森の中で
その日、リリアーナはエドモンドと森を歩いていた。
森の奥は、朝の光でやわらかく満ち、木々の隙間から差し込む光が、揺れる葉を透かして道を金色に染めている。
リリアーナは籠を腕にかけ、足元を確かめながら歩いていた。その少し後ろを、弓を背負ったエドモンドがついてくる。
「足元、気をつけろ」
低い声がすぐ後ろから落ちてくる。
振り向けば、すぐ近くにエドモンドがいて、リリアーナは自然と微笑んだ。
「大丈夫よ。ここは、よく知っているもの」
そう言いながらも、隣にエドモンドがいることが、ひどく安心で、嬉しい。
しばらく歩いて、リリアーナはしゃがみ込んだ。
「これ。ちょうど欲しかった薬草」
葉をそっと摘み取り、籠に入れる。
エドモンドは周囲に目を配りながら、その様子を見ていた。
静かな森。鳥の声。草の匂い。
誰にも邪魔されない、二人だけの時間。
「久しぶりだな、こうして二人で来るのは」
「ええ。なんだか、懐かしいわ」
その後、森の少し開けた場所で、エドモンドは足を止めた。
気配を探り、静かに弓を構える。
次の瞬間、放たれた矢が、低い唸り声と共に猪を射抜いた。
猪が倒れたあと、リリアーナは思わず息をのんだ。
「……大きい」
エドモンドは短く頷き、周囲を見渡した。
「このままでは運べないな」
そう言うと、迷いなく近くの若木を二本、短剣で切り落とした。
さらに、しなやかな枝を何本も集める。
「え……?」
リリアーナはきょとんとしたまま、その様子を見ていた。エドモンドは枝を並べ、蔓を手際よく絡めて固定していく。
迷いがない。まるで、何度もやったことがあるかのように。
やがて、細長い台のようなものが出来上がった。
「橇だ」
当然のように言う。リリアーナは目を丸くした。
「……作ったの?」
「森では、よくやる」
猪をその上に乗せ、縄を前に結ぶ。リリアーナは思わず感嘆の声を漏らした。
「すごい……」
エドモンドは手を止めた。
「何がだ」
「こんなもの、すぐ作ってしまうなんて。私、全然思いつきもしなかった」
素直な言葉だった。エドモンドはわずかに視線を逸らす。
「覚えておくと、便利だ」
「便利、の一言で済ませるの?」
リリアーナはくすりと笑った。
本当に、凄いと思った。戦えるだけではない。森で生きる術を、当たり前のように知っている。
頼もしい、という言葉が胸に広がる。
エドモンドが縄を肩にかけ、橇を引き始める。猪は落ち葉の上を、重い音を立てて滑っていく。
リリアーナは慌てて横に並んだ。
「私も、何か手伝うわ」
「横にいてくれればいい」
少し間を置いて、エドモンドは言った。
「それで十分だ」
その言葉に、リリアーナの胸がふわりと温かくなる。
並んで歩く。橇の音が、規則正しく森に響く。途中で薬草を見つけるたび、リリアーナは立ち止まる。
エドモンドは何も言わず、橇を止めて待つ。
急かすこともなく、ただ待つ。
森の中にあるのは、静かな音と、二人だけの時間だった。
リリアーナは、ふと気づく。
(今、私は、すごく幸せだわ)
胸の奥で、じんわりと広がっていく感覚。
何かをしてもらったわけではない。
何かを言われたわけでもない。
ただ、同じ方向を向いて歩いているだけ。
それなのに。
この時間が、愛おしくてたまらない。
リリアーナはそっと視線をエドモンドに向けた。
真剣な横顔。森を見渡す目。自分を守ることを、きっと無意識に考えている人。
(この人の隣に、いられること)
それだけで、胸がいっぱいになる。
言葉にしたら壊れてしまいそうで、何も言えない。
だから、リリアーナはただ、微笑んだ。
エドモンドは気づかない。けれど、それでいい。
この静かな時間を、この隣を歩ける幸せを、
リリアーナは、ひとつひとつ、噛み締めながら歩いていた。




