4話 逆算
メモ用紙の散乱する部屋で、エメラルドは机に突っ伏せる。椅子から立ち上がったマザーがリモコンを操作して部屋を囲うガラスの透明度をあげると、外からコ-ヒーを持ってくるベネットがいた。扉を開けて中へ入ると、机にそれを置いて配膳し、椅子へ腰かける。
ベネット「どうです、新ソ連調査の進展は?」
マザー「証拠なしで目的なしの捜査だ、進展があったら奇跡さ」
エメラルドが起き上がりコーヒーをがぶ飲みする。
ベネット「……逆算、で考えるべきじゃないでしょうか?敵の手札を予測する時間はありません」
エメラルド「だが、目的が分からない以上逆算のしようもないだろう」
ベネット「見据えてる未来から逆算するんだ。古き良きソ連の再建、だったか」
マザー「話せ」
ベネット「目的の最後のみが基本的には本当の目的であり、道中の様々な到達点は、全てそれへの手段と成り下がります。最終目標が古き良きソ連の再建、その為に、鉄原子の透明化が必要なんです。ソ連再建の大きなメリットは何でしょう?」
マザー「計画経済による世界的恐慌への耐性だな。旧ソ連という国家が叩き出した唯一の結果だ」
エメラルド(前にマザーと話した事柄だ)
ベネット「しかし、世界の軍事・経済の中心は今やどこにもない。過去、世界に台頭した米中両国の衰退や腐敗は、各国の包括的な独立を促した。ソ連再建の計画経済によるメリットは、世界的恐慌への耐性。その世界的恐慌は、いつやってくるのかもはや未知数、仮に意図的に経済を崩壊させたところで被害も限られる。そんな状態で、計画経済に意味はあるか?いや、経済成長の精度もスピードも資本経済には到底追い付かない。新ソ連は、瞬く間に他国との技術的・軍事的脆弱性を産む。でも再建された」
マザー「奴らは何らかの形で世界が再び繋がり、同時に崩壊するのを予期している可能性がある?」
ベネット「かもしれない。だが経済的な繋がりという意味で考えると、今回の鉄分原子透明化には疑問が残る」
エメラルド「……チョイスがおかしい?」
ベネット「チョイスも結果もおかしい。植物に三価鉄、つまり原子が丸々移動している点も、それが鉄であることも」
マザー「持っている技術的優位性を、全く利用していないな。敵が、自分たちの技術を信じていないのは分かったとしても、あまりに用途が限定的過ぎる」
ベネット「仮にこれを、原子を透明化させる技術とする。真っ先に透明化させたい物質があるはずだ、世界を土台から崩壊させるようなものが」
マザー「……核物質か」
ベネット「ウラン、プルトニウム。奴らがもし、原子全てを透明化させることが可能ならば、そういうことをしているはずだ。そんな技術が開発されたら、世界は崩壊する。木材や食料品の肥料として輸入したアンモニア肥料の中に核物質が隠されてて、しかも原子としてそれらが発見されない。植物への散布を行えば、消化吸収を経て濃縮し、それを取り出せる。既存の技術じゃ検知できない、核の密輸の完成だ。だが、それを行っていない」
エメラルド「核物質で、それが行えないというだけでは?」
マザー「……いや、できるかもしれない」
エメラルド「どういうこと?」
マザー「この技術は、原子として存在しないことにする訳ではないからな。もっと言えば、その物質を無かったことにする技術ではない。この技術で物質を隠したとしても、重さが消える訳じゃない。重さっていうのは、原子に内包されたエネルギーそのものであり、核分裂やそれ以上の事柄でもない限り、それが減ることはない。ここで考えられるのが、この原子の性質を、質量を、エネルギーを持ったまま、物質を解体してしまうというものだ。さっき言った、エネルギーそのものへの解体だ」
ベネット「さぁて、段々と理系の話になってきたな」
マザー「もしそんな技術があるんだとしたらの話だぞ?いいか、さっきまで話してきた原子が持つエネルギーだが、これは2つに別けることができる。クォークとグルーオンというものにだ。このうち、原子全体の9割以上の質量を持つのがグルーオンで、クォークは端数とも言える。そしてここからがミソだ。クォークはフェルミ粒子という概念であり、量子状態を共有できない。逆にグルーオンはボーズ粒子といって、量子状態を共有できる」
エメラルド「……つまり?」
マザー「仮に、物質からクォークを取り除いた場合……通常の物質でも量子状態が共有できる、つまり物質が同時に2つ同じ場所に存在できる」
ベネット「質量から推察できる、現在の鉄原子の状態と若干似てるな」
マザー「そしてそんな手法を取れる場合、もはや物理学・量子力学など質量以外は完全に無視して、何でもできる。技術的な可不可の判定など、全て解消される」
エメラルド「技術的に鉄以外でも可能ということですか……しかしそんなことして、危険性は?」
マザー「大いにある。詳しい説明は省くは、クォークという形そのものを失って、グルーオンというエネルギーそのものが世界に解き放たれる瞬間が一瞬でも存在した場合、核融合以上のエネルギー放出を伴うだろう。核分裂の上位互換である核融合の上位互換だ、宇宙など塵になるぞ」
エメラルド「宇宙が、塵に!?」
マザー「あるかもしれない異星文明すら黙らせられるレベルの技術だ」
ベネット「そんな技術を、なぜ新ソ連は悪用しない?原子1つで世界崩壊を起こせて、なぜやらない?なぜ脅さない?」
マザー「脅威の信憑性を、我々の手によって証明させるため?いや、だが核物質の密輸入だけでも十分脅威となり得る。濃縮ウランを透明化させれば、特定個人や企業・団体でも核保有が可能になる時代になり、爆弾の製造技術さえあれば誰でも核武装が可能に」
ベネット「列強という概念は瓦解している。宇宙も、世界も、文明も、国家も、経済も、壊せる。なのにしない……なぜだ?」
セナ「お話中、失礼します」
マザー(無線)「どうした?」
セナ(無線)「はい。勝手ながら会話から要素を抽出し解析・考察、私なりの見解をお持ちしました」
ベネット「おぉ、いいねぇ」
マザー(無線)「許可する。この際、妄想でも構わん」
全員が会話を無線に切り替えた。
セナ(無線)「会話中、何度も何度も議論されているのは、新ソ連はどのようにして世界を破壊するのか、ということでした。私なりにも分析を行いましたが、やはり破壊という目的ならば既に達成できます。世界を脅し、治めることも理論上は可能です」
エメラルド(無線)「そこから先だ、お前はどう考える?」
セナ(無線)「国家を形成するにあたっての最終目標とは何でしょう?アレクサンドロス大王、チンギス・ハン、ナチス・ドイツなどを筆頭に、ローマ帝国による秩序の拡張、大英帝国の覇権主義、冷戦下アメリカの自由主義なども含め、やはり強国とは世界を統べるため動きます。新ソ連もまた旧ウクライナ吸収により大幅に保有資源を増加させ、強引な民意統一によって現在は強国となっています。人類史というセオリーで考えると、新ソ連は世界征服を目指すはず。そのため私はこう考えます。その世界征服の手段に、破壊は虐殺は一切含まれない、と」
ベネット(無線)「そんな手段が、新ソ連にはあると?」
セナ(無線)「その根拠となるのが、トマホークです」




