焼きそばパンと、あの日の約束
今回は、セブンの「ソースが決め手の焼きそばパン(マヨ入り)」から着想を得た、少し静かな回です。
カグラの意外な過去や、セリスティアの“変わらぬテンション”もお楽しみください。
朝のホワイトガーデンは、いつにも増して穏やかだった。
セリスティアは庭のベンチに腰を下ろし、小さな袋を膝の上で開いた。
「……ソースが決め手の焼きそばパン、マヨネーズ入り。160G。」
彼女が声に出して読むと、隣にいたカグラがちらっと顔を向けた。
「またそれかよ。最近、毎朝の恒例になってない?」
「だって……これがね、意外と美味しいのよ?」
セリスティアは袋から焼きそばパンを取り出すと、ふわっと漂う甘じょっぱいソースの香りに目を細めた。
「ソースの甘みと酸味、それに絡むマヨのまろやかさ……パンの柔らかさが絶妙なのよ。こう……朝にぴったりなの」
「朝からその熱量で語れるの、ある意味すげぇよ……」
カグラが呆れながらも興味深そうに覗き込むと、セリスティアはパンを半分にちぎり、無言で差し出した。
「……食べる?」
「食うけど……俺の口から“ありがとう”が出ると思うなよ」
「はいはい、“ありがとう”の代わりに“うめぇ”って言ってくれればいいわ」
そうして焼きそばパンの朝食が、今日も静かに始まった。
そのときだった──
「……あれ?」
カグラの手が止まり、ふと視線を宙に投げた。
「……なんか、この味……前にも……?」
セリスティアが小さく目を見開く。
「なにか……思い出したの?」
──ふと、風が吹いた。
甘いソースの香りが、遠い記憶を連れてきたような気がした。
そして、カグラの表情に、かすかに影が差した。
「……いや、気のせいだ。たぶん」
そう言って、彼はまたパンにかじりつく。だが──
その目は、確かに“過去のどこか”を見つめていた。
焼きそばパンの“あの味”が、ひとつの記憶を呼び起こす。
それが、まだ彼らの知らない物語の始まりになるとは、誰も気づいていなかった。
カグラは、もう一口、パンをかじった。
……やっぱり、なにか引っかかる。
口の中に広がるこの味、ふわっと香るソースと、まろやかなマヨ。
そして──
「……駅前の、あのパン屋……?」
ぽつりと呟いたカグラの言葉に、セリスティアが首を傾げる。
「なに?」
「いや……思い出せないんだけど。ガキの頃、家から逃げ出して、駅前でボケッとしてたことがあってさ。腹減って死にそうなときに、誰かが……」
ふと、脳裏に浮かぶのは、小さな手と、にこっと笑う顔だった。
「これ、あげるね! いっぱい入ってて、おいしいよ!」
そう言って差し出されたのは──
そう、今まさに食べている、焼きそばパンだった。
「誰だったんだろうな、あれ……」
カグラはパンの包みを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「よく覚えてるわね、そんな昔のこと」
「いや、逆。思い出せなかったんだよ、ずっと。でも、今、食べた瞬間に……こう、どかんって」
セリスティアはしばらく考えるように黙り込んだあと、小さく笑った。
「焼きそばパンって、そんなに記憶に残る食べ物なのね」
「いや、食べ物のせいっていうか……たぶん、そのときの“気持ち”だと思う」
そう言ったカグラの顔は、どこか照れくさそうだった。
「腹が減ってて、泣きそうで、でも焼きそばパンもらったらさ。──なんか、どうでもよくなったんだよな。世界とか」
「……それ、いい話ね」
「うーん。話のオチとしては、弱いけどな」
「いいのよ、オチなんてなくても」
──記憶のにおいは、思い出と一緒に、そっと心に残る。
ソースの香りとマヨネーズの味が、昔の誰かとカグラを、今、静かにつなぎ直していた。
セリスティアは、食べかけのパンを持ったまま、少し考え込んだ様子で呟いた。
「……ねえカグラ。包み紙、見せてくれる?」
「え、これ?」
彼女に言われるがまま、カグラは焼きそばパンの包み紙を差し出す。
セリスティアはそれを受け取り、包みの裏側を指差した。
「ほら、ここ。製造元の住所、“アスト街道南区・8丁目1番地”って書いてある」
「……なんか聞き覚えあるな、それ。てか、それって──」
カグラの瞳が、一瞬で見開かれた。
「昔住んでたとこの、隣のブロックだ……!」
「もしかしたら、同じパン屋さんかもしれないわね」
「いや……そうだ、あの店の名前、“パングレイル”だった! 確かあのとき──」
突然、言葉を切って立ち上がるカグラ。
「行くしかない、今から!」
「え、ちょ、ちょっと!? パン食べ終わってないわよ!」
「このままじゃ気になって夜も眠れねぇ!」
──というわけで、ソースとマヨの魔力に導かれ、ふたりは突如として“記憶のパン屋”を探す小旅行に出ることに。
セリスティアはパンを片手に慌てて後を追いながら、小さく笑った。
「……ホント、焼きそばパンが人生動かしてるのよね、あなた」
カグラとセリスティアがたどり着いたのは、街外れの静かな通り。
時間がゆっくり流れているかのような、どこか懐かしい雰囲気に包まれていた。
「ここだ……」
カグラが足を止めた先には、木製の小さな看板が掲げられていた。
──Bakery Pangrail
風雨に晒されて色褪せたその文字を、カグラはじっと見つめる。
「……間違いねえ。俺、ここで“初めて”焼きそばパン食べたんだ」
セリスティアは無言で頷くと、そっとドアのノブに手をかけた。
──カランコロン♪
小さなベルの音が鳴り、店の中にあたたかな空気が流れ込む。
焼きたてのパンの香り。柔らかな陽の光。
奥から、やや年配の女性が現れる。
「いらっしゃいませ……あら?」
その顔を見た瞬間、カグラは一歩踏み出していた。
「……おばさん。俺のこと、覚えてる?」
「…………え?」
女性は目を瞬かせ、じっとカグラの顔を見つめる。
そして、ふっと微笑んだ。
「……あらまあ、あの時のちびっこ! 久しぶりねえ!」
カグラの顔が、パッと明るくなった。
「やっぱりだ……! あの時の焼きそばパン、俺、今でも忘れてねぇよ!」
「ふふ、うれしいわあ。あれね、今でも出してるのよ。“マヨ入り・特製ソース”って名前でね」
セリスティアがくすっと笑いながらカグラを見た。
「出会い直しって、あるのね。パンひとつで」
小さなテーブルに腰掛けたカグラの前に、懐かしの焼きそばパンが置かれた。
──ふんわりとしたパンの中に、濃厚な特製ソースをまとった焼きそば。そして、端から少しのぞくマヨネーズ。
「……これだ。変わってねぇ」
カグラはゆっくりとパンを手に取ると、一口かじった。
──じゅわっと、甘じょっぱいソースの香りが広がる。
マヨネーズのまろやかさがそれを包み込み、パンの柔らかさがすべてを優しくまとめていた。
「っ……!」
一瞬、何かが胸の奥で弾けた。
あの時──
家に帰るのがつらくて、何も持たずに逃げ出して、ひとりこの街を彷徨っていたあの頃。
雨に濡れていた自分に、この店のおばさんが声をかけて、
「お腹空いてるでしょ」と言って渡してくれたのが、この焼きそばパンだった。
「……おいしかったんだ。あの時、死ぬほど泣いたけど、このパンだけはめっちゃ美味かった」
「うん……」と、セリスティアもそっと頷いている。
「パンって、あったかいんだなって、思った。──あの時、初めて」
おばさんは静かに微笑んだまま、何も言わずカグラの前に小さな紙袋を差し出す。
「旅のお供に、もうひとつ持っていきなさいな。うちの焼きそばパン、ずっとここで待ってるから」
カグラは深く頭を下げた。
「……ありがとう」
焼きそばパンひとつで思い出した、あの日の優しさと、あの時の自分。
そして、今ここにいる自分。
店を出たカグラは、紙袋を肩にかけてふっと息をついた。
セリスティアは、彼の横でにこにこしながら歩いていた。
「……意外だったな。カグラがそんな“切ないエピソード”持ってるなんて」
「うるせーよ。言ってみただけだ」
「言ってみただけで泣きそうになってたよね? ほっぺ、ちょっとソースついてたよ?」
「それはただの食いしん坊だろ……てか、お前、マヨネーズ直舐めすんな!」
セリスティアが、買ったばかりの焼きそばパンからマヨだけを抜き取って満足そうにしていた。
「だって、ここのマヨおいしすぎるんだもん……あ、ソースとマヨを別売りしてくれないかな?」
「どんな買い方だよ!?ていうかパン本体どこ行った!?」
「……あ、鳩にあげちゃった」
「パンの本体を鳩にあげるな!!」
──と、そのとき。
カグラのポケットで、謎の通信機がピコンと光る。
《こちら観測機関第七層、焼きそばパンの摂取頻度に異常値を確認──コードネーム:カグラ、パン依存症ステージ4と認定》
「ちょ、ちょっと待て!?オレだけ!?今の会話的に絶対そっちだろ!?」
「私はパンじゃなくて、ソースとマヨに依存してるからセーフ♪」
「いや、もっとアウトじゃねぇか!!」
二人の笑い声が、午後の陽だまりの中に溶けていった。
風が吹く。
焼きそばパンの香りが、またふたりを繋ぐ。
たかがパン。──でも、そこに詰まっているのは、思い出と優しさ、そして今日の幸せ。
「……また、買いに来ような」
「うん。……次は、ポテトサラダ入りが食べたいな」
「また変なの出すなーっ!」
──終わり。
ガチギャグばかりが続いたので、少しやわらかめの日常回にしました。
パンひとつで人の記憶が揺れる──って、ちょっといい話風にしてみたけど、結局マヨでオチてるのはご愛敬。
次回はまたバグに振り切れるかも?




