6話 ELF
ベネット(無線)「ELF通信……Extremery Low Frequency、原子力潜水艦とかに搭載される、何かあった時の最終手段としての通信技術だな。災害時の通信手段としてもあるな」
マザー(無線)「正確には通信技術ではないがな。ELFは周波数3~300Hz、波長100,000kmの、地球が帯びてる磁気や電流の変調そのものだ。事実上、地球全土にたった1つの動作で情報を届けることが可能なエネルギー、飛んでもない飛距離の電波と理解してもらって構わないが、詳しく説明すると電波ではないから、何とも言えん」
ベネット(無線)「海中も地中も関係なし。衛星不要、ケーブル不要、EMPやジャミングにもバカ強い」
マザー(無線)「世界規模の一斉通信。毎分2~3ビットぽっちの情報通信……たったそれだけ、だがそれで事足りるならば、絶対的信頼性を持っていると言える。機材の電源をONにする、など造作もない。特定パターンの周波数のみを一定期間検知し続けると発動する関係上、誤作動もほぼ完全にない」
エメラルド(無線)「起動だけが敵の行動なら、完全に我々の敗けでは?」
マザー(無線)「つまり、そうではないのだろう。だからこその、今さっきのダメ押しだ。まずELFを送信する施設は、例えば島をまるごと改造するような規模の巨大な施設が必要だ。アメリカのELF通信基地の場合、地中に数十キロ単位の送電線を配備した後、地中電極という、大地そのものに電流を打ち込んで情報を入力する装置を、数十キロ離して合計2つ設置していた。この関係上、基地は2つ必要になる。送電線で電力というインクを注入し、地中電極というペンを作動させる感じだ。いや実際には全然違うがそう理解してくれ。そしてその基地が、問題だ」
エメラルド(無線)「新ソ連には、まさかその基地がない?」
ベネット(無線)「ZEVSとかいう基地がなかったか?」
マザー(無線)「あぁ、ある。北極圏、コラ半島。ZEVS通信所。原潜への通信などに使われているとされる軍事基地だ。だが……ならば既に電源を入れるだけで終わるはずだ。セナ」
セナ(無線)「ペンタゴンからの情報によれば、ZEVSが使用している通信帯、具体的には82Hz程度の周波数帯で、ELFの伝達はある程度確認されています。ですが人類への影響が全く見られません」
マザー(無線)「私はこう考える。ナノマシン起動に必要な周波数は、原潜との通信と重なってしまうことを考慮して、ずらしてあるのだろう。必然だ、友軍への電話と腰に着けたIEDに、同じ電話番号で繋げられるようにする訳にはいかん」
エメラルド(無線)「ELF通信の周波数はそんな簡単に変えられるのですか?」
マザー(無線)「ELF通信に使える周波数は、土地や地球が決めている。米国での周波数は約76Hz、新ソ連では約82Hz。あまり周波数帯が変わらないだろう?そういった具合で、地球側から、この周波数帯ならELF通信できる、と決められているんだ」
エメラルド(無線)「となると新ソ連は……」
ベネット(無線)「約82Hzに近い周波数帯で通信できる、ZEVSとは違う通信基地を……建造中ということか」
マザー(無線)「可能性としては高い。設備の兼ね合いや土地の制約に建設の為のインフラ、全部踏まえれば周波数帯は近しい可能性がある。北極圏の場所のどこかに、新しく建設しているだろう」
ベネット(無線)「捜査範囲、北極圏!?海中も含めると広すぎるな」
エメラルド(無線)「原潜による北極圏調査は、日頃から米国やNATO各国が行っている。その規模の設備がいまだに見つけられないというのもおかしい。本当に北極圏にあるのだろうか?」
マザー(無線)「要検証だ、だが新ソ連が他にELF通信基地を建設できる場所などどこにも……いや、まて」
マザーは端末で検索をかける。
マザー(無線)「……まさか、ウクライナ侵攻はこのためか!?」
マザーは情報を端末で共有した。地図に、ウクライナの4ヶ所が赤点で強調される。
ベネット(無線)「ウクライナ?」
マザー(無線)「いいか?ELF通信基地を建設するにあたって、重要な点は5つだ。1、中~高緯度。2、地盤の安定。3、人口希薄。4、雷の少なさ。5、長期的に国家が管理できる地点」
ベネット(無線)「ウクライナでその条件は厳しいな。1と2はまだしも、345は無理だ。特に5だ、地政学的に長期管理が難しい、事実として新ソ連は侵攻しただろう」
マザー(無線)「いいや、基地の目的が、たった1度だけ通信を行えれば良いという点で考えれば、4と5は問題にならない。雷で周波数にノイズは確かに入る、でも継続的通信ではないならば、タイミングを選べば良いだけ。そのタイミングで、敵軍が基地を占領していなければ問題ないから5もパスだ」
エメラルド(無線)「では3、人口は?ウクライナはヨーロッパの中でも上位の人口を」
マザー(無線)「殺せばいい」
エメラルド(無線)「!?」
マザー(無線)「建物が邪魔なら、壊せば良い。他国なのだから、壊せば良い。新ソ連からすれば、旧ウクライナ以上にELF通信基地の建設に適した場所はない。新ソ連め、このために戦争を仕掛けたとでも言うまいな……?」
エメラルド(無線)「北極圏よりも現実味が少ないです。衛星から見えない理屈はどうなるのですか?」
ベネット(無線)「いやどうだろう、アノマロカリス建造のための資源輸送を、奴ら完璧に隠蔽してた。ただし、その技術は新ソ連の内陸での話だった。北極圏でのELF通信基地建設に必要なのは海運のノウハウ、陸路とは比べ物にならないほど隠蔽が困難だ」
エメラルド(無線)「できるとしたら潜水艦による輸送、しかし建材の運搬ともなれば、基地の完成はいつになるのか……しかしウクライナという地形ならば、北極圏などとは違ってインフラは既に整っている。隠蔽する必要などないなら、最前線レベルの配備をして、あらゆる工作員や特殊部隊による攻撃を物量で抑えることも可能。破壊されても建て直せる。それに衛星より写るのは地上だけ、アノマロカリスという地下を前提とした兵器があるなら、輸送計画をまるごと地下で行うこともできそうだ」
マザー(無線)「調査のために作戦を立案したいところだが、ペンタゴンの立場が分からない」
ベネット(無線)「俺が白だとは言い切れないな」
エメラルド(無線)「私もそうだ」
マザー(無線)「今さら、現状唯一動けるコマを疑う訳にはいかない。ペンタゴンからの指示も、きっとあやふやなものになっていくだろう」
ベネット(無線)「俺たちだけで、ウクライナ全土を調査する必要がある?」
エメラルド(無線)「いや、そんなことをする必要はないんじゃないか?内陸ならどこでも基地が建設できるという訳じゃないというのは、マザーの説明からも分かる。さっき言った5つの条件で、ウクライナに元からある適性は、1と2、残りは新ソ連が押し付けてる訳だろう?1と2に該当する地形に絞ることは可能なはずだ」
マザー(無線)「それでいうなら会話にあった、米国内ELF通信基地と座標を照らし合わせるのが良いだろう。米国内通信サイト二ヶ所の座標はどちらも北緯46度、そこから人口が元から薄いウクライナの地域を絞り込むと……セナ」
セナ(無線)「情報解析、北緯46度で人口希薄な地域は3つの箇所に推定されます。1、オデッサ州~ムォコラーイウ州~へルソン州内陸の農村部。2、オデッサ州~ムォコラーイウ州北部の平原。3、ムォコラーイウ州~へルソン州にあるドニプロ川流域。便所上これらには、代替となる呼称が必要だと考えます。推奨、リージョンAlfa、リージョンBravo、リージョンCharlie」
マザー(無線)「まだ広いな」
ベネット(無線)「衛星から情報が掴めるとは思えないから、ここからは現地までいくしかないか?調査するだけ、しかも相手は敵国。疑ってかかって、間違っててもごめんなさいと言う必要もない」
エメラルド(無線)「潜入か。だが、そんな手札はない。ペンタゴン無し、NATO無し、動かせるとしても、ここKACSTにある多少の軍需品や最低限のビークルのみ。兵員の輸送、現地との交信に捜査の支援、基地破壊のためのプランニング、脱出路の確保。これらを満たせるとは思えない」
マザー(無線)「うちでやれるのは、交信と支援、あとは工作のプランニングだろう。輸送とはつまり、ウクライナへの潜入であって、うちにそんなツテはない。脱出路の確保は基地を見つけてからしかできん」
エメラルドは立ち上がり、分厚いバインダーを取り出した。それには、NATO Glossary of Terms and Definitions と題名が書かれている。
エメラルド(無線)「……マザー」
マザー(無線)「何だ?」
セナ(無線)「潜入の方法が、1つあります」
ベネット(無線)「策があるのか、エメラルド」
マザー(無線)「話せ」
エメラルド(無線)「KACSTに保存されてる、全てのドローンを我々に預けて下さい」
マザー(無線)「ドローン?UAVか」
エメラルド(無線)「いいえ、ただのドローンです。民間用でも軍事用でも、型番も性能も構いません。できるだけ数をお願いします」
マザー(無線)「民間のドローン企業に、管理システムの開発と提供をしたことがある。話をつけよう。どのくらい必要だ?」
エメラルド(無線)「一瞬でいいです。中国の生産力を上回るレベルで、膨大な数を揃えるんです」
マザー(無線)「物量か。シンプルだが、それでどう情報を集める?」




