表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

216/317

ある男たちと狼

狼の遠吠えが、遠くで響いた。

歩きながら、男が吐き捨てるように言う。

「……まだ生きてやがるのか?」

「最後の遠吠えだろ。あの怪我じゃあな」

もう一人の男が、気だるげに応じた。

「それにしても、偉い人の考えは分からん。突然、狼の毛皮を百匹分集めろ、だなんてさ」

「いい金になるだろ」

「だからって、こんな遠くまで来ることもないだろうが。なかなか無かったからって」

「もう終わった話だ。あとは帰るだけさ」

「無味無臭の薬、様々だったな」

「嫌味なほど、お高いけどな」

そう言いながら、男は遠吠えの聞こえた方角へと顔を向けた。

ここまで離れれば、もう追い着かれることは無いだろう。あの傷なら、ろくに歩くことはできまい。

男は振り返った。狼の毛皮を山のように積んだ台車を引いているのは、巨大な熊の魔獣だった。額には、魔石のようなものが深く嵌め込まれている。

「しかし、魔獣なら隷属させたかったな」

男がぼやく。

「帰り道が、ずいぶん楽になっただろうに」

「無理だ。あれは禁術だぞ。簡単に扱えるものじゃない」

実際、この巨大熊ですら、曾祖父の代になってようやく隷属に成功した存在だ。それ以来、便利な労働力として使われ続けてはいるが。

「……さっさと帰ろう」

男はそう言った。

「道のりは、まだ遠い」

男達は、歩き続けていった。


ーーーーーー


その魔獣である狼の子には、かつて父と母と兄がいた。

だが、ある時期になると、空から魔鳥が現れ、幼い狼を狙った。

最初に消えたのは、兄だった。次に、深い傷を負った父が、ある日を境に姿を消した。子離れが、もう少しだという頃。母は、子をかばい、戻らなかった。

狼の子は、一匹になった。

それからは、ずっと一匹だった。夏も。冬も。冬には群れで行動する狼もいた。だがその狼は、他の狼よりも足が速く、そして賢かった。

群れに頼らずとも、生きる術を身につけていた。

一匹で狩りをし、一匹で傷を癒し、一匹で、冬を越えた。そうして狼の子は、生き残っていった。


冬になると、他の狼たちが、その狼の後をついてくるようになった。狙いは、狩りの残り――餌のおこぼれだった。その頃には、狼の子は、もう子どもではなかった。

最初は、ついてくる狼たちを気にもとめなかった。だが、余った肉は分け与えた。追い払うこともしなかった。ついてくる狼は、日に一匹、また一匹と増えていった。

気づけば、常に数匹が背後にいるようになっていた。

やがて、その狼は、群れの中心となった。

命令することはなく、導こうともしない。

それでも、他の狼たちは、その背中を追った。

ボスの座を狙い、挑みかかる狼も現れた。

牙を剥き、力を誇示し、序列を奪おうとする者たちだ。だが、その狼は、負けなかった。

一度も。

ついてくる狼が増えるにつれ、餌は次第に足りなくなっていった。冬、森の獲物だけでは、群れを養いきれなくなったのだ。

やがて、若い狼たちが、人や家畜を襲うようになった。その狼は、それがどれほど危険な行いかを、よく分かっていた。人間は、獲物とは違う。報復し、追い、滅ぼす存在だ。

それでも、止めることはできなかった。

飢えた若い狼たちは、命令を待たない。

牙と空腹に突き動かされ、境界を越えていった。

……その群れは、もう、いない。

その日。水場の気配が、いつもと違っていた。匂いも、音も、風の流れも。それは、確かな警告だった。

だが、群れは耳を貸さなかった。

その狼は、水を求め、遠い水場まで足を伸ばしていた。戻った時、世界は終わっていた。

血の匂い。踏み荒らされた地面。そして、人間たちの姿。

狼は威嚇し、牙を剥いた。その瞬間、衝撃が走り、身体が宙を舞った。

巨大な魔熊が、そこにいた。

再び牙をむいたが、意味はなかった。力も、速さも、すべてが向こうが上だった。

狼は、ただ一度だけ、隙を見た。

そして、走った。

群れも、縄張りも、血の匂いも。

すべてを、そこに残したまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ