5話 考察(もうそう)
エメラルド(無線)「先生が?」
セナ(無線)「トマホークは学者として、人類の平等を求めています。争いや差別を本来は嫌っています。新ソ連のゴールが破壊による世界征服の場合、彼は逆に我々の味方になると思います。しかしそうではない」
ベネット(無線)「先生が敵な以上、新ソ連の目的は破壊ではないという訳か」
セナ(無線)「むしろその逆で、新ソ連は最終目標に、人類の平等や幸福を考えているのではないでしょうか?」
ベネット(無線)「ジェレミー・ベンサムの功利主義、最大多数の最大幸福、少数派の権利軽視を先生は嫌ってる。あながち間違いではなさそうだが……それでも、先生は戦争に加担している。折れたのか?」
セナ(無線)「折れるに値するほどの幸福が、新ソ連による世界征服にあるのではないでしょうか?」
マザー(無線)「セナ、続けろ」
セナ(無線)「敵の手札としてあるものに、皆様が忘れているものがあります。中国で発生した、集団幻覚です」
エメラルド(無線)「グレネードを食らってすぐ、痛みを伴う幻覚を見たというあの
?」
ベネット(無線)「ヴェロニクが撃たれたと勘違いして、モルヒネ打ったアレか。全員があの時、ヴェロニクは死んだと思った」
会話中の各員にデータが入る、同時にエメラルドに電話が入る。
エメラルド(無線)「すまない、連絡が入った。席を空ける」
セナ(無線)「痛みを伴う幻覚と予期される不可視の死、ゴールに存在するであろう人類の平等や幸福、世界征服が可能な新ソ連、見えない鉄原子、肥料というある意味での食糧への関与、更に私個人としてはここに旧ウクライナというチュルノーゼムの確保やロシア時代から続く小麦輸出量が関わってくると思います。もし今後、小麦輸出量に大きく関わる事案を新ソ連が発生させた場合……私の予想を大きく肯定することになります」
エメラルド(無線)「……今、連絡が入った。新ソ連は現在、カナダ・オーストラリア・インドなどの小麦輸出量で高いシェアを持つ国家に対し、小麦輸出の一時的停止をして新ソ連産の小麦を輸入することを条件に、NATO加盟国及び新ソ連周辺諸国への、恒久的不可侵条約を約束する旨を、書類として国連に提出した。ほとんどの非常任理事国が不可侵条約の一方的破棄の可能性で拒否したが、逆に常任理事国である中国、フランス、新ソ連、イギリス、アメリカがこれを承諾した」
ベネット(無線)「アメリカもだって!?」
マザー(無線)「ドイツからの解放やテロリスト壊滅の恩があるとはいえ、フランスやイギリスはまぁあのお国柄では信用できないだろうな。中国は依然として敵でしかなく、NATO側に立っている常任理事国はアメリカだけだった。いや、NATOとはアメリカ、が正しいか。しかし、ここに来てそのアメリカすら新ソ連に影響されていることが分かった」
ベネット(無線)「兵器などではなく、小麦の輸出入のみという表面的な話題だからこそ、世論の影響を考慮せず自由に行動できる訳か」
エメラルド(無線)「だが、アメリカがやられるか?いつだ、どのタイミングだ?アイツらはわざとハニートラップにかかって嘘の情報を敵に握らせるような連中だぞ。ベネズエラへの攻撃以前から続く現政権の方針は完全に右翼、新ソ連とは敵対しているはず。重要なポジションは全て右翼の政治家に変わっているはずだ。アメリカの利益や利権がそのまま政治家の儲けになる関係上、他国に利益を与えるとは、財布を捨てるも同意義。資本主義で生きる連中のすることじゃない」
ベネット(無線)「日本への核使用に関する議論が沸き上がった時期があっただろう。アメリカが、日本への核の傘を事実上破棄したあの事案が。あの時期、アメリカでは連邦議会上院議員の選挙が開催されていた。需要を回収する形で上院議員が選ばれたならば、そのタイミングで、量こそ少ないが、影響力のある工作員を送り込むことは可能……」
エメラルド(無線)「その少ない影響力がどうなったら、敵の術中にハマりにいくアメリカが誕生するんだ」
セナ(無線)「やはり……」
マザー(無線)「話を途切れさせてすまない。セナ、お前はどう考えた?」
セナ(無線)「この結論は、敵の手札と行動を全て強引に繋げた結論です、信憑性はありません。新ソ連は、小麦を経由して集団幻覚・幻痛を引き起こす機材を世界中に散布し、それによって何らかの方法で平和を引き起こそうとしています」
マザー(無線)「随分と過程をすっ飛ばした結論だ。集団幻覚による世界平和?」
セナ(無線)「指向性があると思しき幻覚や幻痛を、意図的に世界中にばらまく計画です。私が相手と同じ手札を持っていれば、そういった計画を実行します」
エメラルド(無線)「お前は、あの消えた鉄原子が機材に見えるのか?鉄の、原子だぞ。それ以下のサイズがほぼ完全に存在しない、0.1ナノメートルの粒だ」
セナ(無線)「ですが相手は、それ以下のサイズの現象を把握し操っています。原子以下のサイズでの機械など、本来あり得ません。iCONMが研究中の試作型ナノマシンですら、1ナノメートルから100ナノメートルの範囲に留まっています。しかし原子と同じ大きさ、いえ正確には、鉄原子と同じような原子核や電子のナノマシンがあるとすれば、現在起きているほぼ全ての現象が説明できます」
ベネット(無線)「その推察が事実ならば、例の鉄インゴットは全てナノマシンということになるな。原子として扱われるからこそ、グルーオンのみにして一度解体しても、機械としての性能が損なわれない、的な」
マザー(無線)「現象が引き起こっている以上は何も否定できんな。パソコンのフレームを取り外しても、内蔵されるCPUやメモリがあればパソコンとして機能する。物質としてのフレームであるクォークを外しても、グルーオンという中身さえ残ればどうにかなる。いや、どうにかしてみせてるということか。完全に技術力として、今の新ソ連は米国の先を行ってる」
エメラルド(無線)「まさか、植物による消化を通してフレーム部分であるクォークを回収してる、なんてことも?」
マザー(無線)「そこも否定はできん。本当にどこまでも凄まじい技術力だ……そして、そこまでの技術力を持って、やはり利用の方法が限定的過ぎる。だからこそ、セナの考えが現実味を帯びてくる。破壊は目的ではなく、あくまでも平等な世界を目指している。だからこそトマホークは新ソ連に、なるほどな」
ベネット(無線)「こんな陰謀論じみた話題を、大真面目にすることになるとは」
セナ(無線)「申し訳ありません、私の計算が及ばず」
マザー(無線)「相手の出方を伺う、というのはつまりそういう事だ。敵の次の一手を、これで予想していこう。相手は何をしたいと思う?」
エメラルド(無線)「セナの考えが事実だとしたら、やることは2つ。ナノマシンの分布、起動」
マザー(無線)「分布の方法として、小麦の輸出を?だが、あまりに効果が薄くはないだろうか?」
ベネット(無線)「今調べたが、三価鉄ってのはつまり、身体に吸収できない鉄だそうだ。二価鉄として身体に吸収されることがない、それ即ち、身体に定着しにくい。そんな状態で、人類にどうやってナノマシンによる影響を与える?行き渡ったことをどう調べる?」
セナ(無線)「行き渡ったことは、既に新ソ連は把握していると思われます。新ソ連はロシアの頃から、依然として小麦の輸出を、世界NO.1のシェア率で行ってきました。ソ連崩壊後小麦の輸出が開始され、ルーブル安により価格競争力は日増しに増加、現在にも渡って輸出は続けられています。もし小麦の輸出自体がこの、世界平和への計画に関係しているならば、少なくとも2000年代の初頭あたりから、この計画は存在しています」
エメラルド(無線)「そうなると、今あった小麦の輸出入への関与はどう解釈する?」
セナ(無線)「ブラフにしては全く意味がありません。恐らく、計画を前倒しするための手段、あるいは、最後のダメ押し。ロシア産の小麦が一つでも多く食べられることを目的としたもの、と解釈できます」
ベネット(無線)「つまり、奴らはナノマシンの分布を完了させていると?なら、システムの構築に既に移っているか」
マザー(無線)「いや、ナノマシンを作っている時点でシステムは構築できているだろう。アップデートなどはあるかもだが、ナノマシンという小さな構造にどうシステムのダウンロードを行わせるかは疑問だ。システムの更新を視野に入れているなどとは、思えん」
エメラルド(無線)「まさか、後は起動するだけ……!?」
ベネット(無線)「いや、だが無理じゃないか?世界中の人類の中にあるナノマシンを同時に起動するというのは」
マザー(無線)「難しいことじゃない。だが、前提としてそこには、ナノマシンにある機能が備わっていることが必要不可欠だ」
ベネット(無線)「というと?」
セナ(無線)「スタンバイ電源。パソコンやスマホでいう、スリープモードです」
マザー(無線)「その機能がある場合に限り、たった1つだけ方法がある……ELF通信だ」




