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第34話 居酒屋 司視点②

「本当にいい加減にしろつかさ! お前、自分が何をやってるか分かってるのか? そんな風に力ずくで、彼女をモノみたいに扱って……。愛莉須さんは怯えてるんだぞ! お前のその冷徹な支配に、ずっと悲鳴を上げてるんだ!」


 僕はゆっくりと愛莉須の唇から離れた。


「んっ……司さん……翔平さんの前なのに、恥ずかしい……。でも、ごめんなさい……私、あなたに逆らえない……」


 喜びのあまり従順に従う彼女を抱き寄せたまま、翔平に視線を向けた。愛莉須は僕の胸に顔を埋め、肩を小さく震わせている。その震えが「恐怖」によるものか、それともこの喜劇への「歓喜」によるものか、僕以外の誰が正確に測れるだろうか。


「怯えている? 僕にはそうは見えないが。翔平、君は相変わらず『観測』の精度が低いな」


 僕は唇の端を吊り上げ、涼しい顔でコーヒーカップを置き、代わりに左手首の最新型スマートウォッチの画面を操作した。


「翔平、お前が愛莉須と二人でパフェを食べて興奮しているとき、愛莉須の体温が何度上がったか、心拍がどう乱れたか、僕はすべてリアルタイムで共有している。お前が彼女を想って悶えるたびに、彼女は俺の腕の中で最高の声を出すんだよ」


 僕が翔平を完全に打ち負かすためのフィナーレを、愛莉須が待ち構えているのがわかる。


「君がさっきから口にしている『愛情』だの『心』だのという曖昧な概念は、僕にとってはノイズでしかない。僕はね、もっと残酷で、もっと確実なものを信じているんだ。それは――『事実』という名のデータだよ」


 僕は翔平の目の前に、スマートウォッチの画面を突きつけた。そこには、愛莉須の身体に装着させたスマートウォッチからリアルタイムで送られてくる、いくつかのグラフが表示されていた。


「これを見ろ、翔平。これは愛莉須の心拍数と体温の推移だ」


 翔平の目が、画面に表示された青と赤の折れ線グラフを捉える。


「この最初の小さな山……これは、カフェで君が彼女の手首を持ち上げ、『一人の女性として見てる』と甘い台詞を吐いた時の数値だ。心拍数は八十前後。体温の変化も微々たるものだ。つまり、彼女の身体は君の言葉に何一つ反応していなかった。退屈な営業トークを聞かされている時と大差ない数値だよ」


 翔平の顔が、屈辱でドス黒く歪む。僕は構わず、次の鋭いピークを指差した。


「そして、この急激な上昇。これは今、僕が彼女を抱き寄せ、君の目の前でチョーカーを引き寄せてキスをした時の数値だ。心拍数は百三十を超え、体温は一度近く上昇している。……わかるか、翔平? 君が必死に捧げた『精神的な救済』よりも、僕が今与えている『絶対的な支配』の方が、彼女の身体を激しく昂らせ、多幸感を与えているんだよ」


 翔平は言葉を失い、金縛りにあったようにその場に立ち尽くした。彼が唯一の拠り所にしていた「彼女と心を通わせた」という幻想が、僕の得意とする冷徹な数字とデータによって、完膚なきまでに粉砕されていく。


「やめて、司さん……! そんなもの見ないで……私、ただ、司さんが怖くて……っ」


 ふふっ。愛莉須は僕からの深い欲求に興奮して怖くなるほど喜んでいる。


「彼女が望んでいるのは、君のような甘いヒーローごっこじゃない。僕という神の盤面で、逃げ場のない支配に縛られ、その背徳に酔いしれることなんだ。お前のヒロイズムなんて、この客観的なデータの前ではひどく滑稽で無価値だ」


 翔平は力なく椅子に座り込んだ。絶望が彼の全身を侵食し、反論の言葉すら浮かばないようだった。僕と愛莉須の間に流れる、常軌を逸した支配関係。その深淵に触れた彼は、自分がどれほど無力なピエロに過ぎなかったかを思い知らされている。


「さて、お喋りが過ぎたかな。翔平、君との『親友ごっこ』も、今日で終わりだ」


 僕は懐から財布を取り出し、無造作に数枚の万札を抜き取った。そしてそれを、テーブルの下で震える翔平の顔に向けて投げつけた。


「お前みたいな底辺が、僕の妻に勝手に発情し、必死に手を伸ばして踊る様は、極上のエンターテインメントだったよ。これは、僕を楽しませてくれた分のチップだ。この金で安い風俗にでも行って、その惨めな劣情を処理してくるといい」


 万札が翔平の頬をかすめ、床に散らばる。


「役目は終わった。もう二度と、僕たちの視界に入るな」


 冷たく言い放つと、翔平の目に、絶望とは別の暗い光が灯った。それは、積み重ねられた劣等感と屈辱が臨界点を超え、どろりとした「狂気」へと変貌した色だった。


「……こんなもの、いらねえよ」


 翔平は床の札を拾い上げ、僕の胸元に叩き返した。


「絶交だ、司。お前は……お前だけは絶対に許さない。愛莉須さんは、俺が必ず守ってやる……!」


 吐き捨てるようにそう言うと、彼は震える足取りで立ち上がった。僕はその背中を、勝利を確信した支配者の笑みを浮かべて見送る。


「後悔するなよ、翔平。僕を出し抜けるだけの知恵が付いたら、いつでも遊んでやるよ」


 僕は彼が店を出るのを待つ必要すら感じず、会計のためにカウンターへと向かった。背後で愛莉須が翔平の裾を掴み、何事か囁いている気配がしたが、どうせ敗者への最後の手向けでもしているのだろう。


 愛莉須の鼓動、翔平の絶望。全ては僕の盤面上にある。僕は今夜の寝室での『報酬』を愉しみにしながら、満足感と共にレジへと歩みを進めた。

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