勇者、自動販売機と戦う
翌朝。
グリーンハイツドラゴン。
通称グリドラ。
築年数だけは立派な古いアパートだ。
小鳥遊葵は共有スペース代わりに使っている一階の管理人室で頭を抱えていた。
テーブルの向こうには四人。
昨日拾った異世界人たちである。
正確には拾ってはいない。
たぶん。
おそらく。
きっと。
「どうしたのですか?」
瀬玲奈が不思議そうに尋ねた。
「いや……」
葵は四人を見る。
アルト。
リアナ。
フィルエル。
セレナ。
改めて聞くとファンタジー色が強い。
強すぎる。
「その名前」
「名前?」
アルトが首を傾げた。
「うん」
葵はテーブルに肘をついた。
「日本で生活するなら、ちょっと面倒かなって」
「何故だ?」
「説明が難しい」
「説明してくれ」
「難しい」
アルトは納得していない顔だった。
しかし葵も上手く説明できなかった。
なんとなく怪しいのだ。
異世界人っぽすぎる。
実際異世界人なのだが。
「とりあえず現代用の名前を決めよう」
「現代用?」
リアナが反応する。
「本名じゃなくて通称みたいなもの」
「偽名か」
「言い方」
葵はため息を吐いた。
「警察とか役所とか病院とか色々あるから」
「なるほど」
全然分かっていない顔だった。
まずはアルト。
「アルト・レイヴァン」
「うむ」
「アルト」
「うむ」
「アリト」
「うむ」
「有斗」
「ほう」
葵は紙に書く。
有斗
「良いじゃん」
「確かに響きは近いな」
「で、名字は……」
少し考える。
完全に思いつきだった。
有斗 蓮
「今日から有斗蓮」
「何故蓮なのだ」
「なんとなく」
「そういうものか」
有斗は意外とあっさり受け入れた。
次。
リアナ。
「これはそのままでいい気がする」
葵はペンを走らせる。
莉愛奈
「おお」
「ほぼ同じ」
「便利だな」
「羨ましい」
有斗が呟いた。
続いてフィルエル。
葵は真顔になった。
「長い」
「長いな」
本人も認めた。
「フィルエル・アステリア」
「長い」
「長いな」
二回目だった。
葵は考える。
アステリア。
星。
星か。
数秒後。
紙に書く。
星里しおり
「今日からしおり」
「どうでもいい」
即答だった。
「興味なさすぎない?」
「呼ばれれば反応する」
それは確かにそうだった。
最後。
セレナ。
「これは簡単」
瀬玲奈
「ほぼ同じでは?」
有斗が言った。
「バレた」
「適当だな」
「朝だから」
「理由になっていない」
こうして。
有斗蓮
莉愛奈
星里しおり
瀬玲奈
現代用の名前が決まった。
有斗は紙を見つめる。
『有斗 蓮』
しばらく眺めた後。
小さく頷いた。
「悪くない」
その言葉に葵は少しだけ安心した。
その時だった。
「にゃあ」
部長が現れた。
丸い。
とても丸い。
茶トラの塊みたいだった。
部長は何故か一直線に有斗へ向かう。
そして。
膝の上へ飛び乗った。
「おお」
有斗が驚く。
「気に入られたね」
「そうなのか?」
「部長、人見知り激しいんだけど」
「にゃあ」
部長は気持ち良さそうに目を閉じた。
しばらくして。
有斗がふと窓の外を見る。
そして眉をひそめた。
「……」
「どうした?」
葵が聞く。
「あれだ」
指差した先。
アパート前。
道路脇。
赤い機械が立っている。
「自販機?」
「じはんき?」
「自動販売機」
「何をする装置だ」
「飲み物を売る」
沈黙。
「人は?」
「いない」
「商人は?」
「いない」
「警備兵は?」
「いない」
「何故だ」
「日本だから」
有斗は立ち上がった。
険しい顔。
戦場へ向かう戦士の顔だった。
「待て」
葵が言う。
「敵ではない」
「本当か?」
「本当」
「信用できん」
「なんで」
数分後。
有斗は自動販売機の前に立っていた。
その姿は完全に魔王軍との決戦前だった。
葵が百円玉を渡す。
「これ入れて」
「うむ」
有斗は慎重に投入した。
チャリン。
電子音。
ランプ点灯。
有斗
「来たか」
葵
「来てない」
有斗は警戒しながらボタンを押した。
ガコン。
缶コーヒー落下。
有斗
「っ!?」
莉愛奈
「勇者様!」
瀬玲奈
「敵襲ですか!?」
しおり
「ただ落ちてきただけ」
有斗は恐る恐る缶を拾った。
温かい。
「熱い」
「ホットだから」
「何故温めた」
「その方が美味しいから」
有斗はゆっくり口を付ける。
一口。
二口。
三口。
沈黙。
「苦い」
葵
「だろうね」
「薬か?」
「コーヒー」
「薬だな」
葵は思わず吹き出した。
昨日まで他人だった。
名前すら知らなかった。
それなのに。
こうして話していると少し楽しい。
有斗は缶コーヒーを見つめた。
そして空を見上げる。
「この世界は変だ」
「否定しない」
「だが」
少しだけ笑う。
「悪くない」
葵は目を丸くした。
それは。
有斗がこの世界へ来て初めて見せた笑顔だった。
グリーンハイツドラゴン。
通称グリドラ。
古くて。
ボロくて。
名前のセンスも最悪なアパート。
だが。
ここから始まる日々は。
思っていたより悪くないのかもしれない。




