3話 恐怖という普通
イギリス、マリルボーン地区、モダンな佇まいのカフェに備わるオープンテラス。コーヒーと紅茶とキャロット・ケーキが運ばれてくる。席に座るブロンドの老人は、市販のものではなさそうなスマートフォンを眺め、店員にチップを渡し、新聞を頼んだ。男は新聞とスマートフォンを眺め、一息入れるようにコーヒーを口に運ぶ。ほっと息を出し街を眺めると、視界にわざと入ってきた女がいる。
???「こんにちは」
老人「……はて?」
その女の隣には、頭を抱えた女がいた。
老人「エメラルド、さん?」
エメラルド「すまないステイツマン。コイツが言うこと聞かなくてな」
ステイツマン「となるとあなたは……あぁ、ヴェロニクさんですね」
ヴェロニク「ども~。で、たぶんその端末だけど……話、聞いてる?」
ステイツマン「こんな所でファイルを開くのは御法度かもしれないのですが、やはりここまでの情報となると……推測にしては出来ている物ですから」
エメラルド「休暇だったか?」
ステイツマン「私の休暇は10年前から貯めているんです。もう丸々1年は連続で休めてしまう」
エメラルド「……私も休みを繰り上げできたら良かった」
ステイツマン「いやぁ、残念残念。そうだ、ここのコーヒー、紅茶、焼き菓子、全てオススメですよ」
ヴェロニク「わぁ、おじさんに誘われちゃった」
エメラルド「いや、迷惑だろ」
ステイツマン「構いませんよ?」
ヴェロニクにエメラルドは座らされ、注文した品が届き、話が始まる。
ステイツマン「ところで、お二人はどういった経緯でここへ?」
エメラルド「あぁ、えっと……」
ヴェロニク「二人とも久しぶりに非番貰っちゃって、話してたらエメラルドさん、元カレと復縁望んでるみたいで、でもデートの仕方とか誘い方とか服とか全然知らなくて、私が今全部教えて」
エメラルドが赤面しながらヴェロニクの喉仏を握り込む。明らかに青ざめたヴェロニクと、睨み付ける店員。
ステイツマン「そんなに言わなくても良かったでしょうに……」
ヴェロニク「ご、ごうぇんなはい」
エメラルドが喉から手を退ける。
ステイツマン「……まぁ人間ですからね、そういうのもあるでしょう。聞かなかったことにします。しかし、軍人という職業に身を起きながら、皆さんはそうした人間の普通を持っている。それは努力なのか、素養なのか。ミロスラフさんの様態と同様の状態は不安定、しかし皆さんも彼と同じく、長く戦場に身を置いている」
ヴェロニク「あぁ確かに。普通は戦場にいると、環境とかに呑まれるよね」
ステイツマン「今日生きている友人が、寝て起きると頭を抜かれて死体になっている。命という価値は、戦場では包帯と弾薬によって増減する資源になる。兵団や分隊という単位に束ねられた命が、たった一度の爆撃で散らばっていく。社会と戦場は、あまりに解離している。世界各国のあらゆる特殊部隊が、皆さんORCAの精神を、学びたがっているんですよ。余談程度で宜しいので、お聞かせ願いますか?」
ヴェロニク「うぅん~~」
エメラルド「私が戦場にいることは少ない。ヴェロニクが話すべきだ」
ヴェロニク「そんなこと言われてもなぁ。あぁでも……う」
ヴェロニクはフォークでケーキを別けると、食べた。笑顔になる。
ステイツマン「そんなにすぐ言語化できるものではないでしょう」
ヴェロニク「ん、一個あるよ」
ステイツマン「ほぉ」
ヴェロニクはフォークを持ったまま話す。
ヴェロニク「自分が死ぬ、誰かが死ぬ。こういう戦場の普通が、きっと私たちの中で、一般的な人生の障壁になってるんじゃないかな?」
ステイツマン「詳しくお願いします」
ヴェロニク「まずね、実社会での人生における壁って、確かに緊張する部分もあるけど、人格をねじ曲げるようなことってまぁ……ほぼ、ないじゃない?受験とか面接とか、デートとか結婚式とか。緊張するけど、普段通りを意識してしっかり準備をすると、意外とどうにかなる。私たちはその範疇に、戦闘行為全般が組み込まれてるんじゃないかな?死ぬかもしれない、だから訓練して、集中して、肩の力を抜いて本番に挑む。手順が同じ」
ステイツマン「しかし、戦闘ですよ?」
ヴェロニク「そう。だから死ぬかもしれないっていうリスクが、私たちにとっては面接に落ちるとかフラれるとか、そのレベルの問題っていう認識なんじゃないかな。落ちたら嫌だ、フラれたら嫌だ、壁の大きさが認識の中で、それと同じなのよ、きっと」
ステイツマン「……何とも不思議なものです。皆さんをどうやって、ORCAとして選別したのでしょうか」
ヴェロニク「本当、なんで私と連絡取ったの?ビックリしたわよ、私のSNSにDM送られてきたとき、何の冗談かと思ったわ」
エメラルド「そうなると、那東に関しても誰が連絡取ったのか疑問になるな」
ステイツマン「人材の選定に関して、私は一切関与していませんので」
エメラルド「アンタ、結局何の仕事してるんだ?ペンタゴンとの連絡係というには認識しているが」
ステイツマン「雑用の極地、とだけ言っておきましょう」
エメラルド「にしては随分とコードネームが仰々しいな」
ステイツマン「あぁ、これは部署内でのあだ名なんです。片付けが苦手なもので、まるでお前のデスクだけ別の州(States)だなって言われまして。なんだか州知事になった気分になって気持ち良かったので、そのままコードネームにしました」
エメラルド「所属は確か、イギリス大使館駐在ペンタゴン職員だったか?片付けが苦手なわりに、まるで何かの尻拭いをするようなポジションだな」
ステイツマン「私史上最高にやりたくないポジションです。ORCA同様、なぜ抜擢されたのか一切不明です。上は何をしたいのか……」
エメラルド「アンタも苦労してるんだな」
ステイツマン「いやはや……」
店員が、焼き菓子を追加で持ってくる。
ヴェロニク「あれっ、頼んでないよ?」
店員「こちら、当店からのサービスです。お話を聞いている限り、皆様は軍人。この不安定な昨今を支える、最も尊敬するべき職業です。私の兄も軍人なので、まぁ、その……かなり個人的なアレです」
ヴェロニク「やったぁ~!」




