初めての買い物
第四話 初めての買い物
翌朝。
グリーンハイツドラゴンの共有スペースには、コーヒーの香りが漂っていた。
窓から差し込む朝の日差しがテーブルを照らしている。
昨夜は異世界から来た勇者パーティーが住み着いたことで大騒ぎだったが、朝になると不思議なことに少しだけ現実味が増していた。
夢ではない。
本当に彼らはここにいる。
葵は缶コーヒーを一口飲みながら、向かいに座る四人を見渡した。
有斗は鎧の手入れをしている。
莉愛奈は朝食を食べ終えたばかりらしく満足そうだ。
瀬玲奈は部屋の隅に置かれたテレビを興味深そうに眺めている。
しおりは窓際で静かに本を読んでいた。
どこからどう見ても異世界人だった。
「今日の予定は?」
葵が何気なく尋ねる。
すると四人は顔を見合わせた。
そして有斗が不思議そうな顔をする。
「予定?」
「そう。今日何するの?」
その瞬間。
全員が固まった。
共有スペースに妙な沈黙が落ちる。
葵は嫌な予感がした。
よく考えれば当然だった。
彼らには仕事がない。
学校もない。
知り合いもいない。
スマホも持っていない。
現代社会で生活するための基盤が何もないのである。
「何もしないのか?」
莉愛奈が真顔で聞く。
「いや、それはダメでしょ」
葵は即答した。
何もしないまま一日を過ごされたら、それこそ困る。
しばらく考えた後、まず最初に必要なことを思い付いた。
「服を買いに行こう」
「服?」
有斗が首を傾げる。
葵は順番に四人を見る。
黒い鎧。
銀色の鎧。
神官服。
ローブ。
どれも立派だった。
異世界なら。
現代日本では違う。
「目立つか?」
有斗が聞いた。
「めちゃくちゃ目立つ」
葵は迷いなく答えた。
有斗は納得したように頷く。
どうやら現代で鎧は一般的ではないらしい。
それくらいは理解できたようだった。
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一時間後。
五人はショッピングモールへ来ていた。
巨大な建物を見上げながら、有斗たちは揃って立ち止まる。
休日ということもあり、人の数も多い。
駐車場には車が並び、入口では家族連れが行き交っていた。
「でかいな……」
有斗が思わず呟く。
「城か?」
莉愛奈も見上げている。
「違うよ」
「城ではないのか」
「買い物する場所」
「買い物だけで?」
「買い物だけで」
四人は揃って黙った。
どうやら理解が追い付いていないらしい。
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館内へ入った瞬間、今度は別の意味で驚きが広がった。
涼しい。
外の暑さが嘘のようだった。
有斗は周囲を見回しながら天井を見上げる。
「魔法か?」
「違う」
「魔法だろう」
「違う」
「魔法では?」
「エアコン」
説明しても納得していない顔だった。
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まずは男性服売り場へ向かう。
葵は有斗に白いシャツと黒いパンツを手渡した。
「これ着てみて」
「鎧は?」
「脱ぐ」
「何故だ」
「現代だから」
有斗は難しい顔をしたが、最終的には試着室へ入っていった。
数分後。
カーテンが開く。
白シャツに黒いパンツ。
ごく普通の服装だった。
だが元々の体格が良いせいか妙に様になっている。
店員ですら思わず声を掛けた。
「彼氏さん格好良いですね」
「違います」
「違う」
葵と有斗の声が重なる。
店員は少し気まずそうに笑った。
なぜか葵まで気まずくなった。
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次は莉愛奈だった。
店員が選んだのはシンプルなワンピース。
莉愛奈は服を見つめたまま固まっている。
「防御力がない」
第一声がそれだった。
「服だからね」
「脚が見えている」
「服だからね」
説得の末に試着室へ送り込む。
そして数分後。
出てきた莉愛奈を見て、その場の全員が一瞬言葉を失った。
似合っていた。
想像以上に。
騎士としての凛々しさは残っているのに、どこか年相応の少女らしさもある。
莉愛奈は不安そうに裾を触った。
「変ではないか?」
「全然」
葵は即答した。
その返事を聞いて、莉愛奈は少しだけ嬉しそうに笑った。
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瀬玲奈はもっと大変だった。
服を見るたびに目を輝かせる。
「あれも可愛いです」
「うん」
「これも可愛いです」
「うん」
「全部可愛いです」
「分かる」
十分後。
何も決まっていなかった。
選択肢が多すぎたのである。
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最後はしおりだった。
「好きなの選んでいいよ」
葵が言うと、しおりは無言で売り場の奥へ消えていく。
そして五分後。
戻ってきた。
手にはフリルだらけの黒い服。
「これ」
「却下」
即答だった。
しおりは少し不満そうだった。
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買い物を終える頃には、外は夕方になっていた。
袋を抱えながらショッピングモールを歩く。
慣れない場所に疲れたのか、全員どこか静かだった。
そんな中、有斗だけがふと足を止める。
視線の先にはゲームショップがあった。
巨大なモニターにはRPGの宣伝映像が流れている。
剣。
魔法。
勇者。
どこか懐かしい世界。
有斗はしばらく黙って見つめていた。
「故郷を思い出したか?」
葵が聞く。
有斗は少し考えた後、ゆっくり首を横に振った。
「いや」
その声は静かだった。
「まだよく分からない」
昨日までそこにいたはずなのだ。
家族もいた。
仲間もいた。
王国もあった。
それなのに今は遠い夢のように感じる。
有斗は視線を落とし、それから隣を見た。
莉愛奈がいる。
瀬玲奈がいる。
しおりがいる。
そして葵もいる。
「だが」
有斗は小さく笑った。
「一人ではない」
その言葉に葵も少しだけ笑う。
「そうだね」
夕日が街を赤く染めていた。
異世界へ帰る方法はまだ分からない。
これからどうなるのかも分からない。
それでも今は、少しだけ前を向ける気がした。
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その頃。
ショッピングモールの警備室では、一人の男が防犯カメラの映像を見つめていた。
スーツ姿の男の視線は、モニターの中の五人へ向いている。
有斗。
莉愛奈。
瀬玲奈。
しおり。
そして葵。
男は小さく息を吐いた。
「発見しました」
静かな声だった。
だが、その報告を受けた相手はすぐに反応する。
『確認できたか』
「はい」
男は映像を見つめたまま答えた。
「転移者を確認しました」
短い沈黙。
そして。
モニターの向こう側で、誰かが小さく笑った。




