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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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ラニアと魔獣

「ありがとう。その言葉だけで……十分だよ」

ラニアはそう言って、腕で目元をごしごしと擦った。そして、ゆっくりと魔獣を見つめる。

「……何だって?」

低く問いかけるように、ラニアは魔獣に言った。

「でも、それは――」

何かを言いかけた、その瞬間。魔獣は静かに頭を振った。そしてラニアの前に進み出ると、臥せの姿勢になり、目を閉じた。

「……やれ、と言うんだね」

ラニアは、かすれた声で呟いた。魔獣は、ほんのわずかに頷いた。ラニアは、魔獣の額にそっと手をのせた。

その場所で、何かが始まり――

そして、確かに終わった。


リリアーナは、ずっとその光景を見ていた。

見ているはずなのに、何をしているのかは、最後までわからなかった。

やがて魔獣は、さらさらと細かな灰となり、風に溶けるようにして世界から消えた。

その場に残ったのは、座り込んだままのラニアだけだった。

リリアーナは、はっと我に返り、現実へと引き戻される。そして、ゆっくりとラニアのもとへ歩いた。

「……何をしたの?」

ラニアの背後に立ち、そう問いかける。けれど、ラニアは微動だにしなかった。リリアーナはさらに近づき、すぐ後ろで立ち止まる。そして、ラニアの肩に手を伸ばそうとしたその瞬間。何かが、リリアーナに飛びついた。


「……あーあ」

ラニアは、どこか納得したように、そう言った。リリアーナは混乱していた。目の前の出来事が、すぐには理解できない。小型犬ほどの大きさの犬、のような生き物が、突然リリアーナに飛びついてきたのだ。

勢いよく押し倒され、地面に背中を打つ。

次の瞬間、その犬は何事もなかったかのように離れ、素早くラニアの足元へと走っていった。

リリアーナは尻餅をついたまま、呆然とその姿を見つめる。やがて、震える手で指を伸ばした。

「……それは?」

声が、かすれていた。ラニアは足元の犬、いや、犬に似たそれを見下ろし、静かに言った。

「……狼の子、かな」

その言葉に、リリアーナの思考は、さらに追いつかなくなった。


「……どうして?」

リリアーナは、ようやくそれだけを口にした。ラニアは、足元に寄ってきた狼の子を抱き上げる。思ったより軽く、温かかった。

「……種を、植えたんだ」

淡々とした声だった。

「昔、リリアーナに僕が植えたのと、同じように」

ラニアはそう言って、狼の子を両手で高く持ち上げた。小さな体が、きょとんとした顔で宙を見ている。

「この子はね、自分の魔力で“赤子”になった狼だよ。小さければ、僕と一緒に紛れ込めるだろう、って」

……はい?リリアーナは、理解することを諦めた。頭が、ついていかない。

「これは、間違いなく――あの魔獣だよ」

ラニアは少しだけ笑って、言った。

「狼だってこともね」

リリアーナは、ごくりと喉を鳴らし、おそるおそる聞いた。

「……仲間たちの、ことは……?」

「弔いは、あれでいいって」

ラニアは、狼の子を胸に抱き寄せた。

「もう、何をしても、戻らないのだから、ってさ。でも、憎しみも、哀しみも、消えてはいない」

沈黙が落ちた。

しばらくして、リリアーナはまた、小さく口を開いた。

「……ラニアは、魔獣の思っていることが、わかるの?」

ラニアは、当たり前のことのように答えた。

「すごく年を取って、半分精霊に近い魂なら、わかるよ」

……謎、すぎる。リリアーナは、ただそう思いながら、腕の中の小さな狼と、ラニアの横顔を見つめていた。


「この子は、魂がそのままだから、わかるよ。リリアーナには、怪我を治してもらって感謝してる。鎮魂歌もね。」

ラニアは、静かにそう言った。

リリアーナは、その言葉を胸の中で反芻した。自分のしたことが、ちゃんと届いていたのだと知った瞬間、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

……怖かった。震える手で触れた、血まみれの体。それでも、見捨てられなかっただけの、ただそれだけ。

けれど、その選択は、無駄ではなかった。

リリアーナは、そっと狼の子を見た。小さな体が、安心したようにラニアの腕の中で身じろぎする。

「……よかった」

思わず、そう呟いていた。

理由なんて、うまく言えない。

ただ、救われた命があり、想いが残っていて、それが今ここにある。

胸に灯ったその温もりを、リリアーナは大切そうに噛みしめていた。

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