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仲介屋は煙草を巻く  作者: colove
ep11「出立」

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幕間「糸の先」

 花月十五日、午後。


 商館の執務室に午後の陽が差し込んでいた。窓の外では荷馬車が石畳を走っている。花月の商業区は騒がしい。交易シーズンの本番だ。


 セリーナは書類を閉じ、茶を注いだ。一人分。商会が仕入れた春の新茶。香りは良いが、味はわたしが淹れるよりも部下が淹れた方がましだ。認めたくはないが。


 昨日の夕方、使い走りの少年が封筒を持ってきた。中に紙片が一枚。署名はない。だが筆跡に見覚えがある。


 ——丘陵方面に出る。二、三日。何かあれば灰色猫亭のレーネに。


 短い。余分な情報がない。元情報部の人間の書き方だ。——あの人も、わたしも。紙片は燃やした。


---


 今朝、もう一つの便りが届いた。


 花月は交易シーズンの本番で、商館には毎朝大量の書簡が届く。仕入れの確認、港の荷の報告、本国からの指示。その中に紛れて、一通だけ封の折り方が違うものがあった。


 本国経由で回された非公式便。旧情報部にいた時の同期からだ。表向きは退役して商会関連の仕事をしているが、以前の人脈はまだ生きている。こちらから問い合わせたのは、萌月の終わりのことだ。返事が来るまで、随分かかった。


 返事は短かった。


 ——レーベンの件、確認した。現地で動いている集団に、元情報部の人間が含まれている。名前はまだ確定していないが、退役後に身分を変えた人物が少なくとも二名。クロイツ丘陵周辺の活動が急に活発化している。それから一つ。仲介屋の名前が、組織の中で話題になっているらしい。別の名前と繋がりかけている、と聞いた。


 別の名前。


 セリーナは書簡を膝の上に置いた。髪を耳にかけた。


 あの人が軍を辞めた後、レーベンに辿り着くまでの間に何をしていたか。正確なところは知らない。知ろうとしたこともない。ただ——元同僚の間で、ある時期に「面倒を消す人間がいた」という噂が流れていたことは、覚えている。


 名前は聞かなかった。聞く必要がなかった。——推測だけで十分だった。


 その推測が、今、組織の側からも同じ線を辿っている。


---


 立ち上がった。窓の前に立った。


 商業区の通り。荷を運ぶ人。看板を磨く店主。猫が一匹、日向で寝ている。——日常だ。


 あの人は、もう出ている。今朝の夜明け前に出たとすれば、旧街道の半ばだろう。紙片の言葉を思い出した。「何かあれば灰色猫亭のレーネに」。——あの子に伝えて、何が変わるだろうか。ヴェルナーは既に出立している。追いかけることはできない。伝えるなら、帰ってきた後に役に立つ情報でなければ意味がない。


 帰ってきたら。——帰ってくれば。


 数日前に会った時、「少し変わったわね」と言った。あの時は良い意味で。膝を折った男が立ち上がって、自分の足で歩き出した。元同僚として——商会代表として——それは悪いことではない。


 だが、立ち上がった男が十年ぶりの道具を持って歩き出すのは、別の話だ。判断力は信頼できる。体力は信頼できない。あの男は、自分の衰えを正確に把握している。だが把握していることと、補えることは違う。


 窓の外の猫が、日向から立ち上がって歩いていった。


---


 セリーナは机に戻った。


 書簡を折り直し、封蝋で閉じた。引き出しの奥にしまった。鍵をかけた。


 もう一つ。気になっていることがある。


 ヘルマンが「ある人間」と言っていた。十年前の事件と今のレーベンの動き、その両方に関わっている可能性がある人物。——ヘルマンの線と、わたしの線が、同じ場所に向かっている気がする。


 「退役後に身分を変えた」元情報部の人間。


 十年前の事件の関係者が、表から消えている。


 ——あの事件の後に身分を変え、今のレーベンの動きに関わっている人間がいるとすれば。それは偶然ではない。


 茶が冷めていた。新茶の香りが消えて、ただの苦い水になっている。——わたしが淹れると、いつもこうだ。


 羽根ペンを取った。インクの蓋を開けた。——商会の公式便箋ではなく、無地の紙を引き出しから出した。


 短い手紙を書いた。


 宛先はヘルマン。上層区の両替商の老人。ヴェルナーの向こう側にいて、わたしとは直接繋がっていなかった人間。——だが今は、間にいるべき人間が不在だ。


 「お伝えしたい情報がございます。本日中にお時間をいただけますか」。署名はS。


 封蝋で閉じた。商会の印ではなく、私印を使った。使い走りの少年を呼んだ。上層区のヘルマンの両替商へ。銅貨を一枚渡した。——あの人と同じやり方だ。


 わたしにできることは、情報を動かすことだ。


 あの人が帰ってくるまでに、動かせるものを動かしておく。


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