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第23話 カフェランチ 司視点①

 休日の午後十四時。表参道の喧騒から一本路地に入った、洗練されたテラス席が並ぶ高級カフェ。僕は日当たりの良い窓際の特等席に陣取り、優雅にコーヒーの香りを楽しみながら、これから現れる哀れな迷える子獣こけものを待っていた。


 隣に座る愛莉須の今日の装いは、僕が特別に許可したものだ。

 袖の無い薄手の白いカッターシャツ。ゆったりとしたニットで防御を装っていたホームパーティーの夜とは違い、今日は意図的に物理的な露出を増やしている。

 そして何より、その薄い生地の奥には、彼女の豊かな胸を包み込む漆黒のブラジャーがくっきりと透けて見えていた。

 動くたびに覗く白く滑らかな脇の肌と、毒々しいまでの黒い下着のコントラスト。この圧倒的なエロスを前にして、あの獣臭い直情型の男が理性を保てるはずがない。


 店の入り口に、少し強張った顔で野暮ったいシャツを着た翔平の姿が見えた。


「おー、翔平。こっちだよ」


 僕はいつもの理知的で柔和な笑顔を完璧に作り上げ、手を挙げた。


「悪い、待たせたか?」

「いや、僕らも今着いたところさ。座れよ」


 僕はさらりと流れるような動作で彼のために向かいの椅子を引いた。

 翔平が腰を下ろすと同時、彼の眼球がじめっと、愛莉須の脇の隙間へと釘付けになるのを僕は見逃さなかった。シャツの隙間から覗く生々しい肉感と、透けて自己主張する漆黒の線。

 彼の瞳孔が開き、喉仏がゴクリと上下する。無意識のうちに愛莉須の脇チラを目で追ってしまうその滑稽な姿は、僕の「観照」のパラメーターを心地よく上昇させていく。


「最近はどうだ?本社の方には慣れたか?」

「まあ、なんとか。地方にいた時とは仕事のスピード感が全然違って、毎日必死だよ」

「はは、翔平らしいな。泥臭くゴールを狙うストライカーの精神、本社でも発揮してるってわけか」


 コーヒーを一口啜りながら、僕は余裕たっぷりに微笑んだ。

 安全な高みから、最前線で泥水をすする彼を見下ろす言葉のパス。だが、今の彼の脳裏には僕の言葉など半分も届いていないだろう。

 彼の視界の中では、愛莉須の白い肌がまるで神々しく発光しているかのように映り始め、徐々に現実感が喪失していくような感覚に陥っているはずだ。


「愛莉須さんも、お元気そうで」

「はい、おかげさまで。翔平さんも、お疲れは溜まっていませんか? 今日はゆっくりしてくださいね」


 早速、愛莉須を気遣うふりをして、彼女を見つめて薄れてきた記憶の中の愛莉須を更新しようとしているようだ。


「そういえば、翔平。最近何か欲しいもの無いか?引越し祝いで必要なものがあれば、僕が何か贈ってもいいんだよ」

「いや……まあ、生活必需品は揃ってるからいいよ。それに自分へのご褒美なんて、まだ先の話だな」


「そうか。僕はね、以前に買ったこのスマートウォッチをお勧めするよ」

 僕は唐突に話題を切り替え、左手首の最新型スマートウォッチをさりげなく彼に見せつけた。


「全データを一元管理できてね。自分の脈拍から仕事の効率まで、すべて可視化できる。これを使い始めてから、さらに『仕事』の精度が上がった気がするよ」


 僕の月収からすれば些細な買い物だが、彼にとっては重い一撃となる高級モデル。自分の人生を数字とデータで完璧にコントロールし、最適化しているという僕の絶対的な支配領域の誇示だ。


「司さん、お仕事の効率も大切ですけど、たまには休んでくださいね」

「分かってるよ。愛莉須との時間も、ちゃんと『最適化』されているからね」


 僕はそう言いながら、愛莉須の華奢な肩に軽く手を回した。翔平の顔が微かに歪み、胸の奥で嫉妬の炎が燃え上がる音が聞こえるようだ。


 僕は盤面に最も強力な劇薬を投下するタイミングを図った。


「……そうだ。せっかくだから、翔平にも僕たちの充実ぶりを聞いてもらいたいな……最近は毎日、愛莉須と甘い生活をしていて最高だよ。夜も、彼女は僕の望む通りの反応を返してくれる」


 わざと露骨に、そして残酷に言い放つ。親友の目の前で、その妻が夜な夜な僕の下で喘いでいるという事実を突きつける。


「この先、子供も多く授かりたいと思ってるんだ。僕の優秀な遺伝子を継いだ子供たちが、部屋いっぱいに走り回る。完璧な人生設計だと思わないか?」


 僕の言葉を聞いた瞬間、愛莉須はまるで僕の無神経なモラハラ発言に怯えるかのように、困ったような、助けを求めるような表情を作ってうつむいた。彼女のその無防備で可哀想な姿が、翔平の歪んだ渇望にどれほどの油を注ぐか、僕には手に取るようにわかる。


 翔平は場の空気を崩さないよう、必死に顔の筋肉を引きつらせて作り笑いを浮かべ、我慢して話を合わせている。だが、僕の「観照」の目は、彼の脳内で起きている凄惨な崩壊を克明にデータとして捉えていた。

 僕への友情や尊敬などという陳腐な概念が完全に崩れ去り、代わりにドス黒いもっと別の決意へと変貌していくその瞬間。


 その時、愛莉須が重苦しい空気を振り払うかのように、テーブルの下でスカートの足を組み替えた。

 刹那、彼女の滑らかな内太ももがチラリと露わになる。


 翔平の視線が、再び猛禽類のようにその白い肌へ突き刺さった。

 僕は特等席で、翔平の脳が焼けて庇護欲と性欲が乱高下している様子を、まるで演劇のように観察して楽しんでいた。

 翔平の脳髄が嫉妬と劣情で完全に焼き切れていく。彼の脳内では今、僕の目の前であるにも関わらず、愛莉須のその白く滑らかな足を舐め回し、あの透けていた黒いブラジャーを乱暴に扱っているはずだ。


 僕の妻が、僕の目の前で、僕の親友の薄汚い妄想の中で幾度となく犯され、凌辱されている。

 その倒錯した絶望と興奮が、僕という「支配者」の神経を最高潮に昂らせる。彼が彼女を奪おうと狂えば狂うほど、この盤面はより美しく、より神話的な歪みを持って僕の支配下へと収束していくのだ。


 僕は涼しい顔でコーヒーカップを置きながら、腹の底で渦巻く圧倒的な愉悦を静かに噛み締めていた。

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