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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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ロキという名前

狼の子の瞳と、ローデンの視線が、確かに重なった。

――その瞬間だった。

狼の子は、ぱっと弾かれたようにローデンへ向かって駆け出した。小さな体とは思えない速さで、セリウスとローデンの周りを、ぐるぐると走り回る。

「おっと」

セリウスは難なくその子を捕まえ、ひょいと持ち上げた。

「犬……じゃなくて、狼なのかな?」

――そんな簡単に触るな。危険だ。

ローデンは叫びたかった。喉が震えた。だが、声が出ない。そこへ、ラニアが駆け寄ってきた。

「もう。勝手に動かない」

そう言って、セリウスの手から狼の子を受け取る。そして、ラニアはローデンを見た。

まっすぐに。

「……ローデン、今度、時間もらえるかな?」

小首を傾げて、少し躊躇いがちに言った。

ローデンの思考が止まる。

――俺に? なんで?気配に気づいたからか?まさか。

「いいよ。いつも暇してるから」

ローデンが口を開くより先に、セリウスがにこやかに答えた。

――勝手に答えるな!

叫びたいのに、やはり声にならない。

「そっか。じゃあ、約束ね」

ラニアはそう言って、狼の子を抱いたまま、リリアーナたちの方へ駆けていった。

それを見送りながら、セリウスはにやにやと笑う。

「話、ってなんだろうね?」

「……知らん」

ローデンは低く答えた。

胸の奥にあるのは、好奇心ではない。

ただひとつ。はっきりとした、恐怖だけだった。


夕食後、団らん室には皆が集まっていた。

リリアーナの膝の上で、狼の子が丸くなっている。

「いつまでも『狼の子』では呼びづらいな」 オルフェウスが言った。

「確かにそうね」 マルグリットが笑う。

リリアーナは膝の上のふわふわを撫でながら言った。

「この子、名前をつけてあげたい」

ラニアは少しだけ視線を上げた。

「僕、決めてある」

その一言に、視線が集まる。

「ロキ」

短い名だった。

「……ロキ?」

リリアーナが繰り返す。

ラニアは頷いた。

「異国の、昔の神話からだよ」

ローデンの表情が固まる。

……嫌な予感しかしない。

リリアーナは狼の子を抱き上げた。

「ロキ」

狼の子の耳がぴくりと動いた。

「ロキ」

しっぽがぱたん、と揺れる。マルグリットが微笑んだ。

「気に入ってるみたいね」

オルフェウスは小さく息を吐いた。

「変わった名だが……まあ、良いのでは?」

ローデンは目を逸らした。 ……良い、どころじゃない。こいつら、おかしい。

ラニアは、ほんの少しだけ笑った。

「ぴったりでしょ」

リリアーナは優しく言った。

「今日からあなたは、ロキよ」

「あおん」

小さな声が、団らん室に響いた。

その日、狼の子は名を得た。

ロキという名を。




我は、名を呼ばれた。

ロキ、と。


それは音ではなく、絵だった。頭の奥に、静かに流れ込んでくる。遠い昔の物語。

金の瞳から届いた、と、わかった。

世界を揺らがせるほどの存在の名。狡猾で、強く、恐れられ、それでもどこか滑稽な、狼の話。

我は、そのどれでもない。小さな身体で、柔らかな毛を持ち、今はただ、人の足元に座っているだけだ。

けれど、その意味は、確かに我の中に落ちた。


金の瞳を見た。金の瞳は、何も言わない。ただ、静かにこちらを見ている。

だが、わかる。名と、その意味を、渡したのだと。

我はゆっくりと瞬きをした。この名を、持てということか。

ロキ。


小さな身体のまま、尻尾を一度振る。人への憎しみも、怒りも、消えることはない。

けれど、ここに居る者達は違う。

……自分でも呆れる。ここに居座る気になっている、我に。


そのとき、誰かが我を呼んだ。

ロキ、と。

呼ばれて、我は気がつく。

この場に、受け入れられたのだと。

……悪くない。


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