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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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リリアーナは選ぶ

「どういうことだ?」

ローデンは、問い詰めるような厳しさを含んだ声で言った。剣を構えたまま、視線は森の闇から離れない。

「……話せば、長くなる」

エドモンドは、困惑を隠しきれない表情で答えた。胸の奥に、理解できない違和感が渦巻いている。

――どうして怪我を負って、こんな場所にいる?あれは群れのボスで、一番の強者のはずだ。理屈がまるで合わない。

「ラニア……本当なの?」

不安を押し殺した声で、リリアーナが尋ねる。

「そうだよ」

ラニアは即答した。その口元は、どこか不機嫌そうに歪んでいる。

「せっかく、上手く隠れていたのにさ。 人が近づいたから、気配を現したんだ」

まるで、不可抗力だったかのような言い方だった。その言葉を聞いた瞬間、セリウスの顔から、血の気が引いた。

――隠れていた。そして、人が近づいたから、姿を現した。それはつまり、ここにいる誰もが、知らず知らずのうちに、“見逃されていた”ということだ。……そして、自分が近づいた事が、引き起こした。

冷たい汗が、背中を伝う。森は、静まり返ったままだった。



「リリアーナ、あれを助けたい?」

唐突に、ラニアが問いかけた。その視線は、森の闇ではなく、まっすぐリリアーナに向けられている。

――突然、何を言い出すんだ。

その場にいた誰もが、同じことを思った。

「……あれは、賢いよ」

ラニアは肩をすくめ、まるで些細な提案をするように続ける。

「今、恩を売っておけば、いつか返してくれるかもしれない」

その口調は、まるでパンのおかわりをねだるほどに気軽だった。

「危険だ」

エドモンドは、即座に言い切った。一切の迷いもない。

「まあ、このまま放っておいても、死ぬだけだけどね」

ラニアは、森の奥に視線を投げる。そこにあるのは、感情ではなく、事実だけだった。

「僕は、どっちでもいいよ」

その言葉は、冷たいほどに淡々としていた。

――助けるか。

――見捨てるか。

選択の重さだけが、場に落ちる。

セリウスとローデンは、ただ混乱していた。

確かに会話は耳に届いている。一言一句、理解できるはずなのに――内容が、理解の範疇を超えている。

怪我を負った魔獣。恩を売る、という発想。

それを、まるで天気の話のように口にするラニア。

(……ここは、本当に人の領地なのか?)

ローデンは喉を鳴らし、セリウスは言葉を失ったまま、ただ森の闇を見つめていた。

そこにいる“何か”が、彼らの常識を、静かに踏み越えていることだけは、確かだった。


「……どうして、怪我を?」

リリアーナが、ぽつりと呟いた。視線は、森の闇の奥――動かぬ魔獣の気配へと向けられている。

「さあね」

ラニアは、感情の揺れを一切見せずに答えた。

「次のリーダーに負けたのかもしれないし、それとも……別の“何か”が、この地に入り込んだのかもしれない」

その言葉を聞いた瞬間、エドモンドの顔色が変わった。

――もし、後者だとしたら。この森だけの問題では、済まない。

(早急に、父上に報告を……)

そう考えた時、ラニアの声が重なる。

「リリアーナ、早く決めて。暗くなる」

急かすようでいて、判断を委ねる声音だった。リリアーナは、しばらく地面を見つめていた。草も地面も、何も言わない。けれど、確かにそこに存在していた。そして、顔を上げる。

「……見てみます」

「駄目だ」

エドモンドは、即座に、そして強く言った。

「危険すぎる」

それでも、リリアーナは視線を逸らさなかった。

「それでも……。放っておく方が、私には苦しいです」

静かな声だったが、そこには確かな意志があった。ラニアが、ふっと息を吐く。

「男達は、殺気がだだ漏れだからさ。動かないで。邪魔になるだけだから」

その言葉に、セリウスも、ローデンも、エドモンドも――反論できなかった。

事実だったからだ。

「……だが」

エドモンドが、なおも言いかける。

「リリアーナは、僕が守るから」

ラニアはそう言って、口角をわずかに上げた。挑発でもなく、虚勢でもない。

当然のことを告げるような声音だった。

金色の瞳は強く輝き、リリアーナと同じ紫の髪は、一瞬ふわりと揺れる。

……なんで、こんな場面で美少女ぶりを発揮してるんだ。ローデンは、現実逃避気味にそんなことを考える。

次の瞬間、ラニアは自然な動作で、リリアーナの手を取った。

温度のある、小さな手。

「行こう」

そうして二人は手を繋いで、魔獣の気配が潜む、森の闇へと歩き出した。

残された者たちは、その背中を追うことも、止めることもできず、ただ、息を詰めて見送るしかなかった。


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