9話 安全
スターリン「我々の公用語はロシア語である。君も喋れるはずだ、お互い英語で話すのはよそう。ロシア語だけが持つ特異な性質はなんだと思う?」
マイロー「?」
スターリン「君が英語を勉強する上で、どうしても翻訳ができない単語が一つだけあったはずだ」
マイロー「……安全(Safe)」
スターリン「そうだ。ロシア語には、英語のSafeに該当する単語がない。東は遊牧民、西はビザンツやローマにナポレオン率いるフランスまで、地政学的にロシアは弱かった。常に外敵を警戒するなかで文明を発展させてきた我々の文化圏には安全(Safe)に類する単語があるだけで、完全な安心感を与える単語はない。故に、我々は血統からして、血の気を多く持つ必要にかられていた。やられる前にやる、そんな文化だった。ナチス・ドイツに連なる帝国主義や、自分たち労働者の意に反するように戦争をする資本家と繋がった政府たち。それらは必然として第二次世界大戦後の、急速に東欧で社会主義や共産主義の成長へと帰結した。先祖たちはその瞬間、閃いたのだ。今こそ、ドイツ圏までの地政学的脆弱性を持つ、帝国主義が生まれる原因になり得る欧米そのものを、根幹から破壊しようと」
マイロー「地政学的、脆弱性……」
ベネット「第二次世界大戦後、東欧では確かに共産主義は拡大していた、だがソ連を受け入れはしなかった。ロシア帝国に代表されるように、ロシアもまた征服者としての振る舞いを大いに持っていたからだ。だが貴様らは不正な選挙や軍事的圧力を行い、ソ連が関わる共産勢力を拡大した。あの時代の勢力拡大は、欧州への影響力を強め、ドイツを壊すためだったと?」
スターリン「なぜ、お前たち戦勝国はドイツを消さない?第一次大戦、第二次大戦、全て根本はドイツという、帝国主義になるしかない地政学的弱点を持つ国があるからではないか。我々は次の大戦を止めるべく、ドイツを破壊したかった。イギリスや我々ロシア、中東など名のある大国や異文化に、あれほど囲われた地形はそうそう無いだろう。彼らもまた我々新ソ連と同様、強くなる他なかったのだ。だがドイツは、それでも国家としての体裁を許されている。貴様らが国家として統一でもしてくれれば、どれほど安心できただろうか……」
那東「まさかとは思うがスターリンよ、お主らはNATO勢力がやアメリカが、意図的にドイツを残しているとでも思っているのか?それがお前の言う戦争の理由だと?」
スターリン「我々の結論はそうだ。貴様らは冷戦時、東欧諸国の共産化を揶揄して、鉄のカーテンと言い放ち、その後マーシャルプランを発表し欧州を復興させた。だが我々からしてみればドイツの存在こそ鉄のカーテンである。マーシャルプランによるヨーロッパ復興はドイツの復活を色濃くし結果、ベルリンの壁は崩れてしまった。貴様らはまた帝国主義の国を作ったのだ。三国協商により帝国主義は立ち上がり、第一次大戦を引き起こしたドイツは敗れた。だがその後イギリス・フランスによる多額の賠償金の吹っ掛け、ドイツでナチス・ドイツが選ばれる原因を作った。ドイツの血ではない、ドイツを囲う全てがドイツを戦争へ導いている。そして2015年、また今度、ドイツは追い込まれた」
那東「?」
ヴェロニク「欧州難民危機。私も赤ちゃんだった頃だから、詳しくはなんともだけど」
スターリン「イラク戦争を起因として、イスラム過激派組織台頭による中東の不安定化が難民を増加させた。それらがヨーロッパに流れ着いたことを、欧州ではそう呼んでいた」
那東「移民問題の始まり、ということでござるな」
スターリン「その中でドイツは、ドイツ憲法に基づき難民を大量に受け入れていた。他国が難民受け入れのキャパシティーを越え喘ぐなか、ドイツも遂に移民へ消極的になり、AFDなどの野党が台頭していく。だが右翼政権は度重なる暗殺被害により衰退、2040年までの間に、政府は更なる移民受け入れを行ってきた。世界的に報道された暗殺は2025年の数件で、以降のものは全て隠蔽された。故に世界的には、UHKの出現は予想されていなかった……」
マイロー「お前たちが洗脳したというのではないのか?お前たちがナノマシンを使って彼らが台頭したという情報を受え付ける、そんなことだって」
スターリン「まさか、むしろ我々はドイツの衰退を拒否したい所存だった。あの地形で、NATOの庇護下の元にあるならば、彼らが警戒しなければいけないのは東欧方面とイスラム圏に限定されるからだ、その果てに帝国主義の復活は遠退く。あそこで止まれば、ドイツにナチス・ドイツの復権はならなかったはず。あの国が衰退すればまた世界に帝国主義の国が現れるのだぞ、スターリングラード攻防戦で何人死んだと思っている?だが、世界は望んだ。いや、アメリカは望んだ。あの地形に国家がある限り何度でも世界大戦は起きる。だがそれをNATOが許容していて、NATOの味方は世界中にあった……我々は思った。NATOは帝国主義を期待し、戦争の導線を常に確保しておきたいのではないかと」
ヴェロニク「NATOが戦争を望んでるってのは置いといて、それをアメリカが仕組んだって言いたげじゃん。何が繋がるのよ、何か証拠はあるの?」
スターリン「ペンタゴンは隠せたようでいても、私たちには隠せていない。ペンタゴンの極秘計画に関するファイルを、我々は解いたからだ。なぜそんなことができるかだと?我々の持つ技術とアメリカが持つ技術は、共通の祖先を持つのだから」
ベネット(無線)「共通の……祖先?」
スターリン「イクシール。大量破壊兵器(WMD)とアメリカが呼び、イラク戦争の果てにイラクから奪い去った、サウジアラビア開発のAIだ」




