30話 ジェレズノゴルスク潜入
雪の積もる道路の脇には針葉樹の森が広がる。白い車体の一般車両が、ロシア語の看板のかかる道を進んでいく。車両のなかには、ダウンコートに白衣を着込んだセナと、顎から口元にかけてプラスチックのマスクをしたマイローがいた。運転席には誰かが座っている。
???「もうすぐジェレズノゴルスクに到着します。再度確認ですが、お二人はアメリカ合衆国エネルギー省国家核安全保障局(NNSA)が、新ソ連原子力エネルギー省に話をと通して、東西の緊張緩和のための査察として、IAEAから送り出された人員となっております。アノマロカリスによる東西均衡の瓦解による、新ソ連という脅威に対抗するためのNATO団結が、新ソ連の脅威になり得るという東側の提案からくる、首の皮一枚のチャンスです。本来ならば私が強引にアノマロカリスを調査することになっていました。命を落とす覚悟でした、私も首の皮一枚でしたね。ジェレズノゴルスク内部、各場所に銃火器を配置しております。また、私のセーフハウスが3つ存在します。足元のアタッシュケースに地図や、仲間内での暗号が入っていますので、ご確認ください」
セナ「ありがとうございます」
マイロー「私が来てもよかったのでしょうか、一応新ソ連に顔が割れているのですが」
???「マイロー様の顔が分かる兵士は極端に少なく、またMI6の技術により、網膜パターンを改竄してあります。もし似ているという反応をされた場合、それは敵が新ソ連に深く関わっているという証明なので、思いきって尋問してしまいましょう」
セナ「あなたはこれからどうするのですか?」
???「私はお二人をジェレズノゴルスクに届け次第、ノリリスクへと向かいます。お二人でジェレズノゴルスクとエニセイスキーの調査、私でノリリスクの調査。早くしろ、という訳ですね」
マイロー「効率重視ですね」
針葉樹の森の先、明らかに異様な鉄材の壁に囲われた街が見える。
???「我々のタイムリミットは少ない、今この瞬間にも、新ソ連はウクライナに配備したアノマロカリスで、ポーランドやドイツに侵攻する可能性もあります。目撃情報からして、アノマロカリスの数はウクライナとイラクで合計2機、報告にある大きさ、山や谷のような大きさを持つ兵器が2機もあるとなれば、上も焦っているのでしょう」
マイロー「EMP兵器に関しても、調べる必要があります」
???「上層部はそちらの方が脅威としているらしいですね、勿論です。無線の周波数もアタッシュケースにあります。私のことは、ソーヴァとお呼びください」
セナ「梟、ですか」
ソーヴァ「内通者にピッタリの名前でしょう?では、おりますよ」
車を降りると、セナは足元の氷を割ってしまう。到着を待っていたであろういくらかの人間がそれを見て驚いていた。
マイロー「あまり力まないでください、我々は戦いに来た訳ではありませんから」
セナ「申し訳ありません、先輩」
マイロー(キャラクターが変わった……人格のデータを変えたのでしょうか?合わせましょう)
マイローとセナは、持ち込んだアタッシュケースから紙切れを取り出す。嘘の名前、経歴、様々な指示を確認した。セナはポケットからメガネを取り出し、かけた。
出迎えた兵士「ジェレズノゴルスクへようこそ、監査員様方。隠さずに言えばお目付け役、ヴァジムです」
セナ「本日から一週間、よろしくお願いします。監査の責任者、メーガン・ウィンターボトムです。こちらは同じく監査のシリル・アボット、私と同じくIAEAの一員です」
セナ「よ、よろしくお願いします」
ソーヴァ「お目付け役さん、くれぐれも彼らを傷付けないよう、お願いしますよ?東西緊張が激化するなか、我々がアルマゲドンの火蓋をぶったぎる訳にはいきませんから」
ヴァジム「あんたはさっさとノリリスクいけって、あそこ行けるの飛行機しかないんだから」
ソーヴァ「お互い外れくじ、さっさと終わらせましょう」
マイローとセナは、巨大な扉の脇に敷設された小さな扉を通り、壁に囲われた街に入った。
ヴァジム「事前に伺っているとお思いですが、改めて説明を。過去そして現在、ジェレズノゴルスクは閉鎖都市(ZATO)として、国家秘密にかかわる様々な開発を行っており、以前はフェンスでしたが、現在は鉄材で壁を建設してあります」
セナ「閉鎖都市の中では、珍しく外資の投資のために開かれいますよね?」
ヴァジム「隣国への核技術流出阻止を目的とした、アメリカ合衆国エネルギー省国家核安全保障局(NNSA)と新ソ連原子力エネルギー省の合同計画ですね。まぁ、機密を共有している訳ではないので、お互い対等らしいです」
セナ「なので、本来我々IAEAの仕事ではないんですよね」
ヴァジム「中立なのがおたくだけって話でしょうね」
マイロー「先輩、あまりフランクに話すのは……」
セナ「気負わないのが一番ですよ。先ほどソーヴァさんも、外れクジなんて仰っていましたし、それはお互い事実です」
ヴァジム「ハッハッハッ、あんた言うなぁ。そのくらい表裏のない人間だらけだったら、戦争なんてないんだろうな」
マイロー「えっと、ヴァジムさんはソーヴァさんとお知り合いですか?」
ヴァジム「そうだぞ。元は俺と同じように閉鎖都市の検問をやってたんだが、今じゃ閉鎖都市の間を飛び回って、怪しい奴がいないか取り締まってるんだよ。どうやって出世できたんだか。上司に一人ゲイかもって噂の人がいるんだが、ひょっとしたら……俺にそんな覚悟はできねぇよ」
セナ「多様になりましたねぇ、出世街道も」
ヴァジム「ケツから血流して食う飯って旨いのかなぁ」
セナ「案外、同じ趣味だったり?」
町なみから浮いている、大理石で作られた大型の施設に入る。内部の設備はおそらく最新鋭で、ヴァジムは機械にカードを提示し、カメラが起動した。マイローとセナをスキャンしていく。
ヴァジム「まぁ形式です、事前に伺っているので、アボットさんは顔のマスクを取る必要はありませんよ。実験中の放射能の影響で顎が壊死、お気の毒です。網膜ばっかりは、さすがに騙せませんから、お気になさらず。荷物はこちらに、ゲートを通ってください」
マイローとセナはあっさりとゲートを通過した。
マイロー(金属探知機でしょうか、セナは反応しない?凄まじい技術力ですね)
荷物を兵士たちが確認する。アタッシュケースの中身はPCや放射能の検査機であった。
ヴァジム「事前に伺いましたが、一度我々の方で解体、検査します」
分解されていくPCや検査機、GPUの内部を、兵士たちは別のPCにそれを接続して調べる。
兵士「中身は普通のPCだな」
ヴァジム「それ以上は解体できないのか?」
兵士「工場でも難しいですね」
ヴァジム「中に何か入ってるとか」
兵士「解体したらもう機能しませんし、中に何か入ってる時点で、PCとして機能しませんよ」
ヴァジム「そうか」
アタッシュケースの内容物を全て解体・組み立てして、機能することを確認する。アタッシュケースをマイローとセナに渡した。
ヴァジム「じゃあ、いきますか」
セナとマイローが施設を進んでいく。扉毎にヴァジムがカードをかざして開けて、奥へと進んでいき、とある部屋へ入った。並び立つ大型のPCと、ガラス張りのサーバールームが奥に見える研究室。カメラもは四方にあり、サーバールーム前の扉にもカードをかざす装置があるのが見えた。
ヴァジム「ここに通せってとこまでは知ってる。IAEAは、ここで何をするんです?」
マイローとセナはPCを取り出した。
セナ「こちらのPCから、皆さんの利用する端末やサーバーへ接続し、最終的には、必要以上に核物質を輸入・採掘をしていないかという所を調査することになっています。あくまでもこれは、アノマロカリスの原子炉への本格的な査察が行われる手前の、予備としての査察です。料理でいうところの下処理です。新ソ連は依然として旧ロシア同様NPT体制への貢献を表明し、IAEAとの保障処置協定などを締結していますが、アノマロカリスに持つ原子炉が、既存の原子炉よりも数段高い構造的強度を持つ可能性があり、核開発状況の報告義務の不履行を示唆するという……そんな訳で、今回の査察へと繋がった訳ですね」
マイロー(言い訳は完璧に作られている、と)
ヴァジム「うちが報告義務怠ってるって話か。だがこのタイミングの査察ってのは十分怪しい訳だが……足引っ張ろうって魂胆じゃないのか?」
マイロー「そうだと思いますよ。なので、皆さんが怪しむのも無理はないですね。殺される前に、パパッと終わらせます。PCの画面は当然監視していても構いませんし、録画もOKです」
ヴァジムは銃を携えながら椅子に座る。他の研究者たちは、睨み付けるように全員を見ている。セナは自分のPCでキーを叩きながら、有線で他の端末へ接続していく。
セナ「あのサーバールームへの接続は大丈夫ですか?」
ヴァジムが他の科学者たちに聞く。
ヴァジム「大丈夫だそうだ」
セナは右目と両手でPCを操作し、左目で様々なソフトを内部で起動した。
セナ(PCと私を無線で繋いだうえで、内蔵処理機能で端末をハッキングし権限を……獲得。次は権限を使って、サーバールームへ。パスワードはワンタイム、暗号化アルゴリズムを解読……cRow6A1psmp9jeTH1xjyoS、よし。マスキングは……やはりかかっている、でも、私ならマスキングを剥がせる……これは)
セナが足音で振り返ると、ヴァジムが少々嫌な顔をしている。隣でPCを操作するマイローの頭の隣で、マイローの首もとの匂いを嗅ぐ男がいた。
セナ「っえ?」
マイローはまったく動じずに作業を続けている。
???「ちょっとは反応したらどうかしら?ねぇ、君、君?」
マイロー「……えっ、あっ、はっ、はい」
???「本当に気付いてなかったのね、いい子じゃない。それくらい私に熱中してくれるともっと嬉しいわよ」
やけに濃い唇をした、堀の深く、テカテカと金色に光る放射線防護服スーツを来た男がいた。胸元には、線量計がある。
マイロー(気持ち悪くて無視してたら怒られてしまった……)
セナ「あの、アボットに何か?」
???「私がいつあなたに話しかけたかしら?まったく、西側の女は我が強いのよ」
マイロー「何か、用でしょうか?」
???「あらやだ気になるかしら私のこと。このご時世にあり得ないくらいコテコテのオネェやらしてもらってるわ、ジェレズノゴルスク市長兼、ロスアトム(旧ロシア国営原子力企業)総務課本部長、エヴグラーフ・ヴラドレーノヴィチ・ゲラシモフ。けっこう、立場上だからね?お金あるわよ、ウチ来る?アボッっくん」
マイロー「最初からはいませんでしたよね」
エヴグラーフ「お友達がノリリスクへ行っちゃうって聞いて、ちょっと世間話をね?」
マイロー(ソーヴァさんですか……)
エヴグラーフ「で、どう?良い情報見つかった?」
マイロー「情報の大半は暗号化されているので、良かったです。変に色々知ってしまう可能性も考えていましたが、安心して作業に従事できそうです」
エヴグラーフ「そりゃあそうよねぇ、大抵の情報には検閲をかけて、色々と編集済にしたし……ちょっとそこの女?何いつまでもアボっくんに話させてるの?喉疲れさせちゃうじゃない」
セナ「喋らない方が良いかなと思いまして」
エヴグラーフ「ほんっと使えないわね、西側の女は考え無しよ」
セナ「そうですね……アボット、良かったらゲラシモフ様と一緒に次の仕事になっている、エニセイスキーへの査察を行ってもらって良いですか?情報が綺麗にまとまっているので、私一人でもどうにかなりそうですし」
マイロー(嫌かも、ですねぇ……)
エヴグラーフ「あらぁ、気が利くじゃない。西側の女もたまには使えるわね」
マイロー「了解しました、では行きますか」
エヴグラーフはややスキップしながら、ゴツゴツと装備の音を出して、マイローと部屋を出ていった。
おそらくエヴグラーフの私用するまっピンクの車が施設の外にある。エヴグラーフが運転席に乗り、助手席にマイローが乗る。香水そのもののような車内、寒いので当然窓は開けられない。
エヴグラーフ「さぁ、いきましょうか。エニセイスキーまでは、まぁ10分くらいかしらね」
マイロー「そういえば、エニセイスキーにある研究施設は、普通の会社だと事前に聞いているのですが?」
車は発進された。
エヴグラーフ「まぁ端的に言うと、旧ロシアそして新ソ連では、ロスアトムっていう組織を頂点として、全ての原子力研究施設が統括されているのよ。エニセイスキーにあるノオラオ社は、放射性廃棄物管理法っていう法律に基づいて作られロスアトムが統括する、国家事業者、そして、わたし管轄の企業よ」
マイロー「凄いですね」
エヴグラーフ「うふん、もっとほめて」
マイロー「あっ、えっと」
エヴグラーフ「本当にほめようとしなくてもいいわよ、えぇ何あなた可愛いじゃない。それに引き換えあの女は……まぁいいわ」
エヴグラーフはダッシュボードから拳銃を取り出し、マイローに向けた。
エヴグラーフ「あなた、いったい何者よ。ちょっとは驚きなさいよ」
マイロー「う、うわぁ助けて」
エヴグラーフ「まぁいいわ」
エヴグラーフは銃を片付ける。
エヴグラーフ「若干の心神喪失、だっけ?事前の報告書にあったわよ。まぁ、あなたスラヴ系だし、ロシア人と間違えられて差別って感じかしら?ドンマイ」
ゲートを抜けた先にまたゲートがある。フェンスで囲われた一機のエレベーターがあった。エヴグラーフとマイローは車を降りて、エレベーター向かう。エヴグラーフが守衛と話を取り付け、カードを取り出し、エレベーターを呼び出す。
マイロー「地下……なんというか、廃棄物の処理場のような感じですね」
エヴグラーフ「同時にやってるわよ。濃縮ウラン作ったら、絶対に劣化ウランができるし、移動させるのも面倒だしね」
マイロー「工場に運んだりは?」
エヴグラーフ「需要があればやるわよ、でもここから運ぶってのもねぇ。ジェレズノゴルスクまでならいいけど、山も川も盛り沢山だからねぇ」
マイロー「溜まってく一方じゃないですか?」
エヴグラーフ「だからここを建てたのよ、ちゃんと管理できるようにね。中にウランとかプルトニウムの貯蔵量のデータとかあるから、西側に報告したデータときっちり同じになるはずよ。終わったらお茶でもいかが?」
マイロー「まぁ、はい」
エヴグラーフ「断りなさいよ。あなたよくそれでマトモに生きてられるわね。あの女、持ってくるべきだったかしら?」
マイロー「あぁ、メーガンさんですね」
二人はエレベーターに入り、扉は閉ざされた。エヴグラーフは話さなくなる。エレベーターはやけに揺れて、収まった。扉が開けられる。横列に並べられた複数のゲートの先には、マイローは口を開けていた。開け過ぎている先にそびえる巨大なアームやクレーンの乱立、それらが何を作っているか、マイローは一瞬で理解した。
マイロー「アノマロ……カリス!?」
エヴグラーフ「さすがに驚くかしら?ウクライナにあると思ってたでしょ?そう、確かにウクライナに配備してある。でも配備っていうのは、現地にあることを意味はしない。十分ここからでも、ウクライナからの攻勢、そして防御も可能」
周囲を銃を持った放射能防護服を着込んだ兵士で囲われたマイローは、背後からエヴグラーフに占められる。後ろ足でエヴグラーフの関節を蹴り飛ばし崩すと、逆に相手を捉え、盾のようにして締め上げる。
エヴグラーフ「このままいると、劣化ウランの放射能に当たるわよ?大人しく捕まりなさい、ミロシュヴィーチ。いやぁ、西側の女は気持ち悪いけれども、男は大~好き。お友達を持ってて正解だったわ」
マイロー「ソーヴァ」
エヴグラーフ「今頃あのセナとかいうバケモノも、取り囲われている頃よ。アンドロイド、だっけ?でも所詮は鉄や合金の結晶、50口径のライフルにも電撃に敵うことはない。セナはともかく君の位置座標は、この地下では通信も送信されないわ。増援も呼べないわよ?」




