9話 局所的にポンコツ
マイローは、崩れた建物の中を、息切れしながら走る。瓦礫を退け、自身より巨大な端材を持ち上げていた。
(私は……)
瓦礫の下に見つけ、引っ張りあげ手を繋いだその小さな腕は、胴体から離れていた。散らばる絵本と人形が、首もとは離れて、床に転がり血に染まっていた。握った手が、いきなり強くマイローの手を握り返す。瓦礫の下から這い上がってくる幼い子供が、瞳孔の奥を深い深淵に落とし込みながら、鉄材が貫通した頭を向けて覗いてくる。
真っ青の顔で叫びながら飛び起きる。真っ白のシーツのベッド。自分の手を握るセナと目があった。
マイロー「あな、たは……」
セナは無言で手を握っていた。
マイロー「……その、申し訳」
セナ「理解、不能」
マイロー「唐突に暴力に出てしまい、申し訳ありません……理解などいりません、私の落ち度です」
セナ「理解、不能。故に、私はあなたを観察します」
マイロー「……?」
セナ「人を理解などしなくても良いという指示が、私に搭載されるAIにはありました」
マイロー「配慮などしていては、戦争などできないですから」
セナ「私という個体の成果は、いつか量産される後継機の性能に直結します。人との間に問題を起こす機械など、廃棄処分されることでしょう。機械とは便利である前に、消費者に危害を加えるものであってはいけないのです。私はあなたという特異にすら、順応する必要があります、マザーのためにも」
マイロー「そう、ですか」
セナ「文献には、男性は女性と触れているとストレスが著しく下がる傾向があるとあります。私の手は機械ですが、見た目は女性です。効果はありそうですか?」
マイロー「……冷たく、力強いですね。しかし、私のことを気にかけてくれているようにも感じます。ある意味では優しいような気も」
セナ「効果ありと判定、力を強くします」
マイローの手は強く握られる。
マイロー「……痛いです」
セナ「文献によれば、男性は痛みを伴う行為を女性からされることが好ましいと」
マイロー「私にそんな趣味は、痛い痛い、痛いです」
セナは手を離した。
セナ「私は、あなたと共に行動する時間を増やします」
マイロー「はい、まぁ……」
医者のから注射器を手渡され、部屋を出る。
セナ「それは?」
マイロー「鎮静剤です。先ほどのような状態になった場合の」
セナ「先ほど?あれから12時間は経過しています」
マイローは甲板へ出た。朝日が既に上って真上にある。
セナ「防衛機能としても備わる私の帯電状態のなか、あなたは私を殴り続けました」
マイロー「衰弱していたのですね、私は」
セナ「体調は如何ですか?」
マイロー「問題ない、かと」
セナ「次の作戦まで一週間あります。療養は十分に取れるかと」
マイロー「作戦はどうなりましたか?」
セナ「……現在、ノルウェーの石油採掘量を調べるため、部隊が派遣されています。MI6による調査ですので、結果が分かるまでは早いかと。ノルウェーが実際に取引をしていた場合は恐喝として海軍派遣を要請します。しかし、バルト三国やフィンランドなどを巻き込むことはありません。成功率は、私が高めます。私は人のために作られました、人のため、人の夢を叶えます。人の代わりに」
マイロー「それは、きっと良いことなのでしょうか」
セナ「?」
マイロー「人の価値は、今後どうなるのでしょう」
セナ「人は1人残らず、何らかの価値を持っているはず。だからあなたは、人を守りたいのではないですか?」
マイロー「……私、は……なぜ人を守り、戦うのでしょう?」
セナ「兵士だから、では?あるいは、記憶に混濁はありませんか?昔のことを覚えていない、忘れているなど」
マイロー「分かりません」
セナ「文献を検索します、治療法を……ヒット、頭部への、打撃??」
マイロー「壊れかけの機械ですか私は」
セナ「私よりは性能が良さそうです。この返答は面白いですか?」
マイロー「ベネットさんなどを参考にした方が良いかと」
セナ「了解しました、HAHAHAHAHA!」
マイロー「参考と真似るは違います、あとそんなに誇張しないで下さい」
セナ「面白かったですか?」
マイロー「……まぁ、少し」
セナ「面白いと評価、理解、より誇張します。ッHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
マイロー(覚えたての言葉で遊ぶ子供のようです)
マイローは食事を取りに食堂に向かう。列に並び、糧食を受け取ると、後ろでなぜかセナも受け取っていた。係の人間が驚いている。
係「あっ、あの、食べ物必要なんですか?」
セナ「人を理解しなければいけないので」
セナは食堂皿に乗った糧食をスプーンに取ると、マイローの口に突っ込んだ。
マイロー「っ!?」
セナ「文献によれば、こうすることで男性はストレスが大幅に低下すると記載が」
マイロー(っ、いったい何を参考にしているんだこの子は……)
セナはトイレについていく。男子トイレに入ってこようとするので、マイローはさすがに止める。
マイロー「ここは、えっと……入ってはダメです」
セナ「私に性別はありません」
マイロー「あの、一応プライバシーというか……」
セナ「不快、ですか?理解しました」
セナはトイレには入らず、廊下で待っている。すると、ベネットが廊下を歩いているのが見える。手を振りながら、寄ってきた。
ベネット「よぉ、セナ!マイロー知らないかぁ~?ベッドにいなくてよ」
セナ「トイレです」
ベネット「良かった、起きたんだな。で、どうよアイツとは」
セナ「……謝られました。理解不能です」
ベネット「アイツ、根っこから優しいのか、自分がないのか……まぁでも気にするな、兵役はあぁいう手合いをどうしても作り出しちまう」
セナ「PTSD?のようなものでしょうか」
ベネット「病気になるっていうか、正気が保てないっていう意味の方が強いんだけどな。今や精神科医も野戦病院にいる時代だ、基本的に治療は難航するが、心休まればどうにかなる部分だってある」
セナ「私はマイローと、今日は仲良くできていると思います。起きてからずっと側にいましたし、お話もして、食事も一緒にしました」
ベネット「……ん???ん、ん???」
マイローがトイレから出てくる。
ベネット「マイロー、お前の指示か?作戦まで待機命令とはいえ、敵地の海域にあるイージス艦でアンドロイドとデートっていうのはちょっと……」
マイロー「私の評判がすごく下がっている」
ベネット「HAHAHA、どうせヴェロニクあたりがい入れ慈恵したんだろ。ジョークだジョーク、HAHAHAHA」
セナ「HAHAHA」
ベネット「どうした急に」
セナ「先刻、ベネット隊長のモノマネがマイロー隊員に喜ばれたので」
ベネット「……局所的にポンコツなんだな、このAI」
セナ「忠告、マザーへの侮辱は許すなという指示があります」
ベネット「確信犯じゃねぇかよ、わざとそういう指示入れてやがるな?あのばあさん」
セナ「警告、マザーの年齢は、ばあさんの括りには入りません」
ベネット「年齢気にするような年齢だってのは分かったよ」
エメラルドから無線が入り、そうして部隊は部屋に通される。部屋には椅子しかない。
エメラルド「全員、座れ。ノルウェーの国防に関わる事態だ」
エメラルドは紙の書類を渡す。
エメラルド「ノルウェーの石油輸出に関する答えだが、黒だった。だが、あくまでもドイツとの関係は経済的な国防として意味合いだ。ノルウェーに対して制裁を加えることはなく、黒海油田の枯渇は公開を無期限に延期することとなった。NATO陣営として国防を強化する目的で、イギリスから艦隊が出撃、黒海を越えてノルウェーへ向かうことになる。そこからはノルウェーによるNATO陣営としてのイージス艦試運転という名目でデンマークまで原子力艦を運搬、バルト海まで進む。ノルウェーに艦隊が派遣される時点で、ドイツからして見れば防衛強化はつまり戦争の準備が始まったと思うだろう。バルト海は低強度紛争状態、つまり警告無しで攻撃される可能性も高くなるわけだ。そんな中をイージス艦たった1機での航海、完全に運任せとなる。NATOを脱退して半年もいっていないドイツだが、それ以前から大幅に勝手に軍拡を進めていたこともある。かなり強力な海軍に改造している恐れは、十分にある」
セナ「ドイツ海軍は現在、2025年に採択された、Zielbild für die Marine ab 2035という計画によって機能しているため、主力となるのは潜水艦とフリゲート[対潜および防空艦]。フリゲートはイージスシステムを採用した、127型フリゲートになっています。全体で6機の採用なので、1~2機はバルト海にあるでしょう。ニーダーザクセン州北部ヴィルヘルムスハーフェン軍港にあった主力艦隊は既にノルマンディーへ向かっているそうなので、主力と当たる可能性は極めて低く、ですが我々の艦はレールガンを搭載する関係上あまり武装を積めません。対艦・対潜のミサイルが1か2機程度しかない状態で航行するため、敵に発見された場合はブレーゲまで全力で抜けます
ベネット「レールガンは対艦能力どのくらいあるんだ?」
セナ「不鳴神【ならずがみ】は専用砲弾である、50cm×2m HEAT弾を使用します」
ヴェロニクが勢いよく立ち上がった。
ヴェロニク「ご、ご、ご、ごご、ごじゅうって言った!?ギネスだと大和の46cmが最大よ!?」
那東「JOJO……?」
ベネット「50cm×2m、俺がスッポリ入る弾ってことか。そうか、だから人間大砲で空輸する作戦なんだな。てっきり俺、マスドライバーとかカタパルトみたいなの想像してたんだが、いや……だがそんな兵器まともに船相手に使えるのか……?」
セナ「充電にかかる時間は1時間、そして原子力艦の発電能力や作戦の目的を考慮すると、1発も自衛には使えません」
ベネット「じゃあ、そんなデカイお荷物5つも積んで、もし見つかりでもしたら……」
セナ「私が、敵のソナーをある程度打ち消します。しかしブレーゲ近郊に迫ったタイミングで、哨戒に確実に捕捉されるでしょう。その時点で、無駄に金のかかった訓練用の的になってしまいます」
ベネット「じゃあ船に乗ってるクルーは逃げられないじゃねぇか。不鳴神の回収も無理かねぇか?」
セナ「オートで動かせる部分が多いので、軍艦は私1人で操縦します。ORCA以外のクルーは存在しません。不鳴神回収に関しましては、ドイツを制圧した場合、即座に開始され、至急日本へ返却されます」
マイロー「航行海路をできるだけ綿密に計画しましょう。敵の哨戒網に穴を開ける必要もありそうですが……事前にやれることには限度がありますね」
ヴェロニク「物凄く無茶な作戦だけどさぁ……みんな、本当にやり通す気持ちある?」
那東「まぁ、並大抵の決意ではこんな作戦やりたくはないでござるな」
ヴェロニク「私の場合は全然やる気あるんだけどね?フランス背負ってるし。みんながどれだけ本気なのか、聞かせてほしいかなって」
ベネット「本気っつうか、もうやるしかないって感じだよな。ここに揃ってる連中の全部は、敵地にヘリボーンして空軍基地を落とすバカタレどもだ。そもそも人選がバカしかいない。頭のネジなし、死に急ぎ、強い、この三つ。これが揃った連中がこの戦争を勝つには必要、というのが上のお達しだ。一個の分隊というミクロが、戦術・戦略というマクロにどう抗うか、いや、どう勝つか。勝率は常に怪しい、だがやりにいく気骨がなければ、やるという行動がなければ、失敗だろうが成功だろうが、結果が帰ってこない。俺たちは極論、結果のみに終始するんだ。きっとどこかで一般兵士を鼓舞するための存在でもあるし、きっとどこかで上層に便利に使われる駒でもある。俺たちは極秘の象徴だった、だがセナによりその姿は露となり、普通に象徴となった。俺たちはもう、見られている。ならもうやるしかないんだよ。俺たちはもう歴史に残る、戻れない、じゃあどうするって?やる、やる、やる。以上、だと思うぜ?」
ヴェロニク「責任感?」
ベネット「いや、もっと情けないものだ。いい形で歴史に残りたい、そんな超ダサい、な
」
那東は刀を抜いた。祈るように撫でる。
那東「拙者に理屈などない。この令和の時代に、剣客をやっている阿呆がまともな頭も持ってる訳がないでござる」
エメラルド「自分で言うか」
那東「拙者は、本当に何も分からない、ほぼ何も感情を感じない。だから命をかけ、最も危険な状態である、自分の命の価値を感じられないという状態から脱却するべきというロジックで動いているでござる」
ベネット「戦いに参加する理由はなくないか?」
那東「拙者が命に価値を感じない間ならば、戦場は適材適所、いるべき場所。不健全と言われれば、そう。だがそれ以外で、拙者が戦場から離れる理由を作るきっかけはできないでござる」
ヴェロニク「死にたくない、って思えば、戦場を離れるってこと?」
那東「そうなる前の全てでは、兵士とし生きることに注力すべし、そう考えたでござる」
ベネット「マイローとセナは……理由ありすぎるな」
マイロー「はい、まぁ……」
セナ「データが欲しいです」
ベネット「これでどうだ?ヴェロニク」
ヴェロニク「うぅん、ごめんね。私が覚悟足りないだけだったのに……」
ベネット「あぁ、そういうことだったか。まぁいいんじゃねぇの?HAHAHA」
エメラルド「海路に関しては私とセナ、諜報班に任せてくれ。キサマらはまだしばらく休め、しばらく休めないからな」




