保護者、やめてもいいですか?2
今回はセリスティアの“保護者としての葛藤”に少し踏み込んでみました。
バグギャグが続く中で、ちょっとだけ真面目なやりとりを混ぜたことで、カグラとセリスティアの関係がほんのり深まった……かも?
でも結局、最後はパンがしゃべるんだよな……。
白の庭園──
朝の空気は、まるで昨日の騒動などなかったかのように澄みきっていた。
けれど、セリスティアの心は、ちょっとだけ曇り気味だった。
「……はぁ」
ベッドの上でごろんと仰向けになりながら、彼女は長い金髪を無造作に手で梳いた。
「なんで私、毎日パンに振り回されてるのかな……」
そのとき──
「セーレースティアぁ~! 焼きそばパンあった? なかった? どこかの異世界に行ったりしてない?」
例のテンションで現れたのは、もちろん彼。
チート能力(物理)+行動力の権化・カグラ=シノノメ。
「いま、寝起きでテンション死んでるから静かにしてくれる?」
「え、珍しく機嫌わる……あれ? 泣いてる?」
「泣いてない!」
顔を伏せたセリスティアの肩がぴくっと揺れる。
「……本当に、やめようかなって思ってるの。保護者」
「まじで?」
思わずカグラが正座した。
「そりゃ……最近のパン情勢は、俺も正直やばいと思ってる」
「そこじゃないの!」
セリスティアは勢いよく立ち上がり、ドアをバンッと開ける。
「今日は! 私、一日考えるから!! 一人にして!!」
「え、えええ!? パンの相談もできないの!?」
「パンじゃない! カグラの話!!」
──そして彼女は部屋を飛び出した。
残されたカグラは、焼きそばパン片手にぽつりと呟く。
「……やっぱ、俺って保護対象として手強いのかもな」
そのパンは、今日もちょっと温かかった。
白の庭園の中庭。
セリスティアは噴水の縁に腰掛けて、ぽつりとパンをかじった。
──カグラのじゃない。あえて、トースト。バターの香りがやさしい。
「……最初は、ただの好奇心だったんだよね」
回想が始まる。
あの日──魔王軍に囲まれて、絶体絶命だったカグラを「保護者になります!」と勢いだけで宣言した自分。
「……いや、あれはむしろ口が勝手に動いたような……?」
そこから始まった、焼きそばパンまみれの日々。
世界が崩壊しようとしているのに、彼は“今日の昼メシ”で頭がいっぱいだった。
「……あのときは、パンデミックで空から食パンが降ってきて……」
「“浮遊パン大陸”が発生して……」
「“始祖パン”がしゃべりだして……」
言葉にするほど頭が痛くなる。
「どうして私……全部付き合ってたんだろ」
パンと一緒に、思い出も噛みしめていた。
そのとき──
「やっぱ保護者やめる?」という声が、空から降ってきた。
「カグラ!?」
見上げると、焼きそばパンを片手に、ホウキみたいな飛行術式で彼が浮かんでいた。
「セリスティアが悩んでるときこそ、焼きそばパンだと思って」
「違う!!」
「違う!?」
思わず吹き出してしまう。
「……本当に、なんでこうなるのよ」
パンと彼のせいで、まともな悩み方すらできない。
でも──
「……まぁ、こういうのも、悪くないか」
口元が、ほんの少しだけ、笑っていた。
「……このままじゃ、ダメかもしれない」
セリスティアは庭園の小道を歩いていた。
心の中で何度も反芻する。
“保護者”って、そもそも何だったのか。
カグラを守ること? 支えること? ツッコミ役になること?(たぶんこれ)
「私がいなくても……案外、アイツって大丈夫なのかも」
──そのとき。
「なあ、セリスティア。いま“やめる”って考えたでしょ?」
「……!?」
頭の中に、ダイレクトに声が響いた。
どこか無機質で、メカニカルで、バグっぽいトーン。
「え、だれ!? っていうか脳内に直接ツッコミ入れないで!!」
視界の隅が、ノイズみたいにちらつく。
花壇が一瞬、バグ文字の羅列に見えた。
《保護者_役割_破棄_確認》
《再割り当て:パン(エラー)》
《再割り当て:観測対象→セリスティア本人(仮)》
「……何これ。私のターン始まるの!? 保護者の座、そんな感じで移譲されるの!?」
慌ててカグラを探そうとするが、目の前に現れたのは……
「──やあ。再契約に来たよ」
なぜか、焼きそばパンにネクタイをつけた“パン紳士”だった。
「は??」
「セリスティアさん、保護者をやめるなら、代わりに“パンがあなたを保護”します」
「嫌すぎる!!!」
もはや何が現実で何がパンなのか。
セリスティアは、ふらふらと空を見上げた。
「……バグって、ほんとどこまでもついてくるのね」
そして静かに言った。
「ちょっとだけ……本気で、やめようかと思ったよ」
空はまだ晴れていた。
でも、セリスティアの心は、少しだけ曇っていた。
「……あれ?」
焼きそばパン片手に、庭園のベンチに座っていたカグラは、
ふと、違和感を覚えた。
セリスティアが──いない。
いや、ただ居ないだけならよくある。彼女は勝手にふらっとどこかへ行く。
でも今は、なんかこう、空気が違う。
「……あの感じ、たぶん“やめるかもモード”だ」
直感が、警報を鳴らしていた。
「このままじゃ、保護者やめられる……!
オレ、保護者なしで世界バグらせる系男子になる……!!」
焼きそばパンを床に落としそうになって、あわてて拾う。
「うお、あぶね。セリスティアに“食べ物を粗末にしない!”って怒られるとこだった……」
その瞬間──気づく。
「あ、もう怒ってくれる人がいなくなるって、こういうこと?」
なんか……さみしい。
世界がバグっても、宇宙人が攻めてきても、
魔王軍が会議を押しつけてきても──
全部セリスティアがツッコミ入れてくれてた。
「まさか……オレ、めっちゃ依存してた?」
思わず立ち上がる。
「やべぇ……ちゃんと、ちゃんと話し合わないと!」
と、そのとき。
「──あら、珍しく真面目な顔してるじゃない?」
振り向くと、セリスティアがいた。
少しだけ、表情が硬い。
「あのさ……ごめん」
「え?」
「オレ、保護者って“便利な盾”ぐらいに思ってたのかもしれない」
「……」
「でも違ったわ。お前がツッコミ入れてくれるだけで、だいぶ世界まわってたわ」
少し沈黙があって──
「……もうちょっと、話す?」
「うん。頼む。保護者、やめられたら普通にメンタル終わる」
「……そこまで!? というか自覚あったのね、それ」
ちょっと笑ったセリスティアを見て、カグラもほっとする。
「焼きそばパンあるけど、食う?」
「まずは、話してから」
「ですよね〜」
──そして、二人の距離は少しだけ近づく。
バグはまだ治らないけど、それでも。
セリスティアは、静かにカグラの向かいに腰を下ろした。
「ねえ、カグラ。あなたにとって、“保護者”って何?」
「うーん……焼きそばパンくれる人?」
「それは“パン屋”じゃないかしら?」
「じゃあ、ツッコミ入れてくれて、バグってもついてきてくれて、保護してくれて──
焼きそばパンくれる人?」
「パン屋だわ、完全に。」
そんなくだらないやりとりを挟んで、ふたりの間に、少しの沈黙。
「……でもね、私にとっての“保護者”って、もうちょっと違うの」
「え?」
「あなたがバグって、周りが混乱して、何もかも崩れてくとき──
私がそばにいて、“だいじょうぶ”って言ってあげたいの。
あなたが世界を壊しても、私はその真ん中で、“戻れる場所”でありたかった」
「……」
「でも、最近は……ちょっとだけ、怖かった。
“この人、どこまで行くんだろう”って。
“保護者”って肩書き、どこまで通用するのかって」
カグラは、黙ってそれを聞いていた。
何かを言いたそうにしながらも、言葉が出てこない。
「だけど──やっぱり、私はあなたの“保護者”でいたい」
「セリスティア……」
「だって、あなたがこの世界でどれだけ“意味不明”でも……
いちばんそばで“意味あるもの”にしていけるのは、私だと思ってるから」
「……パンの話してる?」
「違うわよ! 今は真面目なとこでしょ!」
「……ありがとな」
「もう、しっかりしてよね」
ふと、セリスティアが手を差し出す。
カグラは、その手を取った。
世界はまだバグってるけど。
それでも、二人の間には、ひとつの“秩序”が戻っていた。
夜が更けていく。
カグラとセリスティアは、白の庭園の縁側に並んで腰を下ろしていた。
「結局、今日もバグったけど……まあ、元に戻ったし?」
「“元に戻った”の定義がどんどん雑になってる気がするわ」
「細けぇことは気にすんなよ。焼きそばパンでも食う?」
「……食べるけど。もはや私も“保護者”というより“被害者”に近いわよ」
ふたりは、焼きそばパンを半分こにしてかじった。
その味は──たぶん、どこかズレてたけど、ちょっとだけ、あたたかかった。
「……ところで」
「ん?」
「なんか……パンがしゃべった気がするんだけど、気のせい?」
「えっ、それ俺のスキルのせいじゃないぞ!? たぶん! 多分な!」
その瞬間──
カグラの手の中で、焼きそばパンがむくりと起き上がった。
『……我は、“パンの意志”を継ぐ者……この肉体に宿りし、始まりのバグ……』
「うわーーーっ!? なんか始まったーーーっ!!」
「だから言ったじゃないのーーーっ!!」
──終わったかに思えた一日が、またバグって始まる。
保護者って、大変。
「バグってるけど、信じたい」
そんな気持ちでセリスティアは保護者を続けることを選びました。
そしてカグラは、バグりながらも“保護される側”として、ちゃっかりパンを食べてます。
このふたり、たぶん世界が崩れても笑ってる気がする。




