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仲介屋は煙草を巻く  作者: colove
ep05「分散」

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第17話「分散」

 萌月二十四日。曇り。


 昨日の晴れ間が嘘のように、空が低い。風が冷たく、外套の襟を立てた。春はまだ気まぐれだ。


 朝飯は燻製の鰊とパン。鰊は昨日レーネが市場で買ってきた布袋の中身だった。塩が利いていて、パンとよく合う。鰊の脂が指先につく。指を拭きながら、昨日の仕様書をもう一度広げた。


 レーネが茶を淹れ終わるのを待って、指示を出した。


「今日は別行動だ。俺は商業区の工房を回る。お前は外壁区と、市場の近くの工房を当たれ」


「何を聞くんすか」


「同じ仲介人が、他にも発注していないか。探知系に限らない。浄化系でも強化系でも、最近入った妙な注文がないか聞け。仲介人の特徴は——」


「中肉、三十代半ば、訛りなし、きれいな手。覚えてるっす」


「ああ。もう一つ。支払いに使われた銀貨の種類を確認しろ。クローネだけか、他の銀貨が混ざっていなかったか」


 レーネが少し首を傾げた。が、頷いた。理由は聞かない。こいつはそういうところがある。


「夕方に灰色猫亭で合流する。気をつけろ」


「了解っす」


 レーネが先に出て行った。俺も外套を手に取り、フードを被りかけて、やめた。まだ雨は降っていない。


---


 商業区。


 ヨーゼフの工房がある職人通りから少し離れた、ギルド地区寄りの一角。ここにも魔導具を扱う工房がいくつかある。


 一軒目。老舗の器具師。白髪の老人が奥の作業台で細かい部品を磨いていた。


 仲介人の特徴を告げた。覚えがないという。ただ、話の流れで一つ拾えた。


「下の市場のあたりの同業者が、最近変な注文を受けたって聞きましたよ。浄化系の部品だったか。寺院向けにしては仕様が細かいって話でしたが——まあ、噂ですよ」


 浄化系。探知系だけではない。


 礼を言って出た。


 二軒目。ギルド地区の路地を入った先にある、小さな工房。間口が狭く、看板もない。扉を叩くと、作業着姿の女が出てきた。手が油で黒くなっている。


「セリーナ殿の紹介で来た。少し聞きたいことがある」


「ああ、セリーナさんの。——入って」


 工房の中は雑然としているが、作業台の上だけは整理されている。仕事道についてはきちんとした人間だ。


 仲介人の特徴を告げると、女は頷いた。


「来たね。十日ほど前だったかな。探知装置のレンズ筐体を三組頼まれた。完成品じゃない。筐体だけ」


「部品だけか」


「そう。レンズと術式盤は別の職人に頼むんだろうと思った。まあ、うちは筐体が専門だし、仕事は仕事だから引き受けたよ」


「仲介人はどんな男だった」


「三十くらい。訛りのない男。手がきれいだったのは覚えてる。道具を握ったことのない手だったから」


 同じ男だ。


「代金は」


「前金で全額。きちんと払ってくれたよ。——ああ、ディナール銀貨が混ざってたね。二、三枚」


 二軒目。同じ仲介人。同じ支払い方。


 もう一つだけ聞いた。


「仕様は普通だったか」


「普通じゃなかった。精度等級の指定があった。筐体で精度等級なんて、普通は言わないよ。中に入る部品と組み合わせた時の話だからね。——ちょっと気味が悪かったけど、金は良かったからさ」


 礼を言って工房を出た。


 空がさらに低くなっている。風に湿気が混ざり始めた。商業区の大通りで屋台を見つけ、豆と春野菜のパイを買った。立ったまま齧る。皮がぱりぱりで、中の豆と蕪が温かい。春の屋台は新しい野菜が入る分、冬よりずっと旨い。


 食べ終わる頃に、最初の雨粒が外套の肩に落ちた。


---


 灰色猫亭に着いた時には、本降りになっていた。


 外套を脱いで椅子にかけた。マルタがカウンターの向こうから顔を出す。


「あんた、ずぶ濡れじゃないか。風邪ひくよ」


「外套があるから大丈夫だ」


「その外套が限界だって言ってんだよ。——麦酒?」


「ああ。それと、何か軽いものを」


「春キャベツの酢漬けがあるよ。今朝漬けたばかり」


 麦酒と酢漬けが出てきた。キャベツは薄く切られて、酢と塩と少しの薬草で漬けてある。歯ざわりがよく、酢の酸味で口が覚める。麦酒と合う。冬の重い煮込みとは違う、春の軽さだ。


 カウンターの隅で看板猫が丸くなっている。雨の日は動かない。


 レーネが来たのは、それから四半刻ほど後だった。髪が湿っている。手に油紙の包みを提げている。


「先生、お疲れっす。——あたし途中で屋台の鶏の串焼き買ってきたんすけど、もう食べていいっすか」


「報告が先だ」


「うっす」


 レーネが向かいに座った。串焼きの包みを未練がましくテーブルの端に置く。


「外壁区で二軒見つけたっす。一軒目は冒険者ギルドの近くの金属加工師。浄化系の聖具の筐体を頼まれたって。寺院からの注文はたまにあるけど、今回は仕様が細かすぎるって言ってたっす」


「仲介人の特徴は」


「三十代くらいの男で、訛りがなくて、手がきれいだったって」


 同じ男。三軒目。


「もう一軒は」


「市場の近くの彫金工房。若い職人で、金属板に術式の刻印を頼まれたって言ってたっす。強化系の刻印。日常的な雑仕事だと思って受けたけど、こっちも指定が細かかったって」


「仲介人は同じか」


「たぶん同じ人っす。手がきれいだったって言ってたっすから」


 四軒。ヨーゼフを入れれば五軒。部品を分けて、別々の工房に発注している。一つの工房だけでは全体像が見えない。


「レーネ。支払いの銀貨は」


 レーネが目を丸くした。


「先生、それあたしも聞いたんすよ。金属加工師のところで、ディナール銀貨が混ざってたって言ってたっす。あたし、聞く前に向こうから言ってきて」


「お前が気づいたのか」


「ヨーゼフさんの話聞いてたっすから。同じだなって思って」


 ——こいつは、ちゃんと聞いている。


「食え」


 レーネが嬉しそうに串焼きの包みを開けた。鶏肉の焼けた匂いが広がる。


 マルタがカウンターの向こうから声をかけてきた。


「あんた、また面倒事かい」


「いや。ただの聞き込みだ」


「その顔で『ただの』は通用しないよ。——まあいいけどさ。おかわりは」


「もらう」


---


 灰色猫亭を出た。雨は上がっていたが、石畳がまだ濡れている。街灯の光が水溜りに映って、通りが二重に見える。


 事務所に戻った。煙草を一本巻いた。火打ち具で火をつけ、煙を吐いた。


 煙を眺めながら、今日の収穫を整理した。


 ヨーゼフの工房——探知系器具。筐体の女職人——探知装置のレンズ筐体。外壁区の金属加工師——浄化系聖具の筐体。彫金工房——強化系の術式刻印。


 五軒以上に分散している。部品単位で発注し、一人の職人には全体像が見えない仕組みだ。だが全部並べてみれば、浮かぶ像は一つしかない。


 探知系と浄化系。「見つける」と「守る」。——リュッケの倉庫にあった盗品と同じ組み合わせだ。


 方法を変えた。盗みから、発注へ。だが目的は同じだ。


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