ラニアの異変
「ねえ。これ、セリウスに渡して。婚約者に、いつも首から下げて、肌に身につけるように、って」
ラニアはそう言って、ちぎった葉をローデンに差し出した。
「これは、何だ?」
ローデンが問う。
「まじない、とか。御守り?」
ラニアは立っていられず、その場に座り込んだ。
「あと、調合室にある僕の鞄、持ってきて」
そう言うと、膝に顔を埋める。
「鞄って、すぐわかるのか?」
「……リリアーナに、聞けば」
弱々しい声だった。
ローデンは走った。理由はわからない。ただ、急がなければならない気がした。
調合室に飛び込むと、ローデンは先ほどラニアから渡された葉を、そのままセリウスに差し出した。
「婚約者に、これを。首から下げて、肌の近くに着けるように、と」
そして、リリアーナを見る。
「ラニアの鞄は?」
リリアーナは棚を指差した。
「あれ、だけど……」
「借りるぞ」
それだけ言って、ローデンは鞄をつかみ、再び駆け出した。
残されたセリウスとリリアーナは、しばらく言葉を失っていた。
「……何か、あったのかな?」
リリアーナが小さく言う。
「それより、この葉を知ってるか?」
セリウスは、ローデンから渡された葉をリリアーナに差し出した。
リリアーナは受け取り、目を凝らした。
……甘甘草。
見慣れたはずの葉だった。けれど。指先でそっとなぞる。かすかな違和感があった。
……私が魔力を注いだ時のものと、何か違う気がする。リリアーナは、葉から視線を外せずに言った。
少しして、かすかにラニアの魔力が滲んでいるように、リリアーナには感じられた。
強いわけではない。けれど、触れていると、胸の奥がそっと撫でられるような、不思議なやわらかさがあった。
優しい。
そう思った。けれど、それをどう言葉にすればいいのか、リリアーナにはわからない。
「……ローデンの言う通りにするのが良いと思います。何となく、ですが」
そう言うことしか、できなかった。
セリウスは、じっと葉を見つめた。
ラニアの鞄を抱え、ローデンは息を切らしながら走った。気づけば、その後ろをロキが静かに追ってきている。
先ほどと同じ場所で、ラニアはうずくまったままだった。
「……持ってきた」
肩で息をしながらローデンが言うと、ラニアはゆっくりと顔を上げ、鞄を見た。
「……泉、行かなきゃ」
立ち上がろうとして、身体がふらつく。
「泉に行きたいのか?」
事情はまるでわからない。ただ、今それが必要なのだということだけは伝わってきた。
ロキが短く鳴き、森の方へ顔を向ける。まるで、こっちだ、と導くように。
「行けば、いいのだな?」
ラニアはかすかに頷いた。
ローデンは迷わずラニアを背負い、先を走るロキの後を追って、森へと踏み入った。
ローデンは、ロキの後を追って森の中を進んだ。枝葉をかき分け、足場の悪い地面を踏みしめながら進むと、やがて視界が開ける。
その先に、泉があった。
しかし、そこへ近づくにつれ、ローデンの顔色はみるみる悪くなっていく。
……何なんだ、この場所は。
胸の奥がざわつき、吐き気にも似た不快感が込み上げる。空気そのものが重く、身体にまとわりつくようだった。
泉は相変わらずだった。魔力溜まり特有の、濃く、重たい圧が辺りを満たしている。
ロキは何も感じていないかのように、泉のすぐ近くまで歩いていく。そして、ぴたりと足を止めた。
一声、短く鳴く。
「ここで、下ろすのか?」
ロキはその場から動こうとしない。
ローデンは戸惑いながらも、背負っていたラニアをゆっくりと地面に下ろした。
ラニアは、糸が切れたように崩れ、そのまま地面に横たわる。
ラニアは目を閉じ、ぴくりとも動かなかった。




