その術の名前は
耳を塞いでも、ゴリゴリと嫌な咀嚼音が鼓膜を震わせる。
「急にフード被るってことはさぁ、アンタ固有術使おうとしてたよね。そうなると面倒だから先に潰させて貰ったよ。って、もう聞こえてないか」
恐怖で固まる俺の肩を誰かが引っ張り、商店街の店の中に体ごと引き込まれた。
「おいリク、どうするよ」
「あ……ハルか。びっくりさせんなよ……」
「いやしょうがねえだろ。声だしてあのデケえ蜘蛛に襲われたらどうするんだよ。それよりさ、何か逃げるのに使えそうなもの無いかな」
そう言われて見回してみると、店のガラスケースの中には高そうな包丁がズラッと並んでいて、壁には日本刀が掛けられていた。確か、法改正で護身用での携帯が認められるようになったんだったかな。
「そんな事言ったってよぉ。ここ刃物屋だぜ? ハル」
「そうだな……」
あのデカ蜘蛛に戦って勝てる訳が無い。もし仮に蜘蛛を倒せたとして、あの女に刃物で勝てるのか?絶対に無理だ。やっぱり逃げるしかない。
「なあリク、見てみろよアレ」
そう言ってハルが指差す先には、他の刀とは明らかにサイズの違う大きな刀があった。
「四尺刀だぜ、アレ。本物は初めて見た」
「うわ、ホントだ。デカい」
ふと、俺は立ち上がり壁に掛けられていた四尺刀を手に取る。
「お前、ソレ使えるのか!?」
「抜き方はネットで見たことあるし、武器が無いよりはマシだろ?」
俺は試しに鯉口を切って刀身を少し出してみた。刃の根本が妖しく光る。その瞬間、俺の脳に閃光が走る。
(これは……脳内にイメージが流れ込んでくる…………これが俺の……)
「なあ、ハル」
「どうした?」
「なんとかなりそうだぜ」
「え、それってどういう……」
ハルの質問に答えず、俺は勢いよく四尺刀を抜いて、鞘で大きなガラス窓を叩き割って外に出た。
「あれ?逃げたと思ってたけどぉ…そこにいたの」
やっぱり怖い。でも生き残るにはこれしかない。俺もついに…茜術を身に着けたんだ。
「…その感じぃ、もしかして術が開花したの? へぇ…。気が変わった、アンタ達二人はこのまま見逃すつもりだったけどー、その前に品定めをさせてもらう」
「品定め…?」
「そう。アンタがどれくらい戦えるのかを確かめさせてもらう。術はついさっき開花したみたいだから、そんなに期待はしてないんだけどねぇ。喰い殺しちゃったらまずいからマフェイダーちゃんは使わないようにして、私は自分の体とちょっとした術で勝負をしましょう」
「お、おう」
(オイオイ! これってもしかして余計なことやっちまった感じか!!?)
「そ、その前に頼みがある」
「なにぃ?」
「ハルは関係ないから、逃がしてやってくれないか」
「あぁ、別に良いわよ。というか、そもそも実力を測るだけであって殺そうなんて思ってないって。そこまで野蛮じゃないよ」
(そうか…良かった。)
と、安心したのと同時に普通な大きさの刀を持ったハルが割れた窓から出てきた。
「リク……お前、茜術をゲットしたのか。俺も同じように刀を色々触ってみたけど……何も起きない」
「あぁ、なんか刀身を少し見た瞬間にギュンッと脳にイメージが降りてきた。どんな茜術なのかも大体理解できる。不思議な感覚」
「そ、そうか。じゃあ、俺はお前の家まで逃げるから、後で合流しような」
「おう。分かったぜ。こっちは何とかするから、そこで落ち合おう」
とは言ったものの、正直勝てるイメージは湧かない。
「じゃ、始めようか」
(何か来る!!)
俺の胸あたりに何かが張り付いたような感覚。見てみるとそれは、小さな蜘蛛だった。そして、その蜘蛛が出してる糸は、女の右手に伸びていた。なるほど、さっき警官が引き寄せられたのはコレか。と思うや否や、俺の体も女の方に強く引き寄せられる。
「アンタそこそこ才能あるかと思ったけどそうでも無いのかなぁ……?」
(こんな簡単に終わる訳無いだろう。相手に殺す気が無いとなれば、湧いてくるのは対抗心。油断してる今が絶好のチャンスだ!勝ってやるぜ!)
俺は反時計回りに身を捻りながら刀を振り、糸を切断して着地した。そして即座に構え直して、まだ空中で浮いている蜘蛛の糸を切り口から女の方に向かってズバズバ切っていく。そう、俺の茜術は一撃を加えるごとに次の攻撃の威力を増量する効果。名付けるなら……『千裂瞬斬』!! 副次効果として、基礎身体能力と動体視力の向上もあるみたいだ。そして、攻撃は十分に溜められた。この固有術の奥義を打つ!
「あれ、思ったよりやるみたいね」
俺は大きく跳んで前方に宙返りをしながら刀を振る。我ながらここまで動けるとは……そして、振った刃から出るのは今までに溜められた斬撃のエネルギー! 数十枚の回転して飛ぶカミソリのような斬撃が女へ流れていく。
「驚いた。アンタ、さっきの機動隊の男より強いね。才能あるよ。でも残念賞ってとこかな……」
女は右手を挙げると、そのまま小さな蜘蛛を壁にくっつけて糸で引き寄せさせて移動し、斬撃を避けた。それでも軌道を変えて女の方へ食らいついた斬撃も、片手で軽く振られた刀で弾かれてしまった。そして女は片手で張っている糸で壁に張り付いたまま話す。
「今回の唯一の敗因は、焦って大技を早く打ったこと。まあ経験不足とかもあるけどさ。それはどうしようもないことだからいいよ」
そこまで言うと、今度は俺の近くの電柱に蜘蛛を飛ばしその糸で急接近してきた。斬ろうと刀を振るも、流されてしまい体勢が崩れる。そこを女は容赦なく斬りつけてきた。
(殺さないんじゃ…………なかった……のか……。)
そんな考えと共に意識は薄れていった。




