第10話 ホームパーティー 翔平視点④
食事が中盤に差し掛かる頃、俺の理性は、度重なるアルコールと愛莉須さんから放たれる無言の誘惑によって、ボロボロに削り取られていた。
愛莉須さんが料理を取り分けるために立ち上がるたび、さらには俺のグラスにワインを注ぎ足すために身を乗り出すたび、俺の視線はコンパスの針のように、彼女の胸元を指し示し吸い込まれていった。
一度見てしまったあの「赤いブラジャー」の残像が、瞼の裏に焼き付いて離れない。清楚な白いニットの隙間から覗く、毒々しいまでの欲望の象徴。彼女が動くたびに、その柔らかな肉塊がニットの中で揺れ、赤いレースが微かに形を変える。
見てはいけない。そう思うほどに、俺の目は飢えた獣のように獲物を追い続けた。
愛莉須さんは、俺の卑しい視線に気づいていないはずだが、むしろ確信犯的に、俺が一番見やすい角度へ、ゆっくりと時間をかけて身体を傾けているようにすら見えた。
彼女が腕を伸ばすたびに、ニットがピンと張り、その下に隠された「女」の質量が強調される。それはまるで、このリビングという祭壇で行われる、俺を狂わせるための精緻な儀式のようだった。
「おっと、失礼」
司が、手元にあった調味料の小瓶のキャップを掴もうとすると、つるりと滑り床に落とした。
キャップはコロコロと転がり、俺の足元近くで止まる。
「愛莉須、拾ってくれるかい?」
「はい、司さん」
愛莉須さんが椅子から立ち上がり、俺のすぐ傍らで屈み込んだ。
その瞬間、俺の視界は彼女の「全て」で埋め尽くされた。
屈んだ姿勢により、緩んだニットの襟元が、先ほどよりもさらに広く深く大胆に、無防備に開かれたのだ。
目の前、わずか数十センチの距離。そこには、暴力的なまでに豊かな双丘の谷間が、深淵のように広がっていた。赤いレースのブラジャーが、重力に抗いきれず溢れ出そうとする肉を、辛うじて繋ぎ止めている。今すぐ支えてあげたくなるほどまでにだ。
清楚な妻という仮面の裏側に潜む、あまりにも淫らで、圧倒的なメスの匂い。俺は呼吸をすることを忘れ、その眩いばかりの白さと、中心に刻まれた深い闇を凝視した。頭の中が真っ白になり、ドクン、ドクンと耳の奥で激しい鼓動が鳴り響く。
愛莉須さんはキャップを拾い上げると、顔を上げた俺と一瞬だけ、本当に一瞬だけ視線を合わせた。
その瞳の奥には、怯えも拒絶もなかった。ただ、俺という男が自分の身体によって壊されていく様を、楽しんでいるような、底知れない愉悦が宿っていたように見えた。
「はい、司さん」
彼女が立ち上がろうとした時、司がその手を取り、ぐいと自分の方へ引き寄せた。
「ありがとう、愛莉須。……翔平、こいつは本当に気が利く妻だろう?僕にはもったいないくらいだよ」
司は俺に見せつけるように、愛莉須さんの肩を抱き寄せ、その頬に軽く自分の顔を寄せた。
仲睦まじい夫婦の光景。だが、司のその行動は、俺の中に燻ぶっていた嫉妬という名の猛火に油を注いだ。
『お前がどれだけ欲しがっても、この女は僕の所有物だ』
司の柔和な笑顔が、そう告げているようにしか見えなかった。
愛莉須さんは司の腕の中で、恥ずかしそうに頬を染めながら、チラリと俺の方を見た。その視線は、先ほどの挑発的なものとは一転して、夫に従順な「愛される妻」のそれだった。そのあまりにも鮮やかな演じ分けに、俺の心は千々《ちぢ》に乱れ、司に対する激しい殺意にも似た劣等感と嫉妬が胸を焼き尽くした。
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「さて、少し場所を変えようか。ソファーの方でゆっくり飲み直そう」
司の提案で、俺たちはダイニングを離れ、リビングの壁際に置かれた巨大なL字型のソファーへと移動した。
沈み込むような上質な革の感触。窓の外には、相変わらず無数の光の粒が、俺たちの贅沢な遊びを冷ややかに見下ろしている。
俺がソファーの端に腰を下ろすと、愛莉須さんがその隣に、すっと滑り込むように座った。ダイニングの時よりも明らかに物理的な距離が近い。彼女の肩が、俺の腕に触れるか触れないかの距離で止まる。
ワイングラスを手に、司が口を開いた。
「……あ、悪い。ちょっと仕事のメールが一本入ったみたいだ。戦略案の最終チェックをしなきゃいけなくてね」
司はスマートフォンの画面を見ながら、苦笑いを作った。
「すぐ済むから、二人で飲んでてくれ。翔平、愛莉須の相手を頼むよ」
「えっ、ああ……わかった」
司は席を立ち、廊下の奥にある書斎へと消えていった。
リビングに残されたのは、俺と愛莉須さんの二人だけになった。
司がいない。その事実が、俺の心に猛烈な解放感と、耐え難いほどの緊張をもたらした。
あいつの目を盗んで、この最高の女性と二人きりになれた。俺の脳内では、「司令塔」である司を出し抜いて、その盤面から「獲物」を奪い去ったかのような、歪んだ優越感が膨れ上がっていた。
「……翔平さん、お仕事大変そうですね」
「そうだね。今が踏ん張りどころってかんじかな。もっと上へ行って、ここ以上の所に住めるようになりたいんだ」
「私、上昇志向のある人って、素敵だと思います」
拍子抜けするほど扱いやすいじゃないか。愛莉須さんが、少し酔ったような、とろんとした目で俺を見つめた。
彼女はソファーの上で、俺の方へと身体を向け、さらに距離を詰めてきた。ニット越しに伝わってくる、彼女の体温。そして、部屋の空調が運んでくる、あの「多幸感のアロマ」と彼女の体臭。
「あっ、翔平さん、その時計……すごく素敵」
「そう? どこにでもある物だよ」
「愛莉須さんのその時計もスマートウォッチ? 司とお揃い?」
「ええ。夫に体調管理のためにずっと着けておくように言われていて……。でも、翔平さんのは男らしくて素敵です」
彼女が白魚のような指を伸ばし、俺の左手首をそっと持ち上げた。
柔らかな指先の感触が肌に触れ、俺の背筋に電流のような衝撃が走る。
「お高いんですか?」
「全然全然。それに俺は、ブランドよりも正確性を重視しているから、これで十分なんだ」
「へー。なんだか人柄が出ますね。もちろん良い人だって意味ですよ。うふふ」
愛莉須さんは、俺の顔を覗き込むようにして、下から上目遣いで問いかけてきた。
開いた口元からこぼれる吐息が、俺の首筋をかすめる。
俺は、彼女の潤んだ瞳と、そこから続く鼻筋、そして今にも吸い付きたくなるような淡い色の唇を、狂ったように見つめ返した。
司が毎日、この身体を抱いている。この肌に触れ、この唇を奪い、この豊かな胸を自分だけのものにしている。
そう思った瞬間、司に対するコンプレックスは、純粋な「強奪」への欲求へと姿を変えた。
愛莉須さんの指が、俺の時計のベルトをなぞり、そのまま掌の方へと滑り落ちてきた。
俺は、自分の理性が、音を立てて崩壊していくのを聞いた。
司の目を盗んで、この「人妻」を犯し、屈服させる。
俺の脳内では、既に彼女の白いニットを引き裂き、あの赤いブラジャーを上へずらして揉みしだき、その柔らかな身体を俺の下に敷き伏せる光景が、鮮明な色彩を持って動き始めていた。
司が書斎で仕事をしている間、俺の爆発した妄想など知らず、ただ目の前の甘美な地獄へと、自ら進んで堕ちていく自分のブレーキが壊れかかっているのを放置して妄想を繰り返していた。




