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帰れない勇者パーティーがうちに住みつきました  作者: leemero


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境界の向こう側

黒い影は、倉庫の奥でゆっくりと形を変えていた。

人のようにも見える。

獣のようにも見える。

だが、どちらでもなかった。

輪郭は揺らぎ、腕らしきものが伸びたかと思えば、煙のように崩れてまた別の形へ戻る。

見ているだけで不安になる存在だった。

有斗は息を呑む。

ノクスフィアで魔物とは何度も戦ってきた。

巨大な獣も、空を飛ぶ魔族も、魔王軍の兵も見てきた。

だが目の前のものは違う。

生き物というより、世界の外側から無理やり染み出してきた何かに見えた。

「近付くな」

ゼルグラードの声が低く響く。

その声には余裕がなかった。

魔王だった男が、ここまで警戒している。

それだけで有斗は事態の異常さを理解する。

「何なんだ、あれは」

「分からん」

ゼルグラードは影から目を離さない。

「ノクスフィアの魔物ではない。少なくとも俺は見たことがない」

その言葉に、莉愛奈の表情がさらに険しくなる。

魔王すら知らない存在。

それは勇者パーティーにとっても未知の敵だった。

影の足元では、黒い紋様を持つ男が膝をついていた。

顔色は悪く、呼吸も荒い。

意識があるのかないのか分からない。

ただ、時折苦しそうに呻く声だけが聞こえた。

「先にあの人を助けないと」

葵が震える声で言う。

有斗も同じことを考えていた。

目の前にいるのは敵かもしれない。

だが、紋様に侵されている男は普通の現代人に見える。

放っておくことはできなかった。

有斗が一歩踏み出そうとした瞬間、倉庫の床に描かれた魔法陣が強く光る。

黒い影の腕が伸びた。

狙いは有斗ではない。

倒れている男だった。

「させるか」

有斗は反射的に駆け出す。

剣はない。

鎧もない。

あるのは現代の服と、勇者だった頃の感覚だけだ。

それでも体は動いた。

伸びてきた影の腕を避け、男の身体へ手を伸ばす。

だが、その前にゼルグラードが動いた。

黒い炎のような魔力が一瞬だけ彼の手に灯る。

現代へ来てから初めて見る、魔王としての力だった。

影の腕が弾かれる。

倉庫の空気が震えた。

有斗は思わずゼルグラードを見る。

「力を使えるのか」

「少しだけだ」

ゼルグラードは苦い顔をする。

「この世界では魔力が薄い。長くは持たん」

それでも十分だった。

有斗は男の腕を掴み、魔法陣の外へ引きずり出す。

男の身体は驚くほど軽かった。

瀬玲奈がすぐに駆け寄り、様子を確認する。

「息はあります」

その言葉に葵が胸を撫で下ろす。

だが安心するには早かった。

黒い影はゆっくりとこちらを向く。

顔はない。

目もない。

それなのに、見られている感覚だけがあった。

倉庫の奥から冷たい風が吹く。

夏の昼間とは思えない冷たさだった。

「退くぞ」

ゼルグラードが言う。

「このまま戦う相手じゃない」

有斗は頷く。

悔しさはあった。

正体も分からないまま撤退するのは嫌だった。

だが今は葵もいる。

助けた男もいる。

無理をする場面ではなかった。

莉愛奈が後方を警戒しながら下がる。

瀬玲奈は男を支え、葵も手を貸した。

有斗とゼルグラードは最後まで影から目を離さない。

勇者と魔王が同じ方向を向いている。

数ヶ月前なら絶対にあり得なかった光景だった。

入口まであと少しというところで、魔法陣の光が急に弱まった。

黒い影の輪郭も崩れ始める。

まるでこの世界に留まる力を失ったようだった。

影はゆっくりと溶けるように消えていく。

だが完全に消える直前、有斗は確かに感じた。

何かがこちらを覚えた。

そんな気配だった。

倉庫の外へ出た瞬間、夏の熱気が全身を包む。

さっきまでの冷たい空気が嘘のようだった。

葵は大きく息を吐き、瀬玲奈は男の様子を見ている。

莉愛奈はまだ倉庫の入口から目を離さなかった。

有斗も同じだった。

暗い倉庫の奥には、もう何も見えない。

ただ床に描かれた魔法陣だけが、薄く黒い跡を残している。

ゼルグラードはスマホを取り出し、どこかへ連絡を入れていた。

会社の部下か、それとも別の協力者かは分からない。

短いやり取りを終えると、有斗へ向き直る。

「今日はここまでだ」

「説明しろ」

有斗はすぐに言った。

ゼルグラードは珍しく答えを急がなかった。

それどころか、少しだけ疲れたように見えた。

「分かっていることは多くない」

そう前置きしてから、倉庫を見上げる。

「ただ一つだけ確かになった」

有斗は黙って続きを待つ。

ゼルグラードの視線は、まだ魔法陣のあった場所へ向いていた。

「境界崩落は終わっていない」

その言葉に、有斗の胸が重くなる。

帰れない理由。

現代に来た理由。

そして、あの影。

すべてが一つに繋がり始めている。

まだ答えは見えない。

だが。

グリーンハイツドラゴンの平和な日常は、もう元の形には戻れないところまで来ているのかもしれなかった。

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