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第6話 ホームパーティー 愛莉須視点②

 ワインの杯が進み、会話は高校のサッカー部時代の思い出へと流れていった。

「昔からそうだよな」


 司が赤ワインの入ったグラスを静かに揺らしながら、翔平さんを真っ直ぐに見据えて言う。


「僕が中盤で全体の状況を見てパスを出す。で、翔平が泥臭くゴールを奪う。僕はセットアップするだけで、美味しいところを持っていくのはいつもお前だった」


 柔和な笑顔のまま語られるその言葉の裏に隠された猛毒に、翔平さんは気づいているのだろうか。

 私は静かに微笑みを保ちながら、司の横顔を盗み見た。


『お前が手に入れる獲物は、すべて僕が計算して用意してやったものだ』


 そう言外に告げ、マウントを取っているのが痛いほどよくわかる。表向きは「友人を誰よりも大切にする寛大な男」を演じながら、内面ではすべてが自分の思い通りに動くことに至上の悦びを感じている司。友情などという美しい言葉は、彼にとっては盤面を飾るための飾りに過ぎない。


 でも、だからこそいいのだ。司がそうやって傲慢に場を支配しようとすればするほど、私の欲望を満たすのにうってつけの状況が出来上がる。司が用意した「獲物」であるこの私を、翔平さんがどう泥臭く奪おうとするのか。そして、それを俯瞰しているつもりの司が、最終的にどう歪んでいくのか。


 しばらくすると、微かなモーター音と共に、部屋の空気がじっとりと熱を帯び始めた。

 司が手元のスマートリモコンで空調の温度を上げたのだ。同時に、彼は翔平さんと私のグラスに、今までよりもアルコール度数の高い、とろりとした赤ワインを次々と注ぎ足していく。


「まあまあ、今日は翔平の栄転祝いなんだ。遠慮せずに飲んでくれ」


 有無を言わせぬ響き。これが司からの「無言の指図」だ。

 彼は自分が仕掛けたこの盤面で、私がどう動くかを期待している。私を極上の餌として配置し、翔平さんの理性を削り取ろうとしているのだ。


 本当に、悪い夫。


 でも、それを望んでいるんでしょう?私は白魚のような指先でパタパタと首元を仰ぎ、わざとらしく小さく息を吐いた。


「……なんだか、少し暑くなってきちゃいましたね」


 アルコールのせいだけではない熱でほんのりと頬を火照らせながら、私は羽織っていた淡い黄色のカーディガンをゆっくりと、焦らすように脱いだ。


 あらわになる、薄手のニット姿。首元も腕も隠れているのに、だからこそ、布越しに主張する胸の膨らみが際立つように計算された服。

 正面に座る翔平さんの視線が、電灯に集まる羽虫のように吸い寄せられ、私の胸元へ釘付けになるのを感じた。動揺して慌ててワインを呷る彼の喉仏が、ゴクリと上下する。

 部屋の中に、私の体温と混ざり合った甘い香りが満ちていく。他者の理性を狂わせ、破滅へと導くための香り。翔平さんの目にはもう、私が「親友の綺麗な奥さん」ではなく、生々しい「雌」として映り始めているはずだ。


 +++


「……ちょっと、トイレ借りていいか?」


 限界に達したのか、翔平さんがたまらず席を立った。


「ああ。そこの角を曲がったところだ」


 司が涼しい顔で廊下を指し示す。

 翔平さんの足音が遠ざかり、トイレのドアが閉まる音が聞こえた。

 私は司と二人きりになったダイニングで、残ったワインを一口だけ舐めた。


 司は事前に、トイレの向かいにあるバスルームの扉を少しだけ開けておいたのを私は知っている。私は司がそうするだろうと計算して、わざと洗う必要ない必要のない下着を洗濯をしていた。そしてその中では、洗濯物乾燥モードの温風に揺られて、私の生々しい下着が干されている。

 清楚な白や淡いピンクの、私の表向きの印象にぴったりと合わせた色合いの布切れ。


 この家に入ってきてからというもの、私の気配を途絶えさせずに目線を送ってきていた彼なら、あの隙間から漏れる匂いと光に誘われ、必ず覗き込むはずだ。他人の家の、親友の妻のプライベートな領域。その背徳感に、あの直情的な男が抗えるわけがない。さあ、どんな顔をして戻って来るのか、早く見せてちょうだい。


 数分後、戻ってきた翔平さんの顔を見て、私は確信した。

 彼の顔は酒のせいだけではない赤みを帯び、その目には、隠しきれない下劣な欲望と飢えが宿っていた。

 席に着いた彼は、明らかに先ほどまでとは違う視線を私に向けてくる。

 上から下まで、私の身体のラインを舐め回すような、ねっとりとした卑猥な目くばせ。

 あの下着を見たのね。あの小さな布切れが、私のこの柔らかな肌を、その奥の秘部を包み込んでいる様を想像して、頭の中を沸騰させているのね。


 突き刺さるようなその視線を感じるたび、私の下腹部の奥底で、熱い痺れが広がっていく。

 表面上は何も気づいていない天然の妻を演じながら、内心ではこの下劣な視線を全身で浴びて、ゾクゾクするような興奮に震えていた。


 そして、私は気づいていた。


 私の隣で優雅にチーズを口に運んでいる司もまた、翔平さんのその卑猥な視線を横目で捉え、冷徹な仮面の奥でじっとりと熱く、歪んだ興奮を滾らせていることに。

 自分の所有物である妻が、親友の汚らわしい想像の中で凌辱されている。その倒錯した感覚に、司の支配欲は満たされ、同時に歪な快楽を得ているのだ。


 私は心の中で、声を上げて笑いたかった。

 私を獲物として差し出し、友人を支配しているつもりの司。

 司を出し抜いて、私を泥臭く奪おうと渇望している翔平さん。


 でも、本当にこの空間を支配しているのは誰?


 翔平さんの剥き出しの欲望と、司の歪んだ嫉妬と興奮。その両方を同時に味わいながら、私はこの絶望と興奮の円環の中心で、さらに深い地獄へと二人を誘い込むための次の計算を始めていた。


(次は、どう狂わせてあげようかしら)


 私は誰にも聞こえない声を内心で発し、ゆっくりと身を乗り出して、空になった翔平さんのグラスへ手を伸ばした。

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