第17話 ホームパーティー 司視点⑥
「そういえば、翔平のコート、奥の部屋にかけてあるから取ってくるわ。ちょっと待っててくれ」
僕は踵を返し、ダイニングから続く長い廊下へと足を踏み入れた。背中で翔平の「悪いな」という、どこか落ち着きのない声が響く。
廊下は、リビングの喧騒から切り離された静寂に包まれていた。足元のダウンライトが、一点の曇りもない大理石の床を淡く照らしている。
僕は翔平のコートをピックアップして彼らの元へと戻った。
「待たせたな。外は冷えるから、気をつけて帰れよ」
「お、おう。今日はごちそうさん。またな」
コートを引ったくるように受け取った翔平は、僕と目を合わせることもできず、そそくさと玄関の扉へと向かった。その歩き方は、どこかぎこちないものだった。
玄関の扉が開く。冷たい夜気が、タワーマンションの温かな空気を切り裂くように流れ込んできた。
「お疲れ様です、翔平さん。また遊びにいらしてくださいね」
僕の背後に立つ愛莉須が、控えめに、しかし心に深く爪を立てるような声音で見送る。
エレベーターに乗り込む翔平の視線が、最後に一度だけ僕を通り過ぎ、愛莉須を捉えた。扉が閉まるそのコンマ数秒の間、愛莉須は僕にみせたことのない、蠱惑的で、それでいてすべてを見透かしているかのような妖艶な微笑みを彼に投げかけた。
ガシャン、と重厚な金属音が響き、静寂が戻る。
お前は今夜、自分の家で悶え苦しむことになるだろう。僕の妻の赤い下着と、あの手首の匂いと、そして自分だけが手に入れたと信じている「一瞬の優越感」の重みに。
扉が完全に閉まったことを確認した瞬間、僕の中に溜まっていた「観照」の熱が、一気に臨界点を超えた。
「……終わったね、司さん」
愛莉須が、いつもの「完璧な妻」の声を捨て、甘く、それでいて挑戦的な声音で囁いた。
僕は返事をする代わりに、彼女の身体を玄関の壁へと激しく押し付けた。
「うっ……」
愛莉須の口から、短い吐息が漏れる。彼女は抵抗することなく、むしろその衝撃を悦びとして受け入れるように、僕の首に腕を回してきた。
「最高の良妻だったよ、愛莉須」
「ど、どうしたの急に? でも、なんだか今日の司さん、いつもより積極的ね」
愛莉須は戸惑ったように目を丸くし、僕の胸元で小首を傾げた。その瞳は純真無垢そのもので、僕の突然の熱量に驚きながらも、夫を愛する妻として優しく受け入れようとする柔らかな光を帯びていた。
この完璧で、おしとやかな僕の妻は、自分が今日、一人の男の理性をどれほど完膚なきまでに破壊したか、全く気付いていないのだろう。
翔平のあの血走った目、荒くなった呼吸、そして隠しきれなかった飢えた獣のような視線。愛莉須が無防備に身を乗り出すたび、彼がどれほどの劣情をその胸元やうなじにぶつけていたか。温室で育った彼女は少しも知る由がない。
僕が意図的に死角を作ったあの数分間、翔平の脳内では間違いなく、この白く滑らかな肌が引き裂かれ、乱暴に凌辱されていたはずだ。僕の所有物である愛莉須が、親友の薄汚い妄想の中で散々に汚され、犯され続けていた。
その事実を想像した瞬間、僕の背筋にゾクゾクとするような、これまでにない強烈な背徳感と興奮が駆け巡った。
「司さん……っ、ちょっと、痛い……」
愛莉須の小さな抗議の声が漏れる。僕は無意識のうちに、彼女の細い腕をきつく握りしめていた。僕はいたずらにさらなる力を加える。
「ふふ、愛莉須があんまり綺麗だったから」
「もう……変な司さん。翔平さんも帰ったばかりなのに……」
恥じらうように頬を染め、僕の肩に顔を埋める愛莉須。そのあまりにも無防備で従順な態度は、僕の支配欲と加虐心をさらに煽り立てた。
僕は彼女の薄手のニットに手をかけ、そのまま一気に引き上げ上げた。
露わになったのは、彼女の清楚なイメージとは対極にある、毒々しいほどに扇情的な赤いブラジャーだ。
翔平は今日、この「赤」を見た。この赤いレースが、愛莉須の豊かな双丘を辛うじて包み込んでいる様を至近距離で覗き込み、そして狂った。彼は今頃、自分の惨めな部屋で、この下着を剥ぎ取る妄想に支配されながら絶頂を迎えているに違いない。
だが、現実はどうだ。
お前がどれだけ頭の中で彼女を犯そうと、実際にこの肌に触れ、この赤いレースに指を掛け、彼女の奥底までを支配できるのは、この世界で僕ただ一人だ。
「愛莉須……今日は、いつもよりずっと綺麗だよ」
「んっ……司さん……」
僕は彼女の首筋に深く唇を落とし、そのまま強い力で赤いブラジャーのホックを外した。
翔平がどれほど願っても決して届かない、絶対的な不可侵領域。それを僕の手で無造作に暴き出し、蹂躙する。彼女の柔らかな肌に僕の痕跡をこれでもかと刻み込むたび、翔平に対する圧倒的な優越感が僕の全身を満たしていった。
「ああっ……司さん、今日、ほんとに……激しい……」
愛莉須は甘い声を上げ、僕の背中にしがみついてきた。彼女の純粋な愛情表現すらも、今は僕の優越感を満たすための極上のスパイスだった。
お前が見ていたのは、僕が配置した「餌」に過ぎない。彼女の本当の熱も、声も、身も心も、すべては僕の掌の上にある。お前が僕の妻に渇望を抱けば抱くほど、僕の「所有物としての価値」は高まり、快楽は無限に増幅していくのだ。
大理石の冷たい床の上で、僕はいつもより強く、激しく彼女を求めた。翔平の汚らわしい視線や妄想がこびりついているかもしれないその肌を、僕という存在で完全に上書きし、ラッピングするかのように。
愛莉須は戸惑いながらも、僕の異常なまでの熱量に応え、乱れた呼吸と共に何度も僕の名前を呼んだ。
「司さん……愛してるわ……」
絶頂の最中、愛莉須が耳元で囁いたその言葉が、僕にとっての最終的な「所有権の証明」だった。
哀れな翔平。お前は一生、この声を聞くことはない。
激しい行為を終え、僕は満足感と心地よい疲労感の中で、腕の中で微睡む愛莉須の髪を撫でた。
ベッドでの二戦目を終えた僕の完璧な妻は、僕の歪んだ興奮の理由など知る由もなく、ただ夫に愛された喜びに浸って荒ぶった呼吸をゆっくりと整えている。
僕は、この東京の空の下で一人惨めに悶えているであろう親友の顔を思い浮かべながら、最高の優越感と共にゆっくりと目を閉じた。




