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男爵家の六人目の末娘は、○○を得るために努力します  作者: りな
第5章

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城に帰りました

歩むリリアーナの心臓は、うるさいほどに鳴っていた。ラニアの手が、強く引く。その感触がなければ、きっと足がすくんでいた。

――本当は、逃げ出したかった。

それでも、このまま城へ戻れば、自分はきっと、ずっと後悔する。その確信だけが、彼女を前へと押していた。

繁みを抜けた、その先に――いた。

狼型の魔獣。

その中でも、一回り大きい個体。だが、威圧感よりも先に目に入ったのは、全身を覆う、夥しい血だった。地面にも、赤黒い血が広がっている。

「……ひどい、怪我……」

喉が、こくりと鳴る。

魔獣は、ラニアとリリアーナを見ても、全く動こうとはしなかった。リリアーナは、ラニアの手をそっと離した。そして、ゆっくりと魔獣へと歩み寄る。

「……少しだけ、治すわ」

自分に言い聞かせるように、静かに告げる。

「後ろから襲われたら、困るから……」

震える手を、必死に抑えながら、魔獣に触れようとする。

怖い。それでも、止めなかった。

――魔力を、流す。

(……矢じゃない。剣でもない……)

傷の形を、指先で感じ取る。

(噛み傷……?爪……?)

魔獣同士の、激しい争いを感じた。リリアーナは、祈るように魔力を編んだ。血が止まるように。傷口が、これ以上広がらないように。薄く、薄く――塞ぐ。

すべては、治さない。それでいい。

生き延びるために、必要な分だけ。

「……いいんじゃない?」

少し離れたところで、ラニアが言った。

「そう……?」

リリアーナは、魔獣の瞳を見る。色は、先ほどと何も変わらない。そして、魔獣はやはり、動こうとはしなかった。

それでも――空気が、変わった気がした。

張り詰めていた殺気が、ゆっくりと、森へ溶けていく。

「……さよなら」

リリアーナは、魔獣に向かってそっと言った。

「もう、ここには来ないわ」

「感謝するんだな」

ラニアが、軽く言う。

「望んでないわ」

リリアーナは首を振ってそう答えた。

「気にしないで」

もう一度、魔獣へと向き直る。言葉なんて、通じない。わかっている。

それでも――言わずには、いられなかった。

森の奥で、魔獣は、ただ静かに、彼女を見つめていた。


男たちは、戻ってきた二人の姿を見つけた瞬間、無意識に肩の力を抜いた。

どちらも、怪我はない。

途中から、確かに空気が変わった。あの、重く圧し掛かるような圧力が、すっと霧散したのを、全員が感じ取っていた。

だが――誰も、それを口にしなかった。

「……もう、いいのか」

エドモンドが、慎重に問いかける。

「ええ。大したことは、してないわ」

リリアーナは、ほんの少し言葉を選んで答えた。

「ただ……大怪我をしていたから」

それ以上は、何も言わない。

彼女の治癒に関する能力は、セリウスとローデンには伏せられている。

「もう、夜になっちゃうよ?」

ラニアが、いつもの調子で言った。

「急いで帰ろうよ」

「そうだな。……急ごう」

エドモンドは頷き、周囲を一度見渡してから歩き出す。こうして一行は、足早に城へと向かった。

その道中、セリウスもローデンも、リリアーナとラニアの会話や行動について、一切、口にしなかった。

疑問はある。違和感も、確信に近い何かも。

だが――今は、迂闊に話すべきではない。

二人ともが、同じ結論に辿り着いていた。

森は、何も語らず、彼らを静かに送り出していた。


城へ戻ると、一行は自然と別れた。リリアーナは採集した薬草を片付けるため調合室へ。

エドモンドは、何が起きたのかを報告するため、オルフェウスのもとへ向かう。

「……今日は、少し休ませてください」

セリウスの申し出に、誰も異を唱えなかった。セリウスとローデンは用意された部屋へと戻る。扉が閉まり、外の気配が遠のくと、

二人は距離を詰め、頭を突き合わせるようにして小声で話し始めた。

セリウスは言った。

「……ローデン。君は、リリアーナとラニアについて、どう思う?」

沈黙の後、ローデンは短く答えた。

「……普通、じゃあないよな」

「……どのあたりが?」

「それが……よく、わからん」

ローデンは眉を寄せた。

実際、分からないのだ。森の奥で、彼女たちが“何をしたのか”。あれが本当に魔獣だったのか。――想像することすら、できない。

「聞けば、教えてくれると思うか?」

セリウスが、慎重に言う。

「無理、じゃねえの?」

ローデンの脳裏に、ラニアの顔が浮かぶ。

あの平然とした目。

簡単に語るような内容では、決してない。

「……本国への報告は」

セリウスは、呻くように言った。

「やめとけ」

ローデンは、即座に、はっきりと言った。

「何も確定してない。下手に書けば、向こうが動く。――それは、面倒どころじゃ済まないぞ」

セリウスは、口を閉ざした。そしてローデンは、胸の奥で、ずっと引っかかっている感覚を否定できずにいた。

――セリウスの婚約者を、救ったのは。アグネッタではなく。……あの二人、なんじゃないのか。

それは証拠もない、ただの直感。

しかし。ローデンは、自分の直感が外れたことは、ほとんど無かった。

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