第22話 カフェランチ 翔平視点①
週末の午後。俺、熱田翔平は、司から指定されたカフェの前に立ち、その場違いな高級感に、またしても気圧されていた。
表参道の喧騒から一本入った通りにあるその店は、洗練されたテラス席が並び、行き交う人々も皆、雑誌から飛び出してきたような余裕を纏っている。俺は、昨日洗濯したばかりだがどこか野暮ったいシャツの襟を正し、少し強張った顔で店の中へ足を踏み入れた。
「おー、翔平。こっちだよ」
店内の奥、日当たりの良い窓際の席で、司がいつもの理知的で柔和な笑顔を浮かべて手を挙げていた。その隣には、今日も圧倒的な清楚さを放つ愛莉須さんが座っている。
「悪い、待たせたか?」
「いや、僕らも今着いたところさ。座れよ」
司は、さらりと流れるような動作で隣の椅子を引いた。相変わらず、ハイブランドの私服を嫌味なく着こなしている。俺は彼らの向かいに腰を下ろしながら、まずは司が挨拶代わりの会話を切り出した。
「最近はどうだ?本社の方には慣れたか?」
「まあ、なんとか。地方にいた時とは仕事のスピード感が全然違って、毎日必死だよ」
「はは、翔平らしいな。粘り強くゴールを狙うストライカーの精神、本社でも発揮してるってわけか」
司はコーヒーを一口啜り、余裕たっぷりに微笑んだ。その言葉の端々には、「最前線で走り回るお前」を安全な高みから眺めているような、いつもの見下ろす視線が混ざっている。
「愛莉須さんも、お元気そうで」
「はい、おかげさまで。翔平さんも、お疲れは溜まっていませんか? 今日はゆっくりしてくださいね」
愛莉須さんが優しく微笑む。その瞬間、俺の視線は彼女の装いに釘付けになった。
今日の彼女は、袖の無い薄手の白いカッターシャツを着ていた。ゆったりとしたニットを着ていたホームパーティーの時とは違い、身体のラインがより鮮明に伝わってくる。彼女がメニューを手に取ろうと少し腕を上げた瞬間、シャツの脇の隙間から、その白く滑らかな肌がチラリと覗いた。
脇チラ。
その生々しい肉感に、俺の理性が一気に火照り始める。さらに追い打ちをかけるように、シャツ越しには漆黒のブラックブラジャーの線がくっきりと透けて見えていた。
清楚な「親友の奥さん」という仮面の裏に、これほど扇情的な下着を隠している。そのギャップが、俺の脳髄を暴力的に殴りつけた。
「そういえば、翔平。最近何か欲しいもの無いか?引越し祝いで必要なものがあれば、僕が何か贈ってもいいんだよ」
司が唐突にそんな話題を振ってきた。
「いや……まあ、生活必需品は揃ってるからいいよ。それに自分へのご褒美なんて、まだ先の話だな」
「そうか。僕はね、以前に買ったこのスマートウォッチをお勧めするよ」
司が左手首をさりげなく差し出した。一見シンプルだが、俺の月収に近いような最新の高級モデルだ。
「全データを一元管理できてね。自分の脈拍から仕事の効率まで、すべて可視化できる。これを使い始めてから、さらに『仕事』の精度が上がった気がするよ」
司は満足げに自分の時計を眺めた。日常的な買い物の話題ですら、自分の生活水準と俺との格差を見せつけるための道具に使う。
お前には到底買える値段じゃない。たとえ手に入れたとしても使い倒せるはずがない。そんな声が聞こえてくるようだった。
「司さん、お仕事の効率も大切ですけど、たまには休んでくださいね」
「分かってるよ。愛莉須との時間も、ちゃんと『最適化』されているからね」
司は愛莉須さんの肩に軽く手を回した。その独占欲を誇示するような振る舞いに、俺の胸の奥で、嫉妬という名のドス黒い炎がパチパチと音を立てて燃え広がった。
「……そうだ。せっかくだから、翔平にも僕たちの充実ぶりを聞いてもらいたいな」
司が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて愛莉須さんを見て話を続けた。
「最近は毎日、愛莉須と甘い生活をしていて最高だよ。夜も、彼女は僕の望む通りの反応を返してくれる」
俺の目の前で、司は平然と、そして残酷に言い放った。
「この先、子供も多く授かりたいと思ってるんだ。僕の優秀な遺伝子を継いだ子供たちが、部屋いっぱいに走り回る。完璧な人生設計だと思わないか?」
愛莉須さんの顔が、その瞬間、目に見えて強張った。彼女は伏せ目がちになり、困ったように、怯えているような表情で指先を弄んだ。
司のその言葉は、愛莉須さんへの愛情というより、自分の人生を飾るための「部品」として彼女を扱っているようにしか聞こえなかった。
昨夜、彼女から届いたメッセージが脳裏に蘇る。
『司さんは、私のことを『数字』や『データ』みたいに扱うことがあって……』
目の前で繰り広げられているのは、まさに彼女が苦しんでいる「支配」そのものだった。司の理知的な笑顔が、俺には今、冷酷な悪魔の仮面に見えていた。
(お前は何も分かっていない……)
俺の中で、司への友情が完全に砂のように崩れ落ち、代わりに一つの歪んだ決意が生まれた。
略奪愛。
彼女をあの檻から連れ出せば、間違いなく俺に心を開くだろう。そうすれば、あわよくばあの黒いブラジャーの奥まで、俺のモノにできるかもしれない。正義感という美しい皮を被った下劣な下心が、俺の決意をさらに熱く燃え上がらせていた。
愛莉須さんが、重苦しい空気を振り払うように足を組み替えた。スカートの裾が僅かに乱れ、彼女の滑らかな内太ももが、一瞬のうちに俺の視界へ飛び込んできた。
俺の目は、吸い寄せられるようにその白い肌を追った。
(ああ、俺もマジ交わりたい……)
脳内では、既に理性のタガが外れていた。
今この場で、司の目の前で、彼女のあの薄いシャツを引き裂き、黒いブラジャーを乱暴に剥ぎ取ってやりたい。彼女の悲鳴混じりの歓声を聞きながら、その豊かな身体を俺の欲望でめちゃくちゃに染め上げ、司に絶望を見せつけたい。
俺は、激しく脈打つ鼓動を隠すように、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。司はまだ、自分の描いた完璧な盤面で、俺という駒が大人しく踊っていると信じている。
だが、覚悟しておけ。
お前が「管理」しているつもりの愛莉須さんの心は、もう俺の方を向いているはずだ。
「……そうか。おめでとう。司には、似合いの将来像だな」
俺は、絞り出すような声でそう答えた。
司が、次に席を外すその瞬間を、獲物を狙う獣のような鋭さで待ち構えながら。




