第7話 ホームパーティー 翔平視点③
ダイニングリビング。
どうしても、バスルームドアの隙間から盗み見てしまった、あの生々しい洗濯物の残像が脳裏にへばりついて離れない。
清楚な白や淡いピンク色をした、薄いレースの小さな布切れの数々。俺は目の前にいる愛莉須さんが着る薄手のニットの下に、その下着をあてがう妄想を止められなかった。
この豊かな胸の膨らみが、あの頼りない布地で包み込まれている。そう想像するだけで、どうしようもなく下半身に血が巡り、座り方がぎこちなくなっていくのを感じた。
相変わらず司は涼しい顔をして、夜景を背にグラスを傾けていた。全てを俯瞰し、支配しているかのようなその態度は、俺の劣等感を絶えず刺激してくる。だがその時、ダイニングテーブルの下で、子犬のテセラが遊んでほしそうに司のズボンの裾をくわえて引っ張っていた。
「こらこら、仕方ないな」
司は困ったような、だが余裕に満ちた笑みを浮かべて立ち上がった。
「ちょっとこいつの相手をしてくるよ。翔平、勝手に飲んでてくれ」
そう言って、司は子犬を抱き上げ、俺たちから少し離れた窓際の方へと歩いていった。
司が席を外したことで、テーブルには俺と愛莉須さんだけが残された。あの、全てを完璧に見透かしているような司の視線から解放され、俺の心の中に「司の目を盗んで二人きりになれた」という歪んだ優越感が顔を出す。
東京の夜景を見下ろすこの絶対的な格差の空間で、俺にもつけ込む隙があるのではないかという傲慢な錯覚。
「翔平さん、ワイン、空いてますね」
愛莉須さんがふわりと微笑みながら、ボトルを手にして俺の方へと身を乗り出してきた。
その瞬間、世界から一切の音が消え、時間が引き延ばされたような感覚に陥った。
彼女が前傾姿勢になったことで、緩んでいた薄手のニットの首元が、重力に従って前へとたわみ、大きく開いたのだ。俺の視界のど真ん中に、圧倒的な質量を持った暗く甘美な深い谷間が、無防備に飛び込んできた。俺は息を呑み、心臓が肋骨を突き破りそうなほど跳ね上がった。
だが、俺を最も混乱させ、そして熱狂させたのはその先だった。
俺の脳内では、彼女はあのバスルームで見たような、白や淡いピンクの清楚な下着をつけているはずだった。しかし、俺の眼球が捉えたのは、豊満な白い双丘を暴力的に下から押し上げている、毒々しいほどに派手な赤いブラジャーだったのだ。
清楚で控えめな「親友の妻」という殻の下に、こんな扇情的な色を隠し持っていたのか。そのギャップが、俺の理性を木っ端微塵に粉砕した。
緩んだニットの奥に生まれたその暗がりは、単なる衣服の隙間などではない。そこには明確な『引力』が発生していた。
俺の視線が吸い込まれたのではない。部屋の空気も、先ほどまで保っていたなけなしの理性も、社会的なプライドも、すべてがそのわずか数センチの暗黒へと落ち込んでいく。
光すらも逃げ出せないような圧倒的な質量を持つその谷間に、俺は「見ている」のではなく「魂を剥がされている」ような錯覚に陥った。
友人の嫁が、洋服で隠しているはずの下着を装着した姿。それを今、俺が盗み見ている。司を出し抜き、この極上のターゲットの秘密に触れているという抗いがたい背徳感が、俺の喉をカラカラに乾かせていく。
俺は完全に理性を失い、目の前の強烈な欲望に溺れていた。だから、少し離れた場所にいる司が、俺の行為――偶然の産物だが、これに気付くはずはない。親友の妻の胸元を凝視し、欲情にまみれる俺の滑稽な姿など知る由が無いのだ。
「お待たせ」
不意に背後から声が響き、司が席に戻ってきた。
俺はビクッと肩を揺らし、慌てて視線を自分のグラスへと落とした。変な汗が全身から吹き出し、心臓の音が外まで聞こえてしまうのではないかと焦る。
「いや、いいワインだな。進んじゃうよ」
俺は声の震えをなんとか誤魔化すように、注がれたばかりのワインを喉に流し込んだ。高いアルコールが胃を焼き、俺の酔いをさらに深めていく。
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司が戻ってくると、話題は愛莉須さんが趣味で開いているというアロマ教室のことになった。
「最近、多幸感に包まれる不思議なブレンドができたんです」
愛莉須さんは、先ほどと変わらぬ清楚な微笑みを浮かべてそう言った。さっきまであんな派手な赤色を覗かせていた女と同一人物だとは到底思えない。その二面性が、さらに俺の心を掻き乱す。
「ちょっと、嗅いでみます?」
その言葉に、司がいつもの嫌味のない、だがどこか見下したような笑顔で茶化すように口を挟んだ。
「合法だよね?」
「もちろんですよ。もぅ」
愛莉須さんがクスクスと可愛らしく笑い、それに合わせて俺も引きつった笑いをこぼす。司は軽口を叩いているが、俺の頭の中はまださっきの赤いブラジャーの残像で支配され、さらに欲していた。
すると、愛莉須さんは両手を首の後ろへと回し、豊かな長い髪を一つにまとめて縛り上げた。
職人が自分の技術を見せる前の気合を入れるそれだ。その無防備な仕草によって、彼女の白く滑らかなうなじが照明の下に露わになる。その首筋の艶やかさに、俺はまたしても視線を奪われ、生唾を飲み込みながら凝視してしまった。
彼女の一挙手一投足が、俺の男としての本能を執拗に刺激してくる。
髪を束ねた愛莉須さんが、アロマの小瓶を開けて自らの手首に1滴落とす。
少しなじませて、テーブル越しに俺の鼻先へと、自らの細い手首をすっと突き出してきた。
「はい、どうぞ」
俺は抗うことなどできず、吸い寄せられるように身を乗り出し、その白い肌に顔を近づけた。
鼻腔を抜けたのは、ただのアロマの香りなどではなかった。調合された香りに混ざって、彼女自身の生々しい体温、肌の匂い、そして人を狂わせるような女の甘い香りが、ダイレクトに俺の脳髄を殴りつけてきたのだ。
あまりにも近すぎる距離。彼女の脈打つ手首の感触すら伝わってきそうなその状況で、体臭と混ざり合ったむせ返るような香りを直接嗅がされた俺は、頭の芯が痺れるような感覚に襲われた。
司という圧倒的な存在の隣で、俺は完全にこの狂おしいほどの魅力に支配され、なけなしの理性を激しく揺さぶられていた。
彼女の白い手首から立ち上る、甘く、それでいて脳の奥を痺れさせるような香りが、俺の鼻腔を暴力的に支配していた。
「……すごいいい、な。これ」
語彙力が霧散し、そんな阿呆みたいな言葉しか出てこなかった。アロマの香りというよりは、彼女という存在そのものを煮詰めたような、逃げ場のない芳香。
司の目の前だというのに、俺は彼女の肌に鼻を押し付け、その体温ごと全てを吸い尽くしたいという衝動に駆られていた。
愛莉須さんは、俺の反応に満足したのか、ふふっとかわいい声で笑い、ゆっくりと手を引いた。
「多幸感のブレンド……翔平さんにも、伝わったみたいで嬉しいです」
そう言って彼女は、一つに縛り上げた髪を解いた。さらりと流れる黒髪から、また別の甘い匂いがリビングに広がる。司はそんな俺たちの様子を、まるで実験動物の反応を記録する研究者のような、冷徹なまでに穏やかな目で見守っていた。




