我が見たもの
我は、気配を殺したまま、じっと身を伏せていた。腹の下で、温かい血が止まらずに滲んでいくのがわかる。
――ここまでか。
そう覚悟した、その時だった。人間の気配が、近づいてきた。
反射的に、来るな、と威圧する。その気配は、ぴたりと動きを止めた。
こんな時に、人間とは。忌々しい。さらに、人間が増える。
一人――この臭いは知っている。
あれに、殺されるか。それとも、このまま、ここで死ぬか。
だが、気配はなお増えた。覚えのある臭いに混じって、精霊の気配?
人間、なのか。感覚には覚えがあるのに、はっきりとは掴めない。
我は戸惑った。後から来た二人が、間合いを詰める。
殺しに来たにしては、様子がおかしい。金色の瞳を持つ子――精霊が混じっている。それは、はっきりとわかった。
そして、もう一人。こちらは、精霊にひどく好かれている存在だ。
我は、低く息を吐いた。
――これは、敵か。それとも。
その娘は、ゆっくりと我に近寄ってきた。
敵意は、感じない。我は身構えたまま、ただ娘のすることを見ていた。
娘の手が、そっと伸びる。触れた瞬間、暖かく、少しこそばゆい何かが、我の身体の奥へと染み込んできた。
不思議な感覚だった。
痛みとは違う。恐れでもない。
生きるために失われかけていたものが、戻ってくるような――そんな感覚。
やがて、娘は静かに身を引いた。
人間たちも、同じように去っていく。
我は、その場に残されたまま、己の身体を確かめた。血が、止まっている。先ほどまで我を苛んでいた痛みも、いつの間にか和らいでいた。
――理解した。
あれは、娘の力だ。
娘が我に触れている間、金色の瞳の者が、我の頭に直接語りかけてきた。
『動くなよ』
……心配せずとも、動けん。
『何があった』
我は、仲間たちの姿を思い浮かべた。
あの惨状を。血と、裂けた肉と、もう動かぬ者たち。
――できれば、あのままには、したくない。
『……手伝って、やろうか?』
意外な言葉だった。精霊にしては、あまりに人間臭い。
『たのむ。できれば、燃やしたい』
あのまま、朽ちていくのは耐えられない。
土に埋めるのは、我一匹では困難だ。
だが、火なら。一瞬で、すべてが消える。
『回復したら、迎えにこい』
そう言い残し、金色の瞳は気配を断った。
我は、なおも地に伏せたまま、目を閉じる。
身体に残る温もりを確かめながら、
深い眠りへと落ちていった。
我は、再び動けるようになった。
約束どおり、金色の瞳を迎えに行く。
あれは、気配だけで我に気づく。稀有な存在だ。
……来た。だが、あの娘も一緒だった。
さらに、背後から他の人間の臭いがする。
あの時、なぜ娘を咥えたのか。それは、今も我にはわからない。気がつけば、金色の瞳を背に負い、我は娘を咥え、森を駆けていた。
理屈ではない。
本能が、そうさせた。
娘は、元は仲間であった者たちの姿を、その目に映した。
……よく、意識を保っていられるものだ。
この場には、哀しみ、恨み、怒り、そして残された想いが、黒い霧のように漂っている。
人間には、わからぬ。
金色の瞳も、それを見ていた。
『歌って』
金色の瞳が、静かに言う。
娘は、歌った。
……?黒い霧が、少しずつ、確かに薄れていくのを、我は見ていた。やがてそれは、金色の粉雪のように舞い上がり、世界へと、散り散りになっていく。
娘は、ただ歌い続けていた。
金色の瞳は、その金色の世界を慈しむように、黙って立っている。
――これは、祈りなのだろう。そして、成し得たのは、娘の膨大な魔力と、想い、だ。
我にも、金色の瞳にも、決してできぬこと。
その光景の中で、我は、一筋の光を見た気がした。




