エドモンド、リリアーナを見つける
リリアーナとラニア、そして狼の子は、城へ向かって歩いていた。
朝はまだ早く、空気はひんやりとしている。
「リリアーナ!」
聞き覚えのある声が、遠くから響いた。気がつくと、物凄い勢いでエドモンドが駆け寄ってくる。
「無事だったのか? 怪我は?」
息を切らしながら、エドモンドはリリアーナの全身を確かめるように見た。
「大丈夫よ。ラニアも、私も」
そう答えると、エドモンドはほっとしたように息を吐き、次いでラニアへ視線を移した。
その視線は、すぐにラニアの腕の中にいる狼の子に留まる。
「……これは?」
リリアーナは少しだけ言いづらそうに、けれど真剣に口を開いた。
「……あのね。この子、ひとりなの。城で飼っていいかな?」
エドモンドの眉が寄る。
「犬、ではないよな? 狼か? まさか、魔獣か?」
この大きさでは、普通の狼なのか魔獣なのか、判断がつかない。
「でも、この子、とてもおとなしいし、人には危害を加えないって、ラニアが言うの」
そう言って、リリアーナはエドモンドの視線をラニアへ誘導した。
「どういうことだ?」
ラニアは静かに答えた。
「そのまま、だよ。冬に襲来する狼たちは、もういない」
そして、腕の中の狼の子をそっと抱き直す。
「これは、僕と同じ、なのさ」
「……どういう、意味だ?」
エドモンドは聞いた。
ラニアは肩をすくめる。
「詳しくは、オルフェウスの前で話すよ。何回も説明するのは面倒だから。それより、これ」
そう言って、腕の中の狼の子を軽く持ち上げた。
「城に入れていいかな?」
エドモンドは、じっと狼の子を見つめた。
普通の犬だと言われれば、そう信じてしまいそうな外見だ。おとなしく、吠えることもなく、ただ大きな瞳でこちらを見返している。
「お願い」
リリアーナが一歩前に出た。
「この子、ひとりぼっちなの。きっと、寂しいと思うの」
「……いや、それより、危険かどうかが問題だ」
エドモンドはそう言いながらも、視線を狼の子から外せなかった。
理屈では慎重であるべきだとわかっている。だが、目の前の小さな命に、明確な危険を感じ取ることができない。
逡巡の沈黙が落ちた。
結局、エドモンドはその場で答えを出すことができなかった。
「じゃあ、オルフェウスに許可をもらえばいいのかな。それまでは、ここで僕はこれと森にいるよ」
ラニアはあっさりと言った。
「駄目よ」
即座に、リリアーナが声を上げる。
「だったら、私も一緒にいるわ」
「……待て。なんでそうなる?」
エドモンドは思わず言い返した。
「この子たちだけじゃ、可哀想よ」
エドモンドは言葉に詰まった。ラニアと、狼の子。しかも相手は、魔獣かもしれない存在だ。
――置いていくのが、可哀想?理屈で考えれば、どう考えても危険だ。だが、リリアーナの表情は本気だった。迷いも、冗談もない。
「……本当に、それは安全なのか?」
エドモンドはラニアに視線を向けた。
「僕くらいには、安全?」
ラニアが問い返すように言うと、腕の中の狼の子が、
「あおん」
と小さく鳴いた。
……どう考えても、不穏すぎる。
それでも、リリアーナをここに残していく選択肢など、エドモンドにはなかった。
「お願い」
リリアーナがすがるようにエドモンドを見上げる。近づいた拍子に、彼女の匂いと体温が一気に押し寄せた。
エドモンドは小さく息を呑み、視線を逸らす。
――これは、駄目だ。
こうしてエドモンドは、完全に陥落した。
「本当に、人に危害を加えないのだな」
エドモンドは念を押すように、ラニアを見た。
「しないよ。無駄だもん」
ラニアは当然のことのように、肩をすくめる。
「……とりあえず、だ。間違えるな」
エドモンドはそう言って、視線を城門へ向けた。それ以上は何も言わず、ただ先に立って歩き出す。リリアーナは胸を撫で下ろし、ラニアは静かに息を吐いた。
狼の子は一度だけ城を見上げ、尻尾を小さく振る。
こうして、リリアーナとラニアと狼の子は、揃って城に足を踏み入れたのだった。




