29話 ギリッギリ人道的な兵器
セナとマイローは、マザーやエメラルド、他のORCAの隊員もいるブリーフィングルームに通される、複数の3Dグラフィックが浮かぶ、下からライトの当たる明るい机。ベネットがペンを回している。
マイローは初めて、マザーの容姿を見た。
ピンク色の髪の毛に化粧が強く施されている。
マイロー「!?」
マザー「何を見ている?」
ベネット「おっ、来たな」
マイロー「……何をしているのですか?」
ベネット「アノマロカリス、EMP兵器。そんなヤバい技術が隠されているとしたら、どこか、ってな」
マイロー「そういうのはセナに任せるべきでは?」
ヴェロニク「まず人間で色々考える方がいいんだって。この前セナが考え付いたスター・ウォーズ作戦とかも、類似する作戦がこの世界にあったから出力できたんだとか?」
マイロー「あの作戦が既存だったのですか?」
エメラルド「AIには、情報を出力するためのMODEL、あるいはLORAと言われる情報源が必要なんだそうだ。セナは自力でMODELを製作することも可能だが、結局大元を辿ると、一度人間が考えたものである必要があるそうだ。それが、どれだけ陰謀論的発想だとしても、机上の空論だったとしても」
セナ「では、MODELを作成します。作業終了まで、しばらくお待ちください」
セナは椅子に座り、帯電しながらまったく動かなくなった。
那東「そういえば、セナ殿の構造ってどうなっているでござるか?」
マザー「さすがに機密さ」
那東「故障した場合、拙者たちで修理などは」
マザー「できない、のが今後の課題だね」
ヴェロニク「これ、最終的に普及させるんでしょ?単価凄いことになってない?アンドロイドって」
マザー「そこも課題だね。だが、結局今のところ、特殊部隊の人員として申し分ない戦力にはなっている。訓練無しでだ、これはデカいはずだよ」
ベネット「金と設備さえ整わせれば、NATO基準最高戦力の特殊部隊を持つことができる、小国ほど欲しいだろうな」
マザー「まぁ、東側の小国を取り込む為のモノとしては、機能するだろう。東側に圧力をかけられようが、こっちは要人を暗殺できる戦力があるという脅しが可能という訳だ」
那東「とりわけ独裁政権を持つ国への大きな牽制になるでござるな。新ソ連、中国、北朝鮮等々、東側は独裁である確率は高い」
マザー「セナという対個人への最終兵器を西側が出す、対して新ソ連が出した答えは、アノマロカリスということだろう。民主主義に対個人戦力は抑止力にならない、核弾頭発射ではただアルマゲドンを引き起こすのみ。核とセナの中間、それがアノマロカリスだ。まぁ、どっちかというとEMPの方がまずいが」
ヴェロニクは椅子にもたれて、ストローでジュースを飲んでいる。
ヴェロニク「うーん、私は何も思い浮かばないなぁ」
マイロー「皆さんは、現在の戦局をどう考えたのですか?」
ベネット「EMP兵器の出所に関して色々とな。セナがカメラの記録から、運搬に使われていたのは新ソ連製のトラックだった。イランは山だらけの関係上特定地点に続く道筋は限られている。EMP兵器が発射された地点や、運搬されていただろうルートに何らかの痕跡があればどうにかと思った訳だが……残念ながら現場に向かった諜報部隊が、痕跡が確認できないって連絡があった。電子機器含め、しっかり証拠は残っていなかった。ていうか、マジで紙媒体だけで指示を出してるみたいなんだ。紙を燃やせば証拠はゼロ、ひょっとしてイラクが紙で指示出してる理由って、EMP兵器の証拠を消すためか?」
マイロー「衛星写真からトラックくらいは見つけられそうですが……」
エメラルド「衛星写真のから紛れるための迷彩も、手段もある。それにトラックのサイズ感を計算しても、欺瞞で輸送部隊を作ることだって可能だ。衛星写真は定点を観察したり、巨大な建物が立っているかどうか程度のものを把握するには向いているが……アノマロカリスを建設している可能性のある建造物は、現在確認できていない。そもそも地中に工場を立てている可能性だってある」
マイロー「アノマロカリスとEMP兵器、どちらを優先するべきですか?」
マザー「圧倒的にEMPだね、世論はアノマロカリスだが、EMPはヤバい。これを見ろ」
マイローの端末に映像が映される。ミサイルが飛んできており、それに防空用のミサイルが命中、爆発と同時に青い波動のようなものが爆風に混ざって飛び出した。映像はそこで途切れた。
マザー「EMP兵器の正体はこのミサイルだ。弾頭に仕込んでいたんだろう。ここを起点に、直径300kmの範囲で機材が故障した……このミサイルはSS-26 Stone、または9K720イスカンデルと呼ばれる短距離弾道ミサイルだ。発射には輸送起立発射機という車両が本来は必要だが、今回はトラックに偽造してあったな。射程は100kmもない、ミサイルのなかではかなり小型の部類だ。だが……そんな小型のミサイルでも発射が可能で、被害範囲は300km。これがとにかく厄介だ。空にも当然影響がある。ドローンもUAVも、最新鋭の戦闘機もヘリコプターも、全て機能が停止する。無論セナだって壊れる。2000年代に入ってからというものの、軍の主な要望は無人であることになり、各国はこぞって無人機の開発にのり出た。今や軍事行動の中核とも言って良い機械という存在を、片っ端から壊すのがこの兵器さ。アノマロカリスよりよほどヤバい」
セナの帯電が終わり、立ち上がった。端末にファイルが送られてくる。
セナ「情報はかなり限定的なものになります。私のできる限りで照合できる、アノマロカリスの製造場所は、ロシア北方、シベリアのクラスノヤルスクにある都市、ノリリスク・ジェレズノゴルスク・エニセイスキーの3ヶ所です」
マザー「EMP兵器については?」
セナ「重要ですが、答えは出ませんでした」
マイロー「誰もEMP兵器は想定していなかった、という訳ですか」
マザー「説明しな」
セナ「はい。まず、新ソ連が放送したアノマロカリスの映像から、製造に必要な鉄材の量などを計算しました。量的には、一時的に物流を変動させる規模であることが伺えましたが、2000年以降の衛星写真から、トラックや鉄道など各種物流網で、平均的な車両の行き来のみが確認されました」
エメラルド「アノマロカリス建造に必要な素材の運搬が確認できない、と?」
セナ「はい、そして更に手がかりがあります。映像と説明書から、アノマロカリスの装甲は、NATO側の地表貫通爆弾が効かないとされていましたが、装甲の厚さが、鋼鉄で計算した場合足りないのです。どの素材なら足りるか……仮にアノマロカリスを無人機と捉えた場合ですが、その場合あり得る素材は一つ、劣化ウランです」
マイロー「砲弾に使われる素材では?」
ヴェロニク「金属の持つ密度の話ね。放射能の観点から金属としてはかなり危ないけど、無人機であることを考えれば、妥当な選択といえるわ」
マイロー「妥当……放射能を撒き散らすことが、妥当なのですか?」
ヴェロニク「アノマロカリスは、地中で空爆を避けながらまっすぐ敵陣に突撃して、あたり一帯のインフラを破壊して回って、街の機能を無傷で停止させることが目的の兵器だと思うの。街を破壊するとなると普通は何ヵ月もの空爆とか、何発かの核弾頭が必要になる、でもアノマロカリスがあれば、街の外周をぐるりと回って、水道とかガス管を全部破壊するだけでいい、きっと新ソ連は、確保した街の再利用を一切考えてなんだわ。核とか中性子爆弾みたいな、いかにもな大量破壊兵器とは根本的に違う、ギリッギリ人道的な兵器」
マザー「コイツが進んだエリア全域に若干の放射能が残ってしまうのが面倒なところだな」
ベネット「表面が劣化ウランってことは、移動で表面を岩とかに擦り付ける訳で、その摩擦で劣化ウランが岩肌に残るってことか」
マザー「セナ、話を戻すが、新ソ連は、アノマロカリスを建造するために必要な鋼材と劣化ウランを、物流を動かすことなく、輸送無しで直接工場に運んでいる、ということになるな?」
セナ「地下に鉄道を建設している場合は別ですが、そうです。戦闘用の兵器を建造するとすれば、あらゆる資材が必要。鉄や金銀銅、ニッケルやプラチナ、半導体。劣化ウランを含めるとなると、アノマロカリスを建設するのに適した場所は、鉱山や露天掘り施設で素材が手に入り、かつ劣化ウランなどの核関連物質が製造できる施設が付近にあることが条件です。ノリリスクには核関連の情報はありませんが、ノリリスク・ニッケルという生産企業があるほど、金属資源が豊富です。ですが劣化ウランの方向から捜査すると、周囲に核施設が存在しないため、ノリリスクは可能性が低いです。ここからは推察の領域ですが、ノリリスクから南方300km、ジェレズノゴルスクという場所には、旧ソ連核施設である鉱山化学コンビナート、またコンビナート付近6kmにあるエニセイスキーには、ノオラオ社という企業が2025年に建設した、地下研究所が存在します」
ベネット「地下研究室、ねぇ……ノリリスクとジェレズノゴルスク、両者はかなり遠いな」
セナ「私が提示しているのは、あくまで調べるとしたらこの3箇所ということです。ノリリスクとジェレズノゴルスクは、閉鎖都市という、都市についての情報の開示や出入りが厳しく制限されている、非常に機密性の高い都市ですので、怪しむのは普通ですが……」
マイロー「つまり、さすがに何かしら諜報活動を行わないといけない段階、ということでしょうか?いつものセナであれば答えは出せるはず、でも今回は違う。少なくともペンタゴンの情報網に引っ掛かっていないということになります」
エメラルド「ペンタゴンとイギリス王室に話を通そう、内通者の10人や20人くらいはいるはずだ。いてもらわなくては……困る」




