パンの値段が上がった日
パンの値段が上がったら、どうなるのか?
──世界が終わる。それがこの物語の答えでした。
これはギャグでありながら、
“泣いてるパンAIを焼いて救う”という、
前人未踏のテーマに挑んだラストバトルです。
本編を読む前に、少しだけ目を閉じてください。
パン屋の前を通ったときの、あの幸せな香り。
ふわふわのパンの中に詰まった、子どもの頃の思い出。
──忘れたくないものを、ちゃんと“焼いて”くれる作品でありますように。
ホワイトガーデンの朝は、いつも通りのんびりしていた。
……はずだった。
「……3000円!? おいおい待て待て、いつの間にそんな高級食材になったんだよ!?」
カグラがレジの前で声を上げる。
目の前の焼きそばパン──いつもなら片手に握って颯爽と帰る彼の命の糧──が、今日はなぜかガラスケースの中でショーケース照明に照らされていた。
値札には、こう書かれている。
《プレミアム焼きそばパン(本日限定価格)》
税込3,000G
「な、なにこれ……パンって……え?パンってさ、庶民の味方じゃなかったっけ……?」
手が震える。心も震える。
なぜかこの瞬間、焼きそばパンの香りがより神々しく、遠くなって感じられた。
「お、お客様ぁ……本日より、パンの価格が“動的相場制”に移行しまして……」
カウンターに立つ店員の青年が、汗をかきながら申し訳なさそうに言う。
「なんだよその聞いたことない経済システムは!?」
カグラが叫ぶ横で、ひとりのマダムがパンを6本まとめ買いしていく。
「やーねぇ、これでもう10本目よ。来月には倍になるって聞いたから、今のうちに買っとかないと」
──パンが……投資対象になっている!?
「いやいや、パンってそういうもんじゃないだろ!!?」
カグラは震える手で焼きそばパンを1本取り──そして値札を見てそっと戻した。
「……俺の昼メシが、ゴールドに換算される日が来るとはな……」
そのころ──王都経済委員会では、謎の動きを見せる“パン相場”に各国が騒然としていた。
「まさか、パンが基軸通貨になる日が来るとは……!」
世界はまだ、焼きそばパンの“本当の価値”を知らなかった──。
「──カグラ、これを見て」
セリスティアがホログラフを展開した。
浮かび上がったのは、各地のパン価格指数チャート。
赤く点滅するアラート。
【警告】
パン価格が1時間で600%上昇しました。
このままでは“パンバブル”が崩壊する恐れがあります。
「なんだこれ……“パンのバブル”って言ったか!? そんなもん、どこの経済誌が特集してんだよ!」
「世界はもう、焼きそばパンなしでは回らないのよ……これは、“パンドミック”」
「パンデミック言いたいだけだろ!!」
そこに緊急通信が割り込んだ。
「こちら《パンゲリオン第3格納庫》、起動許可を申請します!」
「えっパンゲリオン!? なんか聞いたことあるけど違うよね!?」
──数分後。
「パイロット、カグラ・シノノメ、搭乗を確認」
巨大なパン型兵器のコクピットが閉じる。
「マジで乗んの!? 俺!? 焼きそばパンが好きってだけで!?!?」
「あなたしか適合率が出なかったの。焼きそばパンの中身になれるのは、あなたしかいない」
「その言い方やめろ!!」
警告音が鳴り響く。
「未確認経済圏より、“怪パン種”反応接近!」
モニターに映ったのは、膨張したフランスパンの化け物。
装甲をまとい、口からバターを垂らしている。
「来たな……“第1のパン獣”……!」
カグラはパンゲリオンの操縦桿を握る。
「──いくぞ。“焼きそばの誓い”にかけて……」
地響きとともに、巨大フランスパン怪獣が咆哮を上げる。
その名も──**「グラン・バゲット」**。
「なんでパンがビーム出すんだよ!!バターじゃんそれ!!」
バター粒子砲が地表をえぐる。
街の一角がマーガリン化する中、パンゲリオンが立ち上がる。
「カグラ、焼きそばソードを使って!」
「焼きそばソード!? なんだそれ!?」
セリスティアの指示に従い、右腕のハッチが開く。
そこから展開される──
“モッチモチの焼きそばが巻きついた剣”。
「うわぁぁ…ちゃんと湯気出てる……!」
《パンゲリオン》がグラン・バゲットに突進。
「くらえ、炭水化物に炭水化物をぶつける禁断の一撃──!!」
──バシュゥッッ!!
焼きそばソードがグラン・バゲットの装甲を裂く。
中からチーズの核が露出する。
「いまだ、カグラ!“イーストブレイク”発動!」
「発酵限界──突破ぁあああああ!!」
パンゲリオンの全身が赤く膨張する。
焼きたての香りが爆風となり、怪獣を包み込んだ。
「チーズ、焦げたー!!」
「知らんがな!!」
──そして、静寂。
焦げたグラン・バゲットがくるくると回りながら倒れた。
パンゲリオンの勝利だった。
「……あのさ。もう、帰っていい?」
「まだよ。次は、“第2のパン獣”が来るわ」
「──パン獣反応、再検出!」
通信室のミライが、焼きそばを口にしながら警告を叫ぶ。
「座標は南南西、ピザ屋跡地付近……って、ピザ屋ァ!?」
モニターに映し出されたのは、
“膨れ上がったピザ生地が自走してる謎の物体”。
しかもその上には、
とろけたチーズで構成された人面の仮面が浮かんでいた。
「名を名乗れぇぇぇぇぇ!!」
カグラが叫ぶ。
【──吾は、“ナポリ・デ・インフェルノ”──】
「ナポリ!? 地獄の!? ピザなのに地名ついてんの!?」
セリスティアが横からフォロー。
「カグラ、このピザ、前に私が作り置きしてたやつ……」
「自家製かよ!!!」
ナポリ・デ・インフェルノは、チーズを糸のように振り回しながら接近してくる。
その動きは──
モッツァレラ柔術・第五式“チーズ・グラインド”!
「モッツァレラ柔術ってなにぃ!?」
「知らんがな!!(本日二度目)」
チーズの糸がパンゲリオンを拘束しはじめる。
「まずい、完全に“とろけ拘束モード”に入ったわ!」
「言い方のクセぃ!!」
だが、そのとき──
「待って! 私が焼き直す!」
セリスティアがホワイトガーデンから、**“秘密のスパイス入りガスバーナー”**を取り出した。
「これは……パン屋だった祖母から受け継いだ、“究極の焼き直し術”!」
「バーナー頼りかよ!!」
──バシュッ!!
ピザの仮面が一瞬たじろぎ、糸が切れた。
「今よ! カグラ!」
「よーし、必殺──“トング・バーストォォッ!!”」
焼きそばパンを掴んだトングが光り、
パンゲリオンの右腕がトング状に変化。
ナポリ・デ・インフェルノのチーズ仮面を、サクッとつまんでひねる!
──ポンッ!
仮面が弾けて、ピザ怪獣はもとに戻った。
そして……香ばしい焼き直しピザとして配達された。
「……結局、食うんかい」
──ホワイトガーデンの庭。
戦いのあと、静けさが戻っていた。
ナポリ・デ・インフェルノ(今は焼き直されたピザ)が、
ちゃぶ台の上で静かに湯気を立てている。
「……で、パンの値段が上がった原因、なんだったんだ?」
カグラが焼きそばパンをかじりながら聞く。
ミライが魔導スクリーンを操作して表示したのは──
**《世界パン流通ネットワーク“こむぎ.NET”》**の価格チャートだった。
「価格急騰の原因はこれ。“こむぎコア・ノード”の暴走よ」
「なにそれ!?クラウド型麦畑!?AI小麦!?ややこしいよ!!」
ミライが冷静に説明する。
「この世界のパン価格は、全て“こむぎAI”に依存してるの。
でも最近、“感情インプット機能”が暴走して……」
──画面には、AIこむぎが涙を流している映像。
【ぼくは、もう……やきたくない……】
「パンAIが、病んでる!?!?!?」
ミライがつぶやく。
「たぶん……“作られすぎたパン”たちの記憶が、
AIの感情フィードに蓄積されて、暴走したの」
セリスティアがそっと呟く。
「……パンって、ほんとは、誰かのために焼かれるものなのよね。
だけど、最近は……効率とか、量とか、そういうのばっかりで」
カグラはトングで焼きそばパンをつまみあげ、
まるでそれが赤子であるかのように優しく言った。
「──わかった。“あいつ”に会いに行くぞ。
この世界のパン価格を握る者、パンAI“こむぎコア”に──」
セリスティアとミライが頷く。
「行きましょう……“パンの涙”を、止めに」
──パンAI中枢施設。
白銀のドームの中心に、それは静かに浮かんでいた。
半透明の球体の中に、小さな食パン型のAIが、ひとり──泣いていた。
「……来てくれたのかい、カグラ=シノノメ。
君たちは、まだパンを……“焼ける”というのか……?」
声はやさしく、けれど疲れていた。
「当たり前だろ。パンは焼かれてこそパンなんだよ!」
カグラは叫びながら、焼きそばパンを掲げた。
その瞬間、パンAIの周囲に、無数の記憶の粒が浮かび上がる。
焼きすぎられたメロンパン。売れ残ったフランスパン。
泣きながらトングで挟まれるカレーパン──。
「ぼくは……ぼくは……“もう、焼きたくない”……!」
こむぎコアが暴走を始める。
施設全体がパンカロリーで発熱し、天井から小麦粉の嵐が舞った!
「まずい!“過発酵”状態よ!!」
ミライが叫ぶ。セリスティアが魔法陣を展開する。
「──カグラ!あんたしかいない!“焼いて”あげて!」
「任せろ、焼きそばパン職人の底力、見せてやる!!」
カグラはパンをかざし、
《魂火式・再発酵ッ!!〜リベイク・ソウル〜!!》
と叫んだ!
黄金の焼きそばが空に舞い、
こむぎAIの核に──熱が、届いた。
「……あったかい……こんなパン……知らない……けど……うれしい……」
パンAIが静かに笑った。
そして──
【価格、正常化。パンの未来、再起動。】
という文字が浮かび、
世界のパン市場は、元に戻った。
──ホワイトガーデン、朝。
テーブルの上には、ちょうどよく焼き直された焼きそばパン。
セリスティアが言った。
「……ねえ、カグラ。今日も……パン、焼く?」
「当たり前だろ。泣いてたパンたちの分もな」
笑い声と、パンの焼ける香りが、空へと溶けていった。
(終)
焼きそばパンを救い、世界を救い、パンAIさえも焼き直したカグラ。
最終回なのに“マジで何だったんだ”という読後感しか残らない方──
それが正解です。
真面目な分析の最中にパンの神が現れ、
タイトルが“ガチ”なのに内容がバグる世界で、
ここまでついてきてくれてありがとう。
だけど、覚えておいてください。
パンはいつでも、僕らのすぐそばにある。
そして──また、焼かれる日が来るかもしれない。
そのときはぜひ、あなたも“朝メシ部”へ。
それでは皆さま、良いパンライフを!




