第28話 カフェ後 司視点
夜の帳が下りたタワーマンションの静寂なリビング。間接照明の薄明かりの中、僕は大理石のテーブルの上に一枚のレシートを静かに置いた。
先ほど、愛莉須のバッグから見つけ出したものだ。今日、表参道のカフェで僕が意図的に席を外した後、彼女が追加で会計したレシート。そこには「ブレンドコーヒー×2」「パフェ×2」という無機質な印字が並んでいた。
僕は寝室からパジャマ姿で出てきた愛莉須を呼び止め、テーブルの上の紙切れを指差した。
「愛莉須。これはなんだ?」
僕は声を限界まで低くし、冷気を孕んだ響きを作った。愛莉須はレシートを一瞥すると、ほんの少し肩を揺らし、怯えたような表情を作った。
「そ、それは……翔平さんが、もう少しだけ話したいって……」
「僕が仕事のトラブルで先に帰って、心底困っている時に? 君は男と二人きりで、優雅にパフェをつついていたというのか?」
僕は立ち上がり、彼女を壁際へとじりじりと追い詰めた。
嫉妬に狂う夫の演技。すべては僕の盤面上の出来事であり、あの時間、翔平の頭の中で愛莉須がどのように犯されていたかを想像している僕にとって、この問い詰めは極上のエンターテインメントの始まりに過ぎない。
「違うの、司さん。ただ少し、昔の話をして……」
「黙れ」
僕は強い口調で彼女の言葉を遮り、ドンと壁に手をついて彼女の逃げ場を塞いだ。愛莉須はビクッと体を震わせ、僕の胸元に顔を伏せる。
「……僕という夫がいながら、他の男と楽しげに笑い合うなんて、許せるわけがないだろう」
僕はしばらく彼女を威圧的な沈黙で縛り付けた後、ふっと力を抜き、今度は彼女の細い肩を壊れ物を扱うように丁寧に、そして優しく抱きしめた。
「……すまない、愛莉須。君があまりにも綺麗だから、つい嫉妬してしまったんだ。僕には君しかいないのに。……怖がらせてごめん」
飴と鞭。典型的なDV男のやり口だが、これがまた「支配」の構図を鮮明に描き出すのだ。愛莉須は僕の腕の中で、「司さん……私こそごめんなさい」と従順な妻の声を漏らした。
僕は彼女の薄手のパジャマ越しに、その柔らかな肌の感触を確かめながら、昼間のテラス席で翔平がこの身体に浴びせていた劣情を思い起こした。
彼の汚らわしい妄想の中で何度も犯され、凌辱されていたであろう僕の妻。その「概念的な寝取られ」の感覚が、僕の下半身にじっとりとした重い熱を集めていく。
「愛莉須……君は、ずっと僕のものだ」
僕は彼女の身体をひょいと抱き上げ、そのまま寝室のベッドへと荒々しく押し倒した。
彼女が翔平に見せていたあの扇情的な黒いブラジャーを思い出しながら、僕はいつもより強い力で彼女の衣服を剥ぎ取った。翔平が脳内でどれだけ彼女を汚そうとも、現実にこの肌に爪を立て、その奥底を支配できるのは僕だけだ。
シルクのシーツが乱れ、愛莉須の甘い嬌声が部屋に響き渡る。
僕は彼女をうつ伏せにさせ、背後から深く、執拗に僕の所有権を宣言するように、突起物をねじ込んでいった。激しい律動の中、僕は彼女の耳元に唇を寄せ、意図的に声を潜めて囁いた。
「ふんっ……ふんっ、愛莉須ぅ」
「ああっ、つ、司さん……なに……?」
「メロンとっ、イチゴっ、どっちがっ、旨かったんだ?」
その瞬間、僕の下で波打っていた愛莉須の身体が、雷に打たれたようにビクンと跳ねた。
彼女の動きが止まり、息を呑む気配が伝わってくる。
無理もない。リビングに置いたあのレシートには、『パフェ』という品名しか記載されていないのだから。僕がカフェに居残っていなければ、あるいは、僕が彼女の行動を「盗聴」か「監視」でもしていなければ、翔平と交換し合ったパフェのフレーバーなど知る由もない。
僕が完璧な支配者として、彼女の一挙手一投足を、そして他の男との密やかな背徳すらもすべて監視し、掌握しているという事実。
愛莉須が恐怖に震えるか、それとも僕の「歪んだ嫉妬と狂気」に気づいて絶望するか。僕は暗い悦びの中で彼女の反応を待った。
だが、僕の妻は僕の想像をさらに超えていった。
「……あっ、ああああっ!」
愛莉須は怯えるどころか、僕の狂気的な執着を悟った瞬間、全身を痙攣させ、人間離れした深い歓喜の声を上げたのだ。僕が彼女に注いでいる常軌を逸した「熱」と「支配」に、彼女の奥底に眠る雌の本能が完全に火をつけられたように。
彼女は自分から腰を高く突き出し、狂ったように僕の身体を求め始めた。
「両方よっ、司さん……! もっと……もっと私を見て……! 全部、あなたのもので満たして……!」
翔平との密会すらも僕の手のひらの上であったというその圧倒的な支配関係が、彼女の脳を麻痺させている。僕たちは互いの狂気を貪り合うように、夜の闇の中で何度も、何度も交わり続けた。
+++
事後。
僕はベッドの片隅で、規則正しい寝息を立てる「寝たフリ」をしていた。
もぞもぞしている愛莉須。どうやら彼女は遊び足りないのか、僕の「支配」の記憶だけで、自らを喜ばし、静かに絶頂を迎えているようだ。
僕はその光景を横目で眺めながら、これ以上ないほどの優越感と、冷徹な喜びに浸っていた。
帰りの車内で抱いた「彼女が本気で翔平に傾いているのでは」というあの焦燥感も、今となっては杞憂だ。万が一心が揺れていたとしても、こうして恐怖と快楽で肉体ごと深く上書きしてしまえば、結局彼女は僕の完全な支配下に戻るのだから。
哀れな翔平。お前がどれだけ言葉を尽くし、彼女を想って悶えようとも、彼女の芯までを狂わせ、支配しているのはこの僕だ。お前はただ、僕の妻を美しく彩るための、盤面上の模様や背景に過ぎない。
僕は、彼女の抑えきれない甘い吐息を子守唄代わりに聞きながら、この完璧な夜の結末をゆっくりと噛み締めていた。




