瀬玲奈、スマホを手に入れる
「今日はスマホを買いに行く」
朝食後、共有スペースで葵がそう告げると、三人の動きがぴたりと止まった。
「すまほ」
有斗が真顔で繰り返す。
「すまほ」
莉愛奈も続いた。
「すまほ」
瀬玲奈まで同じように呟く。
ソファに寝転がっていたしおりだけが顔を上げた。
「スマホ」
当然のように発音した。
葵は額を押さえる。
「なんでしおりだけ知ってるの」
「昨日調べた」
「昨日来たばっかりだよね?」
「ネットは偉大」
しおりは再びスマホへ視線を落とした。
どうやら完全に順応し始めているらしい。
少し心配だった。
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数十分後。
一行は駅前の大型家電量販店へやって来ていた。
休日ということもあり、人が多い。
入口の自動ドアが開くだけで、有斗たちは未だに感心している。
「この店も大きいな」
有斗が見上げる。
吹き抜けの天井。
並ぶ家電。
巨大なモニター。
ノクスフィアの城でも、ここまで広い建物はそう多くなかった。
「店だからね」
「現代人は店に力を入れすぎではないか」
「否定できない」
葵は苦笑した。
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スマホ売り場へ到着すると、瀬玲奈の目が輝いた。
展示されている端末を恐る恐る手に取る。
「これがスマホ……」
まるで神殿の秘宝を見るような目だった。
「遠くの人と連絡できる」
葵が説明する。
「おお……」
「地図も見られる」
「おお!」
「写真も撮れる」
「おお!」
「動画も見られる」
「おお……!」
感動の度合いがどんどん大きくなっている。
有斗は腕を組んだ。
「本当にそんなことが可能なのか」
「可能」
「魔法ではなく?」
「科学」
「科学とは便利なものだな」
その言葉に葵は少し笑った。
異世界人から見たら、確かに魔法と変わらないのかもしれない。
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契約の説明を受けている間も、瀬玲奈は終始真剣だった。
店員の話を聞きながら何度も頷いている。
まるで神官見習いが説法を聞いているようだった。
「こちらにご本人確認書類を」
店員が言う。
瀬玲奈は固まった。
当然持っているはずがない。
葵が事前に用意していた書類を差し出す。
「ありがとうございます」
店員が笑顔で受け取った。
その様子を見ていた瀬玲奈がぽつりと呟く。
「葵さんは凄いですね」
「何が?」
「何でも知っています」
「そんなことないよ」
「あります」
瀬玲奈は真剣だった。
「私だったら何を準備すればいいのかも分かりません」
その言葉に葵は少しだけ困った顔になる。
社会人を十年近くやっているだけだ。
褒められるようなことではない。
けれど。
異世界から来た彼女たちには違って見えるらしかった。
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手続きが終わる頃には昼を過ぎていた。
新品のスマホを受け取った瀬玲奈は、大切そうに胸の前で抱えている。
「落とさないでね」
「はい」
「水没させないでね」
「はい」
「壊したら高いからね」
「はい」
緊張しすぎている。
その様子が少し面白かった。
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すると、しおりが近付いてきた。
「貸して」
「え?」
瀬玲奈が素直に渡す。
しおりは慣れた手付きで画面を操作した。
数秒。
本当に数秒だった。
「終わり」
返却。
「何したの?」
葵が尋ねる。
「必要そうなの入れた」
「早くない?」
「普通」
普通ではない。
有斗も莉愛奈も同じことを思ったらしく、無言でしおりを見ていた。
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帰りの電車の中。
瀬玲奈はずっとスマホを触っていた。
「地図があります」
「あるね」
「写真も撮れます」
「撮れるね」
「凄いです」
子供のように嬉しそうだった。
その顔を見ていると、葵まで少し嬉しくなる。
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その日の夕方。
共有スペースでは静かな時間が流れていた。
有斗は本を読んでいる。
莉愛奈はストレッチ。
しおりはネットの海へ沈んでいる。
部長はソファの上で丸くなっていた。
そして瀬玲奈はスマホを構えている。
真剣な表情だった。
「何してるの?」
葵が聞く。
「写真です」
瀬玲奈が答える。
「写真?」
「はい」
そう言って見せられた画面を見て、葵は思わず笑った。
そこに写っていたのは――
部長。
部長。
部長。
部長。
どこを見ても部長だった。
「猫しかないね」
「可愛いので」
瀬玲奈は満足そうに微笑んだ。
部長本人は毛づくろいに夢中である。
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夜。
仕事のメールを確認していた葵のスマホが震えた。
通知。
送り主は瀬玲奈。
メッセージを開く。
部長の写真。
部長の写真。
部長の写真。
そして部長。
『可愛かったので送ります』
「多い」
思わず声が出た。
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さらに数秒後。
共有グループにも同じ写真が送られる。
有斗。
莉愛奈。
しおり。
全員のスマホが鳴った。
グリドラ住民グループ。
記念すべき最初の投稿。
それは部長の写真だった。
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部長は何も知らない。
ただ気持ちよさそうに眠っている。
そんな平和な夜だった。




