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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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リリアーナの見たもの

リリアーナは、流れていく森を呆然と見ていた。木々が途切れ、視界が一気に開ける。

――平原。

初めて目にする景色だった。

それでも速度は落ちない。風を切る音だけが、耳に残る。やがて地形は緩やかにうねり始め、丘陵地帯に入った――

そう感じた、瞬間。魔獣は、唐突に足を止めた。大きな顎が開き、咥えられていたリリアーナの身体が、地面へと下ろされる。

足が震え、うまく力が入らなかった。

魔獣の背にはラニアが乗っていた。ラニアは軽やかに背中から降り、周囲をぐるりと見渡す。

「……向こう、だね」

そう言って、丘が途切れている方角へ歩き出す。リリアーナは、何も考えられないまま、ただラニアの後を追った。

ラニアが立ち止まった先は、崖だった。

眼下に広がるのは、草原と小さな水場。

そして――その周囲に、無数の狼の死体。すべて、毛皮を剥がされていた。

あまりの光景に、リリアーナは言葉を失った。息を吸うことすら、忘れていた。

ラニアは崖のなだらかな場所を選び、下へと降りていく。リリアーナも、遅れて続いた。

水場まで近づいたラニアは、指先で水面に触れ、そっと舐める。

「……毒」

短く、断定するようにそう呟いた。  

リリアーナは、ただ呆然とその光景を見つめていた。

よく見れば、湖の近くには火を焚いた痕跡が残っている。ぬかるんだ地面には、人間のものと思しき足跡と、見慣れない大きな獣の足跡が、かろうじて判別できた。

「ふん……無味無臭の毒を水場に流して、一網打尽、ねえ」

ラニアは、心底つまらなさそうに呟いた。

魔獣は、倒れた仲間の一体一体に鼻先を近づけ、臭いを確かめては、引きずるようにして一か所へ集めていく。

その様子を、リリアーナは言葉もなく見ていた。

「……足りるかな」

ラニアが、ぽつりと呟く。

やがて、魔獣は死んだ仲間すべてを一か所に集め終えた。

ラニアは鞄を開ける。中には、油の入った容器がぎっしりと詰められていた。ラニアは淡々と死体に油を振りかけ、火をつける。

炎が、勢いよく立ち上る。

「リリアーナ」

ラニアは、変わらぬ平坦な声で言った。

「彼らを、悼む歌を、歌って」

魔獣は動かず、ただ炎をじっと見つめていた。

リリアーナは、胸の前でそっと手を組む。

――炎よ。

すべての苦しみと、すべての悲しみを、どうか消し去って。

リリアーナは、歌った。歌詞など、覚えていない。ただ、胸に溢れる想いのまま、声を紡いだ。気づけば、涙が自然と溢れ、視界が滲んでいた。

それでも、歌は止まらなかった。

魔獣は、地を震わすように、遠吠えをし、ラニアは、何も言わず、ただその場に佇んでいた。


しばらくして、ラニアは鞄から玉を取り出した。それを、水場の水にそっと浸けた。

「……何してるの?」

リリアーナは聞いた。

「……毒を、吸いとってる。この水場は、他の生き物も使うから」

ラニアは、淡々と言った。

やがて、ラニアは水から玉を取り出した。玉は、黒く濁っていた。


炎が消えかかる頃、空はすでに薄暗く沈み始めていた。夕暮れとも夜ともつかない色が、丘陵地帯を静かに覆っていく。

リリアーナは歌い続けたせいで、声はすっかり掠れてしまっている。

ラニアは突然しゃがみ込み、何か小さなものを拾い上げると、無言で鞄の中にしまった。

その仕草を見つめながら、リリアーナは意を決して口を開いた。

「……これは、人がしたことなの?」

ラニアは振り返りもせず、当然のことのように答えた。

「そうだよ。貴重な水場に毒を流すなんて、人しかしないでしょ。毛皮を剥ぐのも、ね」

あまりにも冷たい声だった。そこに怒りも悲しみもないことが、かえって胸に刺さる。

「……」

リリアーナは、それ以上、何も言えなかった。

「ほら、乗って」

ラニアはそう言って、ためらいなく魔獣の背に跨る。

「暗くなったから、森で一晩過ごすよ」

まるで、当たり前の日常を告げるかのような口調だった。リリアーナは慌てて魔獣に近づき、その背にしがみつく。

次の瞬間、魔獣は地を蹴った。

音もなく、風を切り、滑るように――

夜へと向かって、走り出した。


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