その男、世界に意味を問う
お読みいただきありがとうございます!
今回は、魔王軍パン戦争編(?)の後、ちょっとだけ雰囲気の違う“意味深な出会い”のお話です。
ついに登場、謎の新キャラ・シオン=ヴァレア。
世界の外側にいるような男と、いつも通りパンを食べてるだけのカグラ。
テンション差がすごいけど、なんか妙に噛み合ってるような、そうでもないような──
不思議なバランスで進んでいきます。
パンは、いつも通り安定の存在感です。
──平和だ。
いや、正確に言うと、「パンが爆発してないから平和」くらいの意味だけど。
《せれす亭》は、いつもの空をのんびり飛んでいた。
目的も特になく、ただ風に流されている感じ。
「……ようやく静かになったな〜」
カグラは、屋台の縁に腰掛けながら、
片手に焼きそばパンを持って──もう片方で、それを食べていた。
「いやぁ、平和って……うめぇな」
焼きそばパンのソースが、ぽたっ、と空に落ちる。
下には何もないから、たぶん誰にも迷惑はかかってない……はず。
セリスティアが屋台のカウンター越しにカップを置いた。
「でも、なんか……気になるのよね」
「何が?」
「空間の“密度”が、少しずつ変わってきてる気がする。
……たとえば、ほんの少しだけ、光の反射が変わったり」
「ほえ〜。で、それパンに関係ある?」
「ない。多分」
「じゃ、俺の担当外だな(モグモグ)」
「何その役割分担」
ミルミが、謎にバネみたいな動きで飛び跳ねながら現れた。
「ねぇねぇ、あっちの空の端っこで、なんか落ちてるパンみたいなの見えたよ〜!」
「またかよ!? いや、それは確定パンなの!?」
「多分、パンっぽい“なにか”。もしくは、パンの概念が具現化した系!」
「やべぇな!? 情報が全部信じられねぇ!!」
セリスティアがふっと真顔になる。
「……けど、たしかに。“あそこ”だけ、妙に視線が滑る」
「視線が滑る!?」
「たとえば、そっちを見ると……何もないようで、“何かを忘れさせられる”感じがするの」
カグラがパンをかじったまま立ち上がる。
「忘れさせられる? いやでも俺、何も覚えてないけど?」
「……それはそれで問題なんだけど」
《せれす亭》が、ゆるやかにその方向へと旋回する。
そして──
“そこ”に到達した瞬間。
ミルミが、ピタッと止まった。
「……あ、いる」
「誰が?」
「人。ひとり。……ずーっとそこに座ってる。
でもね──さっきまで、絶対いなかったのに」
セリスティアが端末を覗き込む。
「反応、ゼロ。魔力も、気配も、ログすらも──何もない」
カグラがパン片手に屋台の外へ出て、ふらっと近づいていく。
風が止まったような静けさの中、そこに“男”がひとり、
静かに、まるで存在そのものを“隠すように”座っていた。
──黒いローブ。
──伏せた顔。
──片目を覆う印のような封印。
「……あれ、おっさん?」
カグラが声をかける。
「パン、食う?」
──その男は、ゆっくりと顔を上げて、言った。
「君は──“なぜそれを食べられる”?」
「出た、意味深!!!!!」
「……君は──“なぜそれを食べられる”?」
謎の男の問いに、カグラはふつうに返した。
「え? 朝ごはん抜いてたから?」
「…………」
沈黙。
静寂。
風すら吹かない。
男の雰囲気は、ただでさえ重いのに、空間まで無言で従っている。
セリスティアが、屋台の陰から小声で言う。
「カグラ……その人、たぶん普通じゃないわ」
「いや見りゃわかるけど!?
普通の人はパン見て“なぜそれを食べられる”とか聞かないって!!」
カグラが恐る恐るもう一口パンをかじると──
空気が、“バチッ”と揺れた。
「うおっ!?」
「……なるほど」
男はぽつりとつぶやいた。
「君は……“意味の外側”にいる」
「おい、ちょっと何言ってるかわからないぞ!?
パンに外側とか内側とかある!?!?」
男は立ち上がる。
長い黒髪が風に揺れ──その目は、まるで万象を見通すかのような、どこか壊れた静けさ。
「“食う”という行為が、ここまで世界に波紋を与えるなど──
君という存在は、やはり“意味”から逸脱している……」
「……いやマジで何言ってんの!? 焼きそばパンだよ!?」
そこにミルミがぴょこっと現れる。
「わー、哲学的な人だね〜! ねぇねぇ、名前は?“焼きそばパン信仰者第3号”とか?」
「違うだろ絶対!!!!」
男はようやく名乗った。
「……私は、“シオン”。ただそれだけだ。
もともと、何者だったかも……思い出せない」
セリスティアが慎重な口調で言う。
「記録に……いない。完全に“観測外”の人間……」
アロマだったら即ログを取ってるだろう。
でも今ここにアロマはいない。
だから、代わりにパンのかけらが風に舞った。
「君の隣にいて……世界が崩れたなら、
私の存在が“何か”だったと知れるかもしれない──」
シオンがそう言って、カグラの隣にすっと立つ。
「いやいやいやいやいや!!
何? 俺、なんか“試金石”みたいになってない!?!?」
ミルミはにこにこしながらカメラ(?)を構える。
「わーい!記念写真撮ろー!パン片手に友情の芽生え!」
「違うからな!?!? パンと意味の対話じゃないからな!!!」
──こうして。
カグラの隣に、世界の“外側”から来た謎の男──シオンが加わった。
──屋台の影。
セリスティアは、腕を組んだままじっと“シオン”を見つめていた。
「……間違いない。この人、“空間に存在してる”のに、
“世界の記録”に残ってない」
「え、そんなことある? 消しゴム機能付きの人なの?」
「もっと厄介よ。“最初から観測されてない”の。
つまり、“いなかったはずの人間”」
カグラは特に深刻な顔もせず、普通にパンをかじっている。
「で、そういう人に近づかれた場合、どうすればいいの?」
「……普通は避ける。絶対に関わらない。
けど──」
セリスティアは、ふと口元に笑みを浮かべる。
「──あなたには、通用しないかもね。“普通”って言葉」
「うん、通用しないね。だって今、
俺“焼きそばパンくわえながら意味の外側にいる”って言われたし」
シオンは、相変わらず淡々としたまま。
「君の言葉は、定義が曖昧だ。だが、曖昧だからこそ“届く”こともある」
「急に詩的なこと言い出した!? え、これ口説き文句なの!?」
「違う。たぶん」
「たぶん!?」
ミルミがシオンのまわりをぐるぐる回りながら言う。
「でも変だね〜! 普通さ、こういう“ヤバそうな人”って、
じわじわ距離詰めてきたりするけど──」
「この人、初手から横に並んでんの!」
「ほんとだー!!カグラの“右隣ポジ”とってるー!!」
カグラが口を尖らせる。
「おい、そこ俺の“なんとなく落ち着く位置”なんだけど」
「……パンの香りが、ちょうど心地よい場所だったから」
「その理由!?」
セリスティアが割って入る。
「で、あなたは──どうしてここに?」
シオンは少し考えるように目を閉じ、そしてゆっくりと答えた。
「……気づいたら、そこにいた。
ただ──“意味を探していた”記憶だけが、残っていた」
「ふつうそこ、“パンが食べたかった”とかじゃない?」
「……パンは結果だった。意味の手段」
「いや“パン=意味の手段”って新しい宗教かよ!!」
セリスティアは、ほんの少しだけ気を緩めたように笑った。
「この人、危険かもしれない。でも──
なんか、“あなたと似てる”のかもね」
「やめて! 変な方向で似てるって言わないで!!」
だが──
そのとき。
屋台の奥で、魔導端末が“ピッ”と小さく点滅した。
【ログ未検出の人物を追跡中】
【新たな観測不能領域、拡大中】
カグラはそれを見ながら、ソースをつけ直したパンをもう一口。
「……なぁ、シオン。お前、ほんとに何者なんだ?」
シオンは答えなかった。
ただ、風の中で──“意味を問うような沈黙”が、
ふわりと揺れた。
──《せれす亭》の周囲に、風が吹いた。
……はずだった。
けれど。
「……音、消えてない?」
セリスティアが、わずかに眉を寄せる。
「風が動いてるのに、木の葉も草も、なにも音を立ててない」
カグラもようやく気づいたらしく、パンを止めて周囲を見渡す。
「……あれ?」
「ん?」
「パンの袋、揺れてない」
その瞬間、周囲が“ぴたり”と静止したような感覚に陥る。
──いや、感覚じゃない。
風の流れ。魔力の粒。鳥の影。
全てが“スロー再生”になっていた。
「……ちょっと、また世界おかしくなってない!?」
ミルミが目を丸くして、ゆっくりと指差す。
「ねえ……あれって、前からあった?」
指の先──
空間の端に、ぼんやりと揺れる“黒い門”のようなものが浮かんでいた。
それは、風の流れすら拒絶するかのように、
存在そのものが“異物”のように見えた。
「……観測不能領域」
セリスティアが呟く。
「間違いない。“シオン”がこの場所に現れて以降、
この空間そのものが、少しずつ“ログ外”にずれてきてる」
カグラはソースを指につけたまま、突っ立ってる。
「いやだから、何が起きてんのこれ!?
俺、パン食べに来ただけなんだけど!?」
すると──
シオンがふらりとその“門”の方へ足を進めた。
「お、おい待て、勝手に突っ込むなって!お前はそういうキャラなのか!?」
「……この場所に“意味”があるなら。
私が見つけた“問い”が、君と重なった理由も──そこにあるはず」
「重なるなぁぁぁああああ!!!」
その瞬間──
門が、シオンの接近に反応したかのように、“ノイズ”とともに揺れた。
そして、周囲の空間が“ゆらいだ”。
まるで、誰かが世界のプログラムを一瞬だけ書き換えたかのような、そんな違和感。
「……なんか、またバグったかも」
セリスティアが隣で小さく呟く。
「この世界、壊れてない……?」
カグラはパン片手に、呆然と“門”とシオンの背中を見つめていた。
──空間が“ゆらいだ”。
まるで、誰かが世界のプログラムを一瞬だけ書き換えたかのような、そんな違和感。
「……なんか、またバグったかも」
「この世界、壊れてない……?」
セリスティアと顔を見合わせたまま、俺たちはしばらく固まっていた。
だが次の瞬間──
「カグラ=シノノメ! そこにいるのはわかっている!」
「出てこい! 魔王軍と接触した件について、王国の正式な取り調べだ!」
うわ、なんか物騒なの来たーーー!!
魔術院の正門前に、めっちゃ重装備の人たちがずらっと並んでる。
え、待って。なんでこっちに全員振り向いてんの?
てか、ここ空中だよね?屋台ごと、なんか着地してない?
ミルミがふよふよと浮かびながら小声で言う。
「パンの重さで、たぶん勝手に下降しちゃった☆」
「パンどんだけ重いの!?!?」
兵士たちは叫び続けている。
「──直ちに屋台から降りて、身柄を拘束されなさい!」
「えーっと……」
俺は手元の焼きそばパンを見つめた。
「……とりあえず、パンだけは食っとくか」
──もぐ。
その瞬間。
“ピシッ”と、空気が割れた。
「また!?!?」
観測不能領域だったはずの“門”が──
まるで、カグラの咀嚼に反応するかのように、じょわ〜っ……と溶けはじめた。
「え、なに? ソースの香りが効いたの!?」
「いや、どう考えても関係あるのおかしいだろ!!」(セリスティア)
シオンが、パンを見て呟いた。
「……この世界は、君を“定義できない”」
「それずっと言ってるけど、つまりどういうこと!?」
魔術院兵「っていうか屋台、なんか空間ごと元の場所に戻ってないか!?」
「戻ってるううううう!!」
周囲の歪みが、ゆっくりと──だが確実に“修復”されていく。
門は消え、空の色はいつもの“ちょっとバグった空”に戻る。
セリスティアの端末が反応した。
【スキル“???”:自動発動】【バグ構造の巻き戻し完了】
「スキル発動したの!?!?」
「いや、してたの!?!?」
「お前、パン食ってただけじゃん!!!」
──“記録されなかった世界”の一部が、またひとつ“なかったこと”になった。
けれど、その痕跡は、確かにここに残っている。
カグラのそばに立つ、ひとりの男──シオン。
「君の存在は、観測できない。意味も測れない。
……だが──美味しそうに食べるその姿は、“真実”に近い」
「え、俺パン食ってるだけで人生褒められてる!?」
──事件は、終わった。
いや、正確には“なかったことになった”。
例の“門”も、空間の歪みも、観測不能領域のログも──全部、綺麗さっぱり消え去った。
だけど。
この男だけは、残っている。
「……本当に、なにも覚えてないのか?」
カグラは、最後のひとかけらを口に入れながら訊いた。
「名前以外、全てが曖昧だ。
ただ……“意味”という言葉だけが、胸にこびりついている」
シオンはそう言って、空を見上げた。
「君を見ていると……わかるんだ。
“意味”が、定義されるものじゃないって」
「……いや、ほんとになに言ってんの?」
「それが、君のすごさだよ」
「いや褒められてんの!? パン食ってただけなんだけど!?」
セリスティアがその様子を見ながら、呆れたように、でもどこか安心した顔で言った。
「……結局、なんだかんだで“いつも通り”だったわね」
ミルミもパンを半分にちぎりながら笑う。
「うんうん! 世界がちょっと壊れて、ちょっと戻って、
ちょっとだけ仲間が増えた回だった〜!」
「お前の要約、なんか妙に的確だな!!」
そのとき。
シオンが、ふっと立ち上がる。
「私は、君のそばで少しだけ……歩いてみたいと思う。
“意味を探す”のではなく、“意味が変わっていく”様を、見てみたい」
「え、なに? それって“旅に同行します”って意味で合ってる?」
「……たぶん」
「“たぶん”ってやめろおおおおおおおおお!!!」
──こうして。
カグラの隣に、“意味を問う男”が加わった。
世界は変わり続ける。
バグりながら。ズレながら。
パンの匂いを漂わせながら。
でも──今は、それでいいのかもしれない。
──次回予告──
『次回 パンがないなら、空を食べればいいじゃない』
(※内容は未定です)
お疲れ様でした!
焼きそばパンは、今回も美味しくいただかれました(世界のバグを添えて)。
新キャラ・シオンは、記憶を失った謎の存在。
寡黙で意味深、でもパンの隣に立つとちょっとマヌケに見えてしまう──そんな彼が、今後どう絡んでくるかは作者にも未知です。
とりあえず、カグラの「パン=世界安定装置」説はさらに強まってます。
次回はまた、ちょっとだけ方向を変えて、“空”をめぐるエピソードへ……?
次回『パンがないなら、空を食べればいいじゃない』(仮)
お楽しみに!




