忍び寄る影
「ボス! お疲れ様です!」
「いやいや、リク君もよく頑張ったよ。この調子でこの先も任務に尽力してくれ」
「はい!」
「ユイも、よくやった。影龍がアクアサーペントを取り込んだら、すぐにズラかるよ。恐らくさっきの騒ぎでアッチ側の警察が来る。俺もユイも、向こう側じゃ賞金首だからね」
「そうね〜、全く疲れた……でも」
ユイさんは座り込むと、貪られるアクアサーペントを見つめた。
「ようやく……前に進めそうだ……」
そう言ってため息を吐くユイさんの顔は、どこか安堵しているようにも見えた。そして、大雨の音に混じって遠くからサイレンの音が聞こえてくる。遠くには赤色灯を付けた一般警察と、黒い電灯を付けた対術特化機動隊の車両が見える。
「もう来たのか……ま、取り込みは完了したみたいだし逃げようか」
ボスはそう言うと、影龍に軽く触れる。すると影龍はどんどん小さく形を変えていき、俺達を助けに来た時と同じワイバーンの姿になった。
「さあ二人とも、コレに乗って逃げよう」
「はい!」
俺達三人がそそくさと乗り込むと、ワイバーンは少ししゃがんで翼を大きく広げて全力で跳躍し羽ばたいた。雷雨の空を滑らかに切り裂いて飛ぶ姿は、やはり俺の様な人間とは一線を画す器なのだという事を確信んさせた。俺は飛竜の大きな背中に身を預けて、下を見下ろす。砂浜では、アクアサーペントの死体を見てあれこれと話している警察達や、こちらを見上げて指を指している警察が見えた。
━━━━━━━━━━━━━━━数十分後━━━━━━━━━━━━━━━
拠点の屋上に着地した俺達は、ワイバーンから降りると屋上出入り口の階段へ走った。さすがに、こうも長時間雨に打たれるとしんどい。自分たちの警備シフトは終了しているので、特に負い目もなく休める。俺とユイさんが階段入口の扉を開けてボスを呼ぼうと振り返ると、そこにはもうボスの姿も影龍の姿も無い。
(……あれ、消えた??)
「あぁ、リク君。零眼の事は気にしなくていいよ。今頃は仕事終わりの一服でもしてるんじゃないかな?」
「そう……ですか」
少々淡白な対応にも思えるが、そもそも俺に姿や能力を見せた事そのものが異例な事だと考えれば自然の事だ。俺達が建物の四階に到着すると、タオルを持ったマイカさんがスタンバイしていた。
「お二人とも、最重要放浪種アクアサーペントの討伐お疲れ様でした。とりあえず、こちらで濡れた体を拭いてください」
「あぁ、ご丁寧にありがとうございます。マイカさん」
「マイカちゃ〜ん、出迎えありがとね!」
「ハイハイ、とりあえず水を拭いてくださいねー」
マイカさんとユイさんは、それなりに仲がいいようだ。まあ、組織結成前からの付き合いのようだから当然か。俺はそっとタオルを受け取って雨水を拭き取った。ユイさんはレインコートをサッと脱ぐと、上着も脱ぎだしたので俺は思わず目を背ける。そんな俺達に、一人の女性が声を掛ける。
「御二方、お怪我はありませんか? 大丈夫そうですね……ウチの出番は無しかな??」
彼女は今江 夏莉奈。この組織の九眼で、主に治療を専門とする隊を率いている。
「ん、今日は特に問題ないよ、カリナちゃん」
「右に同じく、怪我はありません」
「ユイさん……リク君も居るんですし、さすがにブラ剥き出しで体拭くのはやめません……??」
「えぇ? アタシは別に気にしないよー。アタシはもう五百歳以上イッてるお婆ちゃんだし」
「……だそうです。リク君、気にしなくていいみたいよ」
俺はその一言で誘惑に負けて、ついユイさんの方をチラ見する。
(……!? ヤッベ、想像以上に想像以上な感じだぜ……)
あまりの色気に俺は再び目を背けた。俺ももう七十歳近いというのに情けない。
「……あれ、リク君て未だに童貞??」
ユイさんのその一言と、俺の一連の動作で四階階段前は笑いに包まれる。マイカさんは気まずそうにその場を立ち去った。
そうして笑っていると、階下から爆速で階段を駆け上がってくる音が聞こえて九眼の一人が姿を現した。
「カリナさん! ちょっと来てください! 緊急です!」
「え、どうしたの?」
「六眼隊の方が……重症です! 深層スラムの警備に向かっている途中に襲撃されたようで……何かギザギザなもので腹を切られています!! 止血を早く!」
「分かった。すぐに向かう」
ギザギザなもの……という言葉で、俺の心臓はキュッと締め付けられた。
(ギザギザ……深層スラム……もしかして…………)
俺も走って医務室へと向かうと、横たわっている死にかけの隊員の腹を確認する。
「……ッ!!」
その隊員の腹に付けられた傷は間違いなく、ジェーンのウミユリ海底譚の触手による傷跡だった。
(マジかよ……一体どうなってやがるんだ??)




