるトリウス家の荘園もあるらしい。
この地に根を張るルキウスなら、この辺りの港や街道について自分たちよりずっと詳しいのではないか――そんな期待もあった。
「ルキウス殿は、いつ頃お戻りになるそうですか?」
その問いに、エウドキアはすぐには答えなかった。
わずかな沈黙のあと、手紙を持つ指先へ少し力がこもる。
「それが……もうしばらく、戻ることはできそうにないと」
言い終えても、エウドキアはしばらく手紙から目を上げなかった。その一文を読み上げたのは、フェリシアへ伝えるためというより、自分でもう一度確かめるためのようにも見えた。
フェリシアは思わずエウドキアの顔を見た。
「アルトレウスから逃れてきた方々のことで、まだ随分と手がかかっているようなのです。それに――」
エウドキアはそこで言葉を切ると、改めて手紙へ目を落とした。
「ジュリアーヌス様も、ご無事だそうです」
その名を聞いて、フェリシアは思わず息をついた。
「そうですか……よかった」
館を離れてから、彼がどうなったのかは気になっていた。あの混乱の中では、生き延びた者の消息すら十分には分からない。無事だと知れただけでも、胸の奥に引っかかっていたものが一つ取れたような気がした。
「今は主人と一緒に、アルトレウスから逃れてきた方々のために動いてくださっているそうです。行く当てのない方については、いずれ帝都へ移せるように話を進めているとか」
「帝都へ?」
「はい。もっとも、すぐにというわけではないようですが」
その時、隣の部屋から、赤子のぐずる声がかすかに上がった。エウドキアの視線が一度だけそちらへ流れ、また手紙へ戻る。何か言いかけたようにも見えたが、彼女はそれを口にはせず、次の一節へ目を移した。
エウドキアは手紙へ目を落としながら、ところどころ内容を確かめるように続けた。
戦そのものは終わったものの、アルトレウス領から逃れた者たちの状況は、まだ十分には把握できていないらしい。負傷者も多く、家を失った者や、一家の働き手を亡くした者もいる。ルキウスたちはそうした者を集め、当面の食料や寝場所を確保するだけでも手一杯だという。
アルトレウス領の民のことでありながら、路頭に迷う領民への対応は、いまルキウスたちに委ねてしまっている。自分はその責を放り出して、こんな村外れに留まっているのではないか。
それでいて、家門が崩れてもなお、自分の傍らに残ってくれた者たちがいる。散る理由しか持たぬはずの者たちが、なぜか残っている。
では、その者たちを抱えた自分は、いったい何をすべきなのか。
フェリシアの自分への問いへの答えは、うまくかたちにならなかった。
それに加えて、街道ではいまだ巡検隊による監視が続いているという。
巡検隊――そその名を聞いた途端、フェリシアの眉がわずかに寄った。
あの日、アルトレウス領と帝国直轄領との境で道を塞ぎ、敵が迫っているというのに援軍の通行まで妨げていた者たちだ。
あの不可解な振る舞いを思い出せば、戦が終わった今もなお彼らが人の往来を制限しているという話を、ただの治安維持とは受け取れなかった。
「東大陸出身の方々についても、あまり穏やかではないようです」
エウドキアがそう言うと、それまで黙っていたレオン老が、わずかに眉を寄せた。
「こちらでも、そんな話は聞きますな」
「この辺りでも?」
フェリシアが尋ねると、レオン老はゆっくりと頷いた。
「街道へ出る者から、以前より見知らぬ人間が増えたとは聞いております。東から来た者が追い立てられているだとか、東側の商人が荷をまとめているだとか、あるいは傭兵崩れのような者たちも……どこまで本当かは分かりませんが」
そこで一度、レオン老が咳払いをした。その視線が、改めてフェリシアたちの方へ――とりわけアスターナへと、静かに流れたように感じられた。
「まあ、うちの村は街道からも外れておりますからな。滅多なことは無いとは思いますが……」
言葉は穏やかだった。だが先ほどの視線が残っていたせいか、フェリシアには、それが自分たちへ向けられた言葉のようにも聞こえた。
その内心には気づかぬまま、エウドキアがレオン老の言葉に頷いた。
「主人も、詳しい事情までは分かっていないようです。ただ、しばらくは余計な騒ぎへ近づかない方がよいだろう、と」
フェリシアは、卓上の手紙へ目を落とした。本当なら、ルキウスが戻ったあと、東大陸へ渡る方法を一度相談してみるつもりだった。
だが、この様子では、彼がいつ帰ってくるのか分からない。ここへ留まり続ける理由は、少しずつ薄れている。
とはいえ、今すぐ出ていくのも難しかった。どこから海を渡るのかさえ決まっていない。旅支度も十分とは言えない。
街道には巡検隊がいて、その周辺では流民や傭兵崩れまで増えているという。
焦って動いて、また行き止まりへぶつかるのは御免だった。
もう少しここで様子を見ながら、自分たちで東へ渡る手立てを探す。
今は、それしかないだろう。
そう考えて顔を上げた、そのときだった。エウドキアとレオンが、視線を交わした。
ほんの一瞬。
レオンが何かを促したわけでも、エウドキアが頷いたわけでもない。
だが、それを見た瞬間、フェリシアは先ほどから胸に引っかかっていたことを思い出した。
ルキウスから便りが届いた。その話を聞かせるだけなら、わざわざ人を寄越して館へ呼ぶ必要はない。エウドキアが天幕まで来れば済む。まして、村の年寄衆をまとめているレオンまで、ここへ座っている理由はなかった。
フェリシアは卓の上へ置かれた書状を見た。どうやら、こちらが本題ではなかったらしい。
エウドキアは手紙を丁寧に折り直し、卓の上へ戻した。それから、わずかに視線を伏せる。今までとは違う沈黙だった。
「実は――」
一度そこで言葉を止め、改めてフェリシアを見た。
「もう一つ、お願いしたいことがありまして……」




