ラニアとローデン
ローデンはラニアとともに、中庭に立っていた。
セリウスは調合室に籠もりきり。
リリアーナはエドモンドと狩りに出ている。
理由は、「ロキに新鮮で美味しい肉を食べさせたい」から。
――いや、ついでに薬草も摘んでくるのだろう。
「久しぶりに二人で行こうか?」
というリリアーナの言葉に、エドモンドは
「いいな」
と、躊躇なく頷いていた。その様子を見ていたローデンは、……仕事は大丈夫なのか?と、ぼんやり思った。二人だけの世界に飛び込んでいった背中を見送って、ようやく我に返る。
すぐそばに、ラニアとロキがいることに気づいた。
「やっと、話ができるね」
ラニアが言った。その横で、ロキがゆっくりと尻尾を振っている。
「用件は何だ」
ローデンは短く返した。
「えー。直接言うの?」
ラニアは両手を後ろに回し、もじもじと身を揺らす。
「……早くしろ」
相手は人外だ。そういう仕草に意味などない。ローデンは自分に言い聞かせる。
ラニアはつまらなそうに口を尖らせた。
「ローデン、見えてるよね?」
背筋が、ぞわりと粟立つ。
「……なに、が」
「僕と、ロキの本質?」
小首を傾げたまま、ラニアは一歩、ローデンに近づいた。手は、後ろで組んだまま。
ロキも、音もなく、それに続いた。
「……何のことだ」
ローデンは、辛うじて声を絞り出した。
「ふーん。言いたくないんだ」
ラニアは唇を尖らせた。
その瞬間だった。ロキから、強大な魔力の威圧が放たれた。空気が、押し潰されるように重くなる。
ほんの一瞬。だが、確かに。
ローデンは不意を突かれ、体勢を崩した。地面に、手の平が着く。すっと、視界に手が差し出される。ラニアの手だった。
――取れ。そう言われている気がした。
ローデンは、ラニアの瞳から目を逸らせず、無意識にその手を取った。
立ち上がろうとした、その瞬間。ラニアの顔が近づき、耳元で囁かれた。
「気づいてるなら、言うな」
びくり、とローデンの身体が強張る。
「言ったら、永遠に、眠らせてあげる」
恐る恐る、ラニアを見る。
ラニアは――とても良い笑顔で、ローデンを見つめていた。
「ふふ。内緒だよ」
ラニアはそう言って、人差し指を立て、自分の口元へそっと当てた。わずかに浮かべた微笑みは、妖しく、それでいてひどく可愛らしい。
――天使のような。
そんな場違いな言葉が、不意にローデンの頭に降りてきた。
「ねぇローデン、暇でしょ。散歩しようよ」
ラニアは何気ない声でそう言った。
……拒否権、あるのか?ローデンは一瞬だけ考えた。だが、すぐに答えは出る。無い、の一択だ。ローデンは黙って歩き出したラニアの後を、ロキと共に追った。
それはまるで、終わりの見えない死の行進の始まりのように思えた。
調合室の中で、中庭に面した窓辺に立った、セリウスは手を止めた。
視線の先に、ラニアとローデン、そしてロキの姿がある。ラニアは楽しそうに歩き、時折ロキに話しかけ、ロキはしっぽを振りながらそれに応える。ローデンは少し後ろから、無言でついていく。
その距離が、妙に自然だった。セリウスは目を細める。
……ああ、なるほど。
ロキが急に方向を変える。ラニアが笑って追いかける。ローデンはゆっくり、その後を追う。ラニアが振り返って何かを言うと、ローデンは小さく頷く。その仕草が、ひどく柔らかく見えた。
セリウスは、ふっと笑った。
……ローデン、わかりやすいな。
あれは、守っているのではない。見ていたいのだ。視線が、いつもラニアに向いている。
ロキが間に割って入っても、ローデンの目は、自然とラニアを追っている。
……好きな子の後ろを、理由もなく歩いている少年のような、そんな空気があるように見えた。
セリウスは窓から離れながら、くすりと笑う。
……本人は、絶対に気づいてないし、認めないだろうけどね。




