第8話 ホームパーティー 司視点③
計算通りに盤面は整いつつあった。僕の目の前に座る熱田翔平は、高級なアルコールと、僕の妻である愛莉須から放たれる圧倒的なメスの匂いに当てられ、すでに理性の輪郭をドロドロに溶かし始めている。
彼が隠しきれない下劣な視線を愛莉須の胸元へ送るたび、僕の背筋にはぞくぞくとするような暗い悦びが駆け巡った。
その時、ダイニングテーブルの下で、僕の足元をちょこまかと動き回っていた子犬のテセラが、遊んでほしそうにズボンの裾をくわえて引っ張った。
完璧なタイミングだ。僕は心の中でこの小さな役者を褒め称えながら、困ったような、しかし余裕に満ちた「良き飼い主」の笑みを浮かべて立ち上がった。
「こらこら、仕方ないな。……ちょっとこいつの相手をしてくるよ。翔平、勝手に飲んでてくれ」
僕はテセラを抱き上げ、わざと二人から少し離れた窓際の方へと歩を進めた。
下界の夜景が一望できる巨大なガラス窓。僕は外を眺めるふりをしながら、その冷たいガラスの表面を鏡の代わりにして、背後のダイニングテーブルで繰り広げられる光景を観察した。
司令塔が意図的に作った、圧倒的な死角。翔平は今、「僕の目を盗んで愛莉須と二人きりになれた」という、浅ましくも強烈な優越感に浸っているはずだ。
自らが安全な檻から放たれたと錯覚した獣がどう動くか。僕は夜景に溶け込む自分の顔に、微かな冷笑が浮かぶのを止められなかった。
ガラス越しに映る愛莉須が、空になった翔平のグラスにワインを注ぐために、ふわりと身を乗り出した。その瞬間、緩んだ薄手のニットの襟元が重力に従って前へとたわみ、彼女の豊満な胸の谷間が、翔平の真正面から無防備に開かれた。
グッジョブ!
翔平の肩がビクッと跳ね、その目が見開かれるのがガラス越しでもはっきりとわかった。
息を呑む気配すら伝わってくる。彼の視線は、愛莉須の胸元に完全に釘付けになっていた。
僕はテセラの背を指でなぞりながら、心の奥底で渦巻く倒錯した興奮を反芻した。
翔平の目に飛び込んだのは、ただの谷間ではないはずだ。僕は知っている。今日、愛莉須が身につけているのは、彼女の清楚なイメージとはかけ離れた、毒々しいほどに扇情的な赤いブラジャーだ。
翔平は先ほど、トイレに立った際にわざと開けておいたバスルームの隙間から、清楚な白や淡いピンクの下着が干されているのを目撃しているはずだ。彼の単細胞な脳内では、今目の前にいる愛莉須も、当然そのような貞淑な布切れを身につけていると想定していたはずだ。
だが、実際にその下に隠されていたのは、圧倒的な「女」の欲望を象徴するような赤いレース。その強烈なギャップが、泥臭く直情的な翔平の理性をどれほど完膚なきまでに破壊しているか。
想像するだけで、僕の支配欲と嗜虐心は極限まで満たされていく。
僕という圧倒的な所有者の目を盗み、僕の妻の「秘密の顔」を暴き出しているという背徳感。翔平は今、自分こそがこの状況を支配し、僕を出し抜いていると思い込んでいるだろう。だが、それすらも僕が引いた見えないレールの上での出来事に過ぎない。
彼が愛莉須の赤い下着を見て欲情に脳を焼かれているこの瞬間こそが、僕の描いた最も美しい「データ」なのだ。
親友の卑猥な妄想の中で、僕の妻が汚されていく。その倒錯した感覚が、僕の下半身にじっとりとした熱を集めていく。愛莉須を欲し、狂っていく翔平の姿は、僕にとって極上のエンターテインメントだった。
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「お待たせ」
頃合いを見計らい、僕は意図的に足音を立てて席に戻った。
翔平が弾かれたように肩を揺らし、慌てて視線をグラスへと落とす。顔は朱に染まり、額には変な汗まで浮かべている。「いや、いいワインだな。進んじゃうよ」と震える声で誤魔化す彼の手つきは、ひどくぎこちない。
僕はその滑稽な姿を心のノートに克明に記録しながら、いつもの理知的な笑顔で席に着いた。
会話が再開し、話題は自然と愛莉須が趣味で開いているアロマ教室のことになった。
「最近、多幸感に包まれる不思議なブレンドができたんです」
愛莉須が清楚な微笑みを浮かべて言う。偶然だったとはいえ、先ほどまで翔平に扇情的な胸の谷間を見せつけていたのと同じ女とは思えない流れだ。
「ちょっと、嗅いでみます?」
彼女の提案に、僕はあえて少し意地悪く、見下したような響きを込めて口を挟んだ。
「合法だよね?」
「もちろんですよ。もぅ」
愛莉須がクスクスと可愛らしく笑い、翔平も引きつった笑いをこぼす。僕がこの場を完全に掌握しているという余裕を見せつけるための、軽いジャブだ。僕の一言で場の空気が決定される。翔平はまたしても、僕との圧倒的な格差を肌で感じ取ったはずだ。
愛莉須は両手を首の後ろへと回し、豊かな黒髪を一つに束ね始めた。その無防備な仕草によって、彼女の白く滑らかなうなじが照明の下に露わになる。
僕は横目で、翔平の視線が再び彼女の肌に吸い寄せられ、ゴクリと生唾を飲み込むのを捉えた。本当に、わかりやすい男だ。刺激を与えれば与えただけ、僕の望む通りの反応を返す。
アロマの小瓶を開けた愛莉須は、一滴を手首に落として馴染ませると、テーブル越しに翔平の鼻先へとその細い腕を突き出した。
「はい、どうぞ」
翔平はまるで魔法にかけられたように身を乗り出し、愛莉須の白い手首に顔を近づけた。
僕の目の前で、他の男が僕の妻の肌に鼻を寄せ、その匂いを貪っている。
そのブレンドされたアロマが、彼女自身の生々しい体臭や、人を狂わせるフェロモンと混ざり合っていることを僕は知っている。翔平の鼻腔に、そして脳髄に、愛莉須という「女」の存在そのものが暴力的に叩き込まれているのだ。
「……すごいいい、な。これ」
「多幸感のブレンド……翔平さんにも、伝わったみたいで嬉しいです」
翔平の口から漏れたのは、もはや言葉と呼べるものではなかった。理性を失いかけた獣の、ただの呻き声だ。
僕はワイングラスを静かに傾けながら、その光景を冷徹に、そして内なる熱を激しく滾らせながら観察し続けた。
自分の妻が他の男を狂わせる様を、特等席で見下ろす優越感。翔平が愛莉須の匂いを肺の奥まで吸い込み、彼女を欲すれば欲するほど、僕の中の「支配」のパラメーターは天文学的な数値を叩き出していく。
お前は僕を出し抜いたつもりだろうが、お前が今嗅いでいるその匂いも、見せつけられた胸の谷間も、すべては僕が放置して許した「餌」に過ぎないのだ。
僕という神の盤面で、醜く踊り狂え。僕は、この歪んだ実験の続きが楽しみで仕方なかった。




