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仲介屋は煙草を巻く  作者: colove
ep05「分散」

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22/53

幕間「商会の夜」

 萌月二十五日、夜。


 商館の二階に残っているのは、セリーナだけだった。


 一階の守衛が巡回する足音が、時折石壁を通して聞こえる。窓の外には星が出ている。春の夜はまだ冷えるが、昼の暖かさが石壁に残っていて、執務室は穏やかな温度だった。


 蝋燭が一本。机の上の便箋を照らしている。


 白ワインを一杯だけ注いだ。辛口の、アシュガル南部産。商館に常備している瓶の残りだ。一口含んで、筆を取った。


 書いているのは、商会の報告書ではない。宛名は二文字の略号だけ。本国の、旧い知人に宛てた私信。


 レーベンで魔導具関連の不審な動きがある。ヴェルナーの調査結果を簡潔にまとめた。複数の工房への分散発注。探知系と浄化系の同パターン。支払いにディナール銀貨が混在していること。仲介人は単独で五軒以上を回る男であること。引き渡し予定を過ぎても仲介人がヨーゼフの工房に現れないこと——これは、こちらの動きを察知した可能性がある。


 筆を止めた。便箋の隣に、もう一枚の紙がある。


 ヨーゼフから預かった仕様書の写し。


 蝋燭を近づけて、改めて見た。項目の並び。精度等級の記法。数値の記載方式。


 見覚えがある。——見覚えがあるどころではない。


 これは、あの部隊の調達書式だ。


 セリーナはワインの杯を置いた。音を立てないように、静かに。


 あの日のことは、考えないようにしている。報告書の最後の頁に並んだ名前のリストを、今でも覚えている。軍を辞めた理由を聞かれれば「商会の方が性に合っていたの」と笑う。嘘ではない。嘘ではないが、全部でもない。


 ヴェルナーも気づいたはずだ。あの仕様書を手に取れば——あの男の手は止まっただろう。だが何も言ってこなかった。セリーナも聞かなかった。


 あの事件に触れたくないのは、お互い様だ。


 筆を取り直し、書簡の末尾に一行を足した。仕様書の書式について。どの部署の調達規格であるか。——これを読む相手なら、意味がわかる。


 ヘルマンのことを考えた。


 あの老人は、なぜ自分を経由させたのか。ヴェルナーに直接渡す方が早い。わざわざセリーナを間に挟んだのは、理由がある。ヴェルナーに「なぜ知っている」と問われるのを避けるためか。——それだけか。


 あの老人は、知っている。何をどこまで知っているのかがわからない。それが一番厄介だ。


 ヴェルナーは優秀な仲介人だ。合理的に動き、感情を挟まず、結果を出す。だが——使い方を間違えれば、あの男は壊れる。かつて一度、壊れかけたのを知っている。


 書簡を折り畳んだ。封蝋を溶かし、商会の印ではなく、別の小さな印を押した。


 窓の外を見た。レーベンの夜は静かだ。星が、昼間の霧が嘘のように澄んだ空に散っている。商業区の通りには人影がない。


 あの男には、まだ言わない。


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