狼の子、オルフェウスに会う
オルフェウスは玄関の外で、マルグリットと並んで待っていた。
「リリアーナ、無事だったのね」
その姿を見つけるや否や、マルグリットは駆け寄り、リリアーナを強く抱きしめた。
「心配をおかけして、申し訳ありません」
リリアーナは深々と頭を下げる。
「いいのよ。無事なら、それで」
マルグリットは優しく微笑み、二人はそっと、もう一度抱き合った。
その様子を一歩引いたところから見つめていたオルフェウスが、静かに口を開く。
「……何があったのか、教えてくれないか?」
リリアーナは顔を上げたが、言葉はすぐには出てこなかった。何から、どう話せばいいのか、頭の中が整理できない。
代わりに、ラニアが口を開いた。
「今度の冬からは、あの魔獣たちの襲来はない。決して」
その断言に、オルフェウスの表情が強ばる。
「……どうしてだ?」
「皆、死んでた。僕は、それを燃やしてきた。ね、リリアーナ」
リリアーナは小さく頷いた。
「その後、僕たちを運んだ魔獣も、姿を消した。二度と会うことはない」
淡々とした口調だった。
「……信じられないな」
オルフェウスは低く言った。
「信じなくても、いいよ。時間が証明するから」
ラニアの声には、温度がなかった。
「理由も知りたいところだが……。――その狼の子は、何の関係があるんだ」
オルフェウスは視線を落とし、じっと狼の子を見つめた。
「……もしかして、魔獣か?」
「さあ?」
ラニアは肩をすくめる。肯定も否定もしない。
「リリアーナ、どうなのだ?」
低く、慎重な声だった。狼でも危険だ。まして魔獣であれば、なおさら許容できるものではない。
リリアーナは、ラニアの腕の中の小さな体を見下ろした。柔らかい毛並みと、確かな呼吸。
「この子は、森で会いました。その時には、ひとりだった……としか言えません」
それだけを、ようやく答えた。
「僕は、これをひとりにする気はないんだ」
ラニアはそう言って、狼の子を抱き直した。
そして、上目遣いでオルフェウスを見る。
「ここにいたら、駄目?」
ラニアは少し首を傾げた。
外見は愛らしい美少女。腕の中には、つぶらな瞳の狼の子。その組み合わせは、誰にとっても強烈だった。
「いや、しかしな……」
オルフェウスは言葉を濁す。
リリアーナが一歩前に出た。
「私からもお願いします。迷惑はかけません。きちんと世話をします。だから……」
ラニアが続ける。
「これ、けっこう賢いから。教えれば、いい番犬くらいにはなると思うよ」
オルフェウスは低く唸った。
「けれどなぁ……」
その時、マルグリットが口を開いた。
「こんなにも頼むのだから、聞いてあげましょう。けれど――一度でも人を傷つけたりしたら、追い出すか殺処分です」
静かながら、きっぱりとした声だった。
「……そうなのか」
オルフェウスは呟くように言った。
「僕は、それでいいよ」
ラニアが頷くと、狼の子は「おん」と高い声で鳴いた。
こうして、狼の子は城に受け入れられたのだった。
その様子を、セリウスとローデンは少し離れた場所から眺めていた。
「どうやら、無事に帰ってきたみたいだね」
安堵を滲ませた声で、セリウスが言う。
「……ああ」
ローデンは短く答えたきり、視線を外せずにいた。
――おい。あの犬。森の奥で対峙した、あの魔獣と同じ気配がする。
恐ろしく巧妙に隠されている。だが、確かにわかる。あの圧。あの底の見えない気配。間違えようがない。
どうして、それが、あんな姿で――?
背中を、冷たい汗が伝った。喉がごくりと鳴る。足先に力が入らない。視線だけが、ラニアと、その腕の中の子犬に縫い付けられている。
……最恐と、最凶。目の前の光景が、本当に現実なのか、疑いたくなるほどだった。
ローデンは、固まったまま、ただ見つめていた。
その様子を見て、セリウスはひとり納得したように頷く。
――無事に帰ってきたのが、余程嬉しいんだね。
それに、子犬を抱いたラニア。あれは反則だ。美少女と子犬の組み合わせなど、見惚れるなという方が無理だろう。思わず立ち尽くしてしまうのも、わかる。
……良かったね、ローデン。
セリウスはローデンをそっと見守っていた。




