魔王からの依頼
電話が終わった後も、共有スペースには妙な静けさが残っていた。
有斗はスマホを机の上へ置く。
瀬玲奈は不安そうな顔をし、莉愛奈は腕を組んだまま考え込んでいる。
しおりだけは平然としていた。
「つまり」
しおりが口を開く。
「魔王から電話が来た」
「そうだ」
「友達?」
「違う」
即答だった。
葵は思わず吹き出す。
こんな状況なのに少しだけ空気が和らいだ。
だが問題はそこではない。
ゼルグラードがわざわざ連絡してきた理由だ。
有斗は電話の内容を全員に話した。
ニュース映像で見た男。
右手にあった黒い紋様。
そして、それを聞いたゼルグラードの反応。
話が終わる頃には、全員の表情が真剣になっていた。
「その紋様を知っているのですか?」
瀬玲奈が聞く。
有斗は首を横に振った。
「俺は見たことがない」
「私もです」
莉愛奈も同意する。
勇者パーティーの中で最も知識が豊富なのは瀬玲奈だったが、彼女も知らないようだった。
すると、意外な人物が手を挙げる。
しおりだった。
「見たことある」
全員の視線が集まる。
「本当か?」
有斗が聞く。
しおりはスマホを操作しながら頷いた。
「昔の文献」
「神殿にあった」
有斗と莉愛奈は顔を見合わせた。
神殿の資料室。
しおりは神官だったから、勇者たちより多くの文献を読んでいる。
「何の印だ」
しおりは少し考える。
「確か」
そこで言葉を止めた。
「忘れた」
「忘れたのかよ」
思わず有斗が突っ込む。
しおりは悪びれた様子もない。
「昔だから」
「千冊以上読んだ」
それは仕方ないかもしれない。
だが少なくとも手掛かりはあった。
その紋様はノクスフィアにも存在していたらしい。
翌日。
有斗は仕事帰りに駅前へ向かっていた。
ゼルグラードに呼び出されたからだ。
場所は前回と同じ喫茶店。
窓際の席には既に魔王が座っていた。
スーツ姿が妙に似合っている。
相変わらず納得できない光景だった。
「来たか」
ゼルグラードが言う。
有斗は向かいへ座った。
「話せ」
挨拶より先だった。
ゼルグラードは苦笑する。
「相変わらずだな」
「お前に礼儀を使う理由がない」
「それもそうか」
なぜか魔王が納得した。
店員がコーヒーを運んでくる。
有斗は前回の経験からブラックを避けた。
今日はカフェオレだった。
少し成長している。
「本題だ」
ゼルグラードが声を落とす。
その瞬間、空気が変わった。
「ニュースの男を調べた」
有斗は黙って聞く。
「名前は佐々木健二」
「四十五歳」
「会社員」
一見すると普通の人間だった。
だが。
「三日前に失踪している」
有斗の眉が動く。
「失踪?」
「ああ」
ゼルグラードは頷いた。
「そして失踪前の行動記録が妙だ」
そう言って一枚の写真を机の上へ置いた。
写っていたのは古びた倉庫だった。
郊外にあるらしい。
人の気配はない。
「ここへ何度も出入りしていた」
「何がある」
有斗が聞く。
ゼルグラードは少しだけ沈黙した。
そして静かに答える。
「分からん」
予想外の返事だった。
「だが嫌な予感がする」
有斗は思わず笑いそうになる。
魔王が嫌な予感と言うのか。
だがゼルグラードは本気だった。
「だから頼みがある」
初めてその言葉が出た。
有斗は嫌な予感がした。
ゼルグラードは真っ直ぐ有斗を見る。
「一緒に来てくれ」
有斗は無言になる。
勇者と魔王。
数ヶ月前なら絶対にあり得なかった組み合わせだった。
だが今は違う。
もし境界崩落の影響が本当に残っているなら。
放置できない。
有斗は大きく息を吐いた。
「仲間にも話す」
それが返事だった。
ゼルグラードは小さく頷く。
窓の外では夕暮れが街を赤く染めている。
平和な世界に見える。
だが、その裏で何かが動いている。
勇者と魔王は再び同じ方向を見ることになった。
今度は敵としてではなく。
まだ正体の見えない脅威を追うために。




