18話 心がはちきれそうで
ヴェロニクは白い視界のなかにいた。下をみると、自分の谷間が服から出ている。正面を見ると、金髪で前髪の長い、何処かの学校の制服のようなものを着た少年がいた。右手に持った拳銃を構えたヴェロニクは、しっかりと少年の頭に狙いを定める。
「……違う」
引き金を引いて銃声が響いた瞬間、ヴェロニクはベッドの上にいるのに気が付いた。窓から日差しが入り、側にナースがいた。
ナース「おはようございます」
ヴェロニク「……ここは?」
ナース「上海嘉会国際医院、米軍が占領中の上海の病院です」
ヴェロニク「台湾有事は……」
ナース「台湾およびNATOの勝利です。現在は中国と交渉中だとか?」
ベッドの隣にある棚には、ウサギのように切られたたリンゴが皿に置いてあった。
ナース「隊長様々が、そちらを」
ヴェロニク「隊長……ベネット?結構器用なのね」
ヴェロニクは皿に置かれたフォークでリンゴを食べる。
ナース「モルヒネの影響でしばらくは便秘が続くと思います。食物繊維をしっかりと摂ってください。後で薬を処方しますが、容量を間違えると逆に下痢になってしまいます。お気をつけください」
ヴェロニク「ピーキーねぇ、ありがと。私、勝手に出歩いて大丈夫?」
ナース「はい、お気をつけて」
ヴェロニク「ねぇ、一つ用意して欲しいのがあるんだけど」
ヴェロニクは病院を歩いてまわった。撃たれた兵士が、アメリカと中国に分けられて看護されていた。病院の医者の多くはアメリカの者であり、だが物品や文字の多くは中国語であった。外に見える景色は何処を見てもビルである。
ヴェロニク(どんな国でも、ビルとコンクリート……文化的な差違みたいなのって、今の時代あまりないわよねぇ。あぁ、でも北京とかだと違ったりするのかしら?あまり旅行とかいったことないしなぁ)
階段を登って、少しすると、病院の正面側にあるガラス張りの壁から外を望む那東がいた。少し口角を上げてそこへ歩いて向かうと、急激な吐き気に襲われ、うつむく。那東がヴェロニクに気付いて駆け寄った。
那東「大丈夫でござるか?」
ヴェロニク「……うん」
那東はヴェロニクを窓際の長椅子に座らせる。
那東「ヴェロニク殿の状態が治り次第、次の作戦が開始されるでござる」
ヴェロニク「またどこかで戦争?」
那東「いや、拙者たちが見た幻覚の正体を突き止めるでござる」
ヴェロニク「……?」
那東「詳しくは後でござる。吐き気がある状態でまともに話は聞けないでござろう」
ヴェロニク「……ありがと」
那東「?」
ヴェロニク「幻覚だったってのは分かった、でも……守ってくれたじゃない、狙撃をこう、キーンってさ」
那東「兵士として、できることをしたまででござる」
ヴェロニク「よく考えたら、狙撃兵いる可能性あるのに遮蔽とかに行かなかった時点で、結構幻覚っていうか、操られてた感じあったのかな?」
那東「それは謎でござる」
ヴェロニク「どういたしまして、とかは言わないんだね」
那東「?」
ヴェロニク「ねぇ、私のこと好き?」
那東「誰かに興味を持てるほどマトモに育った覚えはないでござる。お陰でロリコンでござる」
ヴェロニク「良かった」
那東「?」
ヴェロニクは谷間から書類を取り出した。
那東「現実でそれ見るのは初めてでござる。ポケットいらずでござるな」
ヴェロニク「これ、どうぞ」
那東「先ほどから、話に着いていけないでござるが……どれ、拝見。そういえば、前言っていた、秘密がうんぬんというのは……おや?」
その書類はヴェロニクの、現在いる病院で検査した健康状態の書類だった。
那東「ふむ、至って健康でござるな」
ヴェロニク「へぇ~」
那東「?」
ヴェロニク「上から、しっっかり見て」
那東「上から……書類の番号、名前、性別……?」
性別の項目は、(男・女)であり、男に○がついていた。那東はヴェロニクを見た、谷間あり、とても大きい、書類を確認する、男に○がついていた、もう一度ヴェロニクを見る、谷間あり、とても大きい、書類を確認する、男に○がついていた、いま一度ヴェロニクを見る、谷間あり、とても大きい、ヴェロニクの目を見ようとした、うつむいていた。
那東「……っえっと?」
ヴェロニク「私のこと好きじゃなくて、良かった」
那東「……」
那東は、顎に手を当てる。
那東「いや、驚きはしたでござるよ?ただ……ふむ、拙者がおかしいでござるかこれは」
ヴェロニク「……?」
那東「おそらく、女性として生きていたい、のでござろう?」
ヴェロニク「そう、ね」
那東「手術とかで、女性になったのでござろう?」
ヴェロニク「なったっていうか、変えたっていうか……」
那東「……ふむ……ふむ……あぁ、本当に失礼ながら」
ヴェロニク「えっと、なんかごめ」
那東「心底どうでも良いでござる」
ヴェロニク「……えぇ?」
那東「おそらくこれがこの前言っていた、私の秘密、でござろう。だが拙者は、拙者の過去から分かる通りマトモな生き方をしておらぬ。故か、大抵のことの関して無関心であり、人の心があるよう振る舞ってはいるが、正味全てがどうでもよいでござる」
ヴェロニク「……あぁ、そうだったね」
那東「好く理由にこそなれど、嫌う理由もなし。何をコメントすれば良いという話でござるか?」
ヴェロニク「えっ、好く理由になるの?」
那東「日本はおそらく世界でも稀に見る超HENTAI国家でござる。嫌う理由に、性別と外見の解離は必然なのでござるか?いや、実際驚いたのは確かでござる、認識が覆ったのでござるから。ふむ……このような問題は、やはり重く受け止めるべきなのでござろうか?」
ヴェロニク「……」
那東「ふむ、やはり拙者はおかしいでござるな。どれ、誰か他の人にこの事を」
ヴェロニク「あぁ~やめてやめて!!問題おっきくしないで!」
那東「?」
ヴェロニク「はぁ、もう。めちゃくちゃ緊張したのに、何か自分でもどうでも良くなっちゃったわ」
那東「それは良いことなのでござるか?」
ヴェロニク「……なんだろ、貴方みたいな人がいっぱいだったら、世界って平和なのかもね」
那東「先日ニュースで見たでござるよ、えるじー……なんであったか」
ヴェロニク「LGBT?」
那東「もうちょっと長かった気がするでござる」
ヴェロニク「LGBTQ+」
那東「……拙者にはよく分からないでござる、なぜそう区分けする必要があるのかと」
ヴェロニク「ううん、どうだろう?でも、好き嫌いはあるわけじゃない?」
那東「性別が見た目と違うことは、普通嫌う要因になるのでござろうな、拙者にもあったように、まず驚きがある。そしてそこから違和感へ派生して、嫌いという感情になる」
ヴェロニク「おかしいと感じるものには関わらない。まぁ、生存本能に近いのかもね?」
那東「区分けがあるという認識があるから、自己開示の難しさ、ひいては差別に繋がるのではないでござろうか?好き嫌いなら仕方ないとも、区分けがある以上、自分と相手に距離を感じやすいでござろう?」
ヴェロニク「……うん、そうかもね」
那東「ヴェロニク殿は、自分を何だと思っているでござる。という問いがあったとする。でもヴェロニクが答えられるのは、私は私であること、それだけでござる」
ヴェロニク「あぁ、あのね?なんていうか、私が女になったのって、心が解離してるから、とかじゃないの」
那東「生理や精神の話ではないと」
ヴェロニク「ロジック、なのよね」
那東「どっちかと言えばそれの方がヴェロニク殿の秘密では?」
ヴェロニク「……かも」
那東「言いたければ言ってしまうでござる。拙者は人が嫌えるほど人を好きにはならないでござるよ」
ヴェロニク「……私は、元々、男だったわ。普通に学校にも行ってたし、その……彼女もいた」
那東「恋愛感情を女性にいだけると」
ヴェロニク「今は無理、かな。当時の彼女とその、やることやっちゃおうって思ったの。でも私その、すっごくアレが小さくて……それを、彼女にバカにされた。ギリギリまで黙ってた私も悪いのかなとか思ってるけど。でも、すっごくバカにされて、私悲しくなって、怒っちゃって……思わず、アザになるくらいの勢いで彼女の頬をひっぱたいちゃったの、笑い過ぎだって……そうしたら次の日私、学校で、彼女に乱暴したってことになってた。たぶん私と別れるための口実だったんだろうけど、彼女色んな意味で人気者だったから、他の男たちがこぞって私を責めて、いじめられて、先生も信じちゃって、先生が信じちゃってるから親も信じちゃって……散々だったわ。それに、どうやったのか分からないけど、私が脱いだときの写真を、彼女とその周囲の人間がインターネットに拡散したの……もう自分が嫌になったし、女を好きになんかなれなくなったし、男だって嫌いになった。でも……惹かれちゃったの、女性っていう存在が持つ、正しくなくても人を操れる、そんな歪な力に」
那東「それで女性になったと」
ヴェロニク「元々顔は良かったから、整形も少なくて済んだわ、ほとんどお化粧でどうにかなっちゃう」
那東「……ふむ」
ヴェロニク「何?」
那東「いや、何を言うのが正解か、と」
ヴェロニク「いいよ、聞いてくれただけで」
那東「……拙者もつい先日そう思ったでござる」
ヴェロニク「妹さんの、こと?」
那東「言うだけ言ってしまうというのは、案外と、心の為となるのかもしれぬ。今、LGBTQ+の方たちが、なぜあれほど自己開示をしたがるのか答えを得たような気がする。心がはちきれそうで、言ってしまいたい。そう思っているでござろうな」
ヴェロニク「そうね、そうかも」
那東の端末に連絡が入った。
那東「どうやら、次の作戦のブリーフィングが始まるそうでござる」
ヴェロニク「私の回復待つんじゃなかったっけ」
那東「待てない、ということでござろう。さて、行くでござる。あぁそうか、一応女性なのであれば」
那東は立ち上がると、手を差し出した。
那東「エスコートは?ロジックレディーファーストでござる」
ヴェロニク「そのロジックなんたらって何?」
那東「こうした方が良いであろうという予測のもと行う行為でござる」
ヴェロニク「じゃあ、お願い」




