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帰れない勇者パーティーがうちに住みつきました  作者: leemero


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高級マンションの男、動き出す

七月の終わりが近付いていた。

梅雨はすっかり明け、朝から蝉の鳴き声が響いている。

グリーンハイツドラゴンの共有スペースでは、エアコンが今日も休みなく動いていた。

住人たちはそれぞれの時間を過ごしている。

有斗はホームセンターのチラシを読んでいた。

正確には読もうとしていた。

まだ漢字は難しい。

それでも以前より理解できる言葉は増えている。

莉愛奈はジムのシフト表を確認し、瀬玲奈は昼食の後片付けをしていた。

しおりはソファに寝転がりながらスマホを見ている。

そして部長は窓際で昼寝中だった。

いつもの光景だった。

異世界から来た勇者パーティーが住んでいるとは思えないほど、平和な昼下がりだった。

「そういえば」

麦茶を飲みながら葵が口を開く。

「みんな、この生活に慣れた?」

有斗はチラシから顔を上げた。

少し考える。

この世界へ来たばかりの頃を思い出していた。

自動ドアに驚き、コンビニに驚き、スマホを魔道具だと思っていた。

今ではそれなりに使いこなしている。

仕事も始めた。

覚えることはまだ多いが、もう右も左も分からない状態ではない。

「慣れたな」

有斗は素直に答えた。

「仕事も?」

「仕事もだ」

「ホームセンター楽しい?」

その質問に有斗は迷わなかった。

「楽しい」

即答だった。

葵は思わず笑う。

最初は不安そうだったのに、今ではすっかり馴染んでいる。

有斗自身もそれを自覚しているのか、少しだけ照れたように視線を逸らした。

その時だった。

テーブルの上に置いていたスマホが震える。

有斗は画面を見る。

登録されていない番号だった。

「誰だ?」

首を傾げる。

葵も画面を覗き込んだ。

「知らない番号だね」

「出るべきか?」

「うーん……」

葵は少し悩んだ。

営業電話の可能性もある。

だが、何か大事な連絡かもしれない。

「とりあえず出てみたら?」

有斗は頷いた。

そして通話ボタンを押す。

「もしもし」

共有スペースが少し静かになる。

誰もが何となく会話の続きを待っていた。

有斗は耳を澄ませる。

だが、しばらく経っても表情は変わらない。

やがて短いやり取りの後、通話は終わった。

「誰だった?」

瀬玲奈が聞く。

「分からん」

有斗はスマホを見ながら答えた。

「名前を聞かれただけだった」

「それだけ?」

「それだけだ」

妙な話だった。

だが、それ以上に気になることがあった。

有斗は少し考え込む。

どこかで聞いた気がするのだ。

あの声を。

もちろん現代で知り合いなどほとんどいない。

それなのに、胸の奥に小さな違和感だけが残っていた。

「知り合いじゃないの?」

葵が聞く。

有斗は首を横に振った。

「思い出せない」

その答えは曖昧だった。

知らないとも言い切れない。

そんな顔だった。

その頃。

駅前の高級マンション最上階では、一人の男が窓際に立っていた。

広いリビング。

夜景を一望できる大きな窓。

高そうな家具が並ぶ部屋だったが、男の視線は外の景色には向いていない。

机の上に置かれた一枚の写真を見つめていた。

そこに写っているのは有斗だった。

ホームセンターの作業服を着て、商品の搬入を手伝っている姿。

どこにでもいるアルバイトの青年に見える。

だが男は知っていた。

本当の姿を。

「変わらないな」

小さく呟く。

懐かしそうな声だった。

写真を見つめる目にも、どこか昔を思い出すような色が浮かんでいる。

コンコン、と扉がノックされた。

「どうぞ」

男が答えると、スーツ姿の女性が入ってきた。

「報告です」

女性はタブレットを確認しながら続ける。

「対象に大きな動きはありません」

「そうか」

「監視は継続しますか?」

男は少しだけ考えた。

そして静かに頷く。

「継続してくれ」

「接触は?」

その質問に男は窓の外へ目を向けた。

しばらく沈黙する。

やがて小さく息を吐いた。

「まだ早い」

その一言には迷いがあった。

会いたくないわけではない。

むしろ逆だ。

だが今はまだ、その時ではない。

女性は何も聞かずに頭を下げる。

「了解しました」

扉が閉まる。

再び部屋には静寂だけが残った。

男は写真を手に取る。

有斗。

莉愛奈。

瀬玲奈。

しおり。

そして葵。

全員が写った写真もあった。

どれも楽しそうだった。

男は少しだけ笑う。

「平和そうで何よりだ」

その言葉は本心だった。

翌朝。

有斗はいつものように仕事へ向かう準備をしていた。

玄関で靴を履き、バッグを肩に掛ける。

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

共有スペースから葵の声が返ってくる。

いつもと変わらない朝だった。

だがアパートを出た瞬間、有斗はふと足を止める。

道路の向こう側に一人の男が立っていた。

スーツ姿。

背が高い。

距離があるため顔まではよく見えない。

ただ、その男はこちらを見ていた。

有斗も自然と視線を向ける。

ほんの数秒。

それだけだった。

やがて男は小さく背を向け、そのまま歩き出す。

人混みの中へ紛れるように消えていった。

有斗はしばらくその背中を見つめていた。

「知り合いか?」

自分でもそう思った。

だが答えは出ない。

どこかで会った気がする。

それなのに思い出せない。

不思議な感覚だった。

結局、有斗は首を横に振る。

そして仕事へ向かって歩き出した。

夏の日差しは今日も強い。

グリーンハイツドラゴンの日常は変わらず続いている。

だが、そのすぐ近くまで。

忘れていたはずの過去が、静かに近付いていた。

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