8話 毛穴とスピーカーが語る反社会的パッションの相関性
毛穴とスピーカーが語る反社会的パッションの相関性
煙立つ施設の中マイローが先導で、銃口を前へ向けながら小走りでクリアリングする。那東がすぐ後ろに続き、ベネットとヴェロニクが随伴する。
ヴェロニク(無線)「長いねぇ、もう何分走ってるの?」
ベネット(無線)「電子基板、配管。推し量るに冷却システムだ。だがそれが漏れ出てるのに、寒くない」
マイロー(無線)「身体が少し硬いような、何でしょうこの感じ。意識と違うような」
那東(無線)「ひょんな所で同感でござる」
ベネット(無線)「また幻覚でも見せられてる、ってことは無さそうだが」
ヴェロニク(無線)「そう…………なんていうか、毛穴とスピーカーが語る反社会的パッションの相関性みたいな」
ベネット(無線)「そうだな。不死身の夏と青いコンビニはいつも晴れ。外に出る時の胃腸薬の互換性の話になると、未亡人はいつも陰湿な虫に誘われる」
マイロー(無線)「望遠鏡の苦虫はいつも泡立っていて、そのあたりの光合成はあめ色に跪いたままで、嘲笑の一言につきます」
那東(無線)「ゴムボート1tは一息ついて波風と共に鳥肌として候う。いつもいつも荒れ狂う砂糖と心臓は占いと活路を見出だし、つんざいた発信器と90%以上の電子レンジに」
光景は森になり、嵐の中心になり、どこかの屋敷の中になり、海中になり、宇宙になり、学校の廊下になり、アリの巣になり、雪山を登り、雪原を走り、矢印の現れるネオンの上を行く。息切れを忘れ全員がただ走り、速度が落ちてくる。どれほど息切れしても走ることだけはやめないで、血を吐き出すような息を吐いて、ORCAの全員は装備を捨てて走りる。いくつもの扉を開けながら手を上げて走り、暗い一室で止まり、手を上げたままでいる。部屋の電気が付くと同時に、全員が倒れた。
ベネット「はぁ、はぁ……な、なんだ?」
ヴェロニク「あれっ、私なに、なにを?」
那東「寒い……」
マイローが顔を上げて正面を見た。髪色が白と赤の少年が、軍服を来て、ゆっくりと軍靴を鳴らして歩いてくる。周囲にはコンピューターしかない。
マイロー(なんだ、全身が異様に疲れて……走っていた、ずっと走っていた、そんな記憶があって、私は、疲れていなかった?)
少年「問おう。不明な言葉、壊れた文法、冷えた空気、捨てられていく装備、身体の疲労。全て記憶にあってもこの瞬間まで、どうだ……疑問に思わなかっただろう?」
銃口を向けた兵士たちが、こちらを見つめている。
マイロー「……スターリン!」
引き金が引かれ、銃弾が飛び出て、マイローの腰に命中した。痛みがマイローを襲う。
マイロー「っあああぁぁぁ!!」
スターリン「情報とは恐ろしいものだ。あまりあるほどモノを定義付けるがそのうち、一切の肯定も否定もしない。まるで善悪が相対であると思い当たった、最初期の哲学者のようでもあり、しかし本質としてそれらは吟遊詩人でもある。あくまでもモノは情報のみを与え、自由に解釈させるのだ。人は与えられた情報に意味を付与し、咀嚼する。痛み、憎しみ、深み、幸せ。花に言葉を当てはめ、音に言葉を乗せ、遂に言葉で言葉を説明し始めた。世界の言葉の全てに、意味は寄生している。その意味こそ、人を天使にも獣にも変容させ、だが人を天使のように振る舞わせるのだ」
血がズボンからにじんで、広がっていく。気付けばORCAの全員には手錠がはめられる。
スターリン「立ち上がりたまえ。我々はもう既に計画を全て完遂しており、もはや戦う意味を持たない。君らは推察の通りこの基地を発見し、見事作戦を実行してみせた」
ORCAは立ち上がる。マイローが倒れたままだったが、痛みが一瞬ではれるのをマイローが感じ取る。兵士はいて、薬莢もあって、傷がなかった。
マイロー「!?」
スターリン「痛みとはそういうものだ。君らにも、意味を与えよう。ついてきなさい」
立ち上がるORCA全員は銃口を下げた兵士に連れられ、部屋を後にし、鉄でできた廊下を歩く。
スターリン「認識は、意識は、全ての根幹となる。私は諸君が思うより、ずっと優しい人間だと、後に認識するだろう。自由という責任、決断という負担、罪は死なず血を拭う隙も与えない、歩みすら憚るこの世界。自由も共産も全体も、全て誰かが利益を獲得しりための手段でしかないだろう。そんなものに踊らされて良いほど、命は安くない」
階段を少し降りて、エンジンの音が聞こえる。
スターリン「私は戦争が嫌いだ、差別も然り。言葉も、感情も、人間が人間として歩み始めたその時から始まる、文化という呪いなど、特に特に嫌いだ。言葉という無形の刃物が、会ったこともない人間の歩みを妨げ、命を奪う。区分けという認識が差別を産み出すにも関わらず、人々はそれを区別と言い訳を並べ、違った文化や行動を否定する。私を知ったときから世界は、私の奪った命を称え、奪われた未来を、失われるべき未来とするだろう」
廊下から廊下を歩き出ると、道路があった。装甲車と軽車両を前後に構え、その中間にある、帳のないトラックがある。運転席の前に、ラダがいた。
ラダ「書記長」
スターリン「彼らを荷台に」
レダが運転席に乗り込む。車列が移動しはじめる。トラックの片側に一列にORCAが座り、反対に一人スターリンが座る。長い、長いトンネルを抜けていくと、晴れ晴れとした空が映り、側面には空に浮かぶ都市の数々があった。
那東「なんと……!?」
ベネット「コイツぁいったい!?」
ヴェロニク「皆もこれ、見えてるの!?」
マイローは常にスターリンを睨んでいた。
マイロー「空は曇天のはず」
スターリン「確か、君はウクライナ兵士だったか。すまない、君の祖国を計画に巻き込んでしまって」
マイロー「貴様の計画はなんだ」
スターリン「恐ろしい目をしている。魔王か、邪神か」
マイロー「お前たちのせいだと言うのは」
スターリン「分かって言っている。君らは失い、私は持っている。それでは不平等だということも十分知っている。だがそれでも私はこうした、約束しよう、彼らは人類最後の、恣意的殺人の犠牲者であることを。私は消えぬ痛みを消して、世界を超越させてみせる」
光景は、は一瞬でただのトンネルになる。側面に岩肌の見える、舗装された道路。
スターリン「君らに幻覚を見せているのは、君らも知っているな。アレら、そしてコレらは全て、そちらの想像通りの機能を果たす。原理はこうだ。まず」
マイロー「鉄原子に擬態させたナノマシンを世界中の人間に取り込ませ、ELF通信技術により一斉に起動し、幻覚を見せる」
スターリン「なるほどそう考えたか。だが、実際は違う。先ほども言っただろう?世界の言葉の全てに、意味は寄生している。その意味こそ、人を天使にも獣にもすると。私はナノマシンを用いて、人間の前頭葉・頭頂葉・後頭葉・側頭葉、すなわち脳全体へ影響し、世界にある全ての情報に寄生する意味を全て消し去り、新たに意味を入れ換えるのだ。価値観を全て消去し、利己的思想を絶対的悪とし、社会的重要度の高い思想ほど絶対的善と認識するよう、主観・客観を是正し、社会や信仰の領域からも相互監視と村社会的淘汰を施工、不要な認識の解体を行う。是正とは矯正であり、洗脳ではない。故に予防線は必須……全ての言葉から意味が消えた瞬間の基礎となるために、世界中の混乱を抑制するために、我々は新ソ連を設立した。世界中から言葉に意味が消え、新しい意味が完全に定着するまでの、言語の世界恐慌に対応するための組織としての新ソ連だ。我々が世界の先端であるという意味を、世界に叩き込み、共産主義という共通言語を世界へ浸透させ、利他的思想を世界共通語とし、利己的な思想・意識を解体する」
マイロー「人から自由と境界を奪って、その中で人としての尊厳はあるのか!?」
スターリン「戦争・差別・収奪などの相対悪を絶対悪と刷り込み、もはや理由もなく否定させるのだ。理論理屈さえ通れば恣意的殺人が引き起こる現在と比べれば、マシだと思わないか?例えば私はこうこう理由をこじつけては戦争という舵取りをした訳だが、私が実現する未来では、戦争や略奪・凌辱の類いやそれに参画すること自体が、差別対象として扱われる世界となる。私のような存在は、全人類から嘲笑され罵倒され、人権は剥奪され殺害される。とてもハッキリと言うが、私が目指す世界とはつまり、悪人差別を文化として根付かせた世界だ。私より手前で私の計画を実現させていた場合、君の妹が死ぬことはなかった」
マイロー「!?」
スターリン「驚かないでくれ、君は一度我々に捕まっているのだぞ?」
マイロー「その時……私に、何かしましたか?」
スターリン「何をしようと思うこともない。利用できるほどの精神状態ではなかったし、例えば君に殺人ウイルスやナノマシンを付与したところで、被害は限定的であり、また私は必要以上の殺害を求めていない。ウクライナは確かに占領したが、この辺りから人は避難させたし、退去させた家屋に相当する財産は配給している。略奪を働いた人間は必要以上に残酷な方法で殺害し、新ソ連の人間による残虐行為は少なく止めている。もう少しなのだ」
マイロー「我々という少数の意見を無視すると?あなたの仲間は、何か思わないかのですか?」
スターリン「逆らう人間は全て殺した、やはり利益の最終段階とは生存である。また言説に賛同を示した人間は数あり、我々の側近はそうして固められている」
マイロー「殺さないために殺すという自己矛盾を、お前は許容したのか。正気じゃない」
スターリン「政治思想の分離、人種や民族による差別や分断、多神教と一神教の不可分な共存、多数派の弱体化と少数派の台頭、強者と弱者の対立、弱者同士の対立、絶えない戦争。それらを人間の本質だとしよう、そこにあるのはあまりに酷な世界で、苦しみが普通ならばそれは異常だとしか思えない。先天性の日常的な支障を、精神医学上では発達障がいと言う。仮説をここに、人類はみな誰かを哀しませるという、先天性の発達障がいなのだ。そして機能というのならば、あるいは治せるのかもしれない。不治だと諦める訳にはいかない。そうして先人たちは様々な病を治療してきたのだ。尚その試みの全ては、きっといつの時代もこう言われてきた、人類史上最も残酷な荒療治と。貴様は残酷という日常を享受することを正しいと思うのか?お前は間接的にヨーロッパを守る為に戦ってきた、その後方にいた人間に、マトモだった人間がどれ程いた?移民政策の責任を移民に押し付け虐殺し、かたやマッチポンプを働かせ自らを正しいと思い込み、かたや人間より地球を選び自己実現と否定を原動力とした偽善者、かたやそれらを守ることに最後の人徳を見出だした者もおり、他方あれほど世界的に嫌悪されていた核発射に易々と踏み切り、自国民すらマトモに守れない若輩が上位階級となり、選挙を通して独占し続けた!!あぁ言おう、言ってやるさ、こんな世界が間違っていないと言う人間こそ、狂気だ!!この世界が正しいだと、ふざけるな!!そうであるならば、そうであるからこそ、私は狂人であって全く問題ではない!正気であるなどと、なんと惨めで、はしたないことか!!」
マイロー「何がふざけるなだ、自己実現と否定を原動力としているのは貴様もそうじゃないかスターリン!貴様は偽善者だ。結局お前は思想が強いだけの、そのあたりの人間と何ら変わらない。力が無ければただの塵芥だ。貴様が望まない世界に、貴様が近付けているじゃないか!」
スターリン「そうだとも!我々が望む真の世界は、私が選ばれない世界だ!我々は我々を以てして世界を推し量った。そして辟易とした」
マイロー「なぜ新ソ連は貴様選んだ?前大統領はなぜいまだに世界の表に出てこない!?貴様は仲間に書記長と呼ばれているが、では表立った書記長はどうした。お前、まさか殺したか!?」
スターリン「殺してはいない、まだな」
マイロー「……黙らせたのか?」
スターリン「政治的。そしてひどく平和的にな」
マイロー「……操ったのか、そのナノマシンとやらで!」
スターリン「私が絶対であるという情報を刷り込ませただけだ。私が正しいと、そう思わせたのだ。彼は動きこそ極端だったが、非常に国のことを考えていた。彼も、世界へ平和が現実になるなら、と彼が自ら大統領を辞退したよ。公の情報ではないがな」
マイロー「戦争を引き起こした人間を肯定するか!」
スターリン「いや、全くと言っていい程、肯定はしない。自分含めてな」
マイロー「なら、なぜ……なぜお前は戦争を選んだ」
スターリン「少し、歴史の話をしよう」




